日本の近代建築15作品 ー『日本の建築空間』2005年新建築社 より
- yoshihirohorii
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3年生の皆さんへ 4: 前期講義で西沢が7名の建築家しか取り上げない理由は、授業回数の制約があるからです。7名だけ知っていればOKって訳じゃないです。 以下は10年前に西沢が書いた近代建築の寸評(『日本の建築空間』2005年新建築社)。この15作品については図書館で調べて下さい。
2014-06-16 02:35:02建築学科のある大抵の大学にあると思いますが、この特集号のことです。
01『自邸』前川国男 後世において誰でも容易にできるようになったがゆえに、その最初の一歩を踏み出した作品の新鮮さが見失われてしまうことがある。例えば、もしレーモンドがいなかったとすると、モダニストでありながら丸太建築をつくるというようなことは、誰もできなかっただろう。
2014-06-16 02:36:27→モダニズムなるものは、丸太であれ茅葺きであれ、そうした素材とは独立した次元に成立するのだが、そのことを私たちはレーモンドから学んだのである。 同じように、もし前川国男がいなかったとすると、初期のモダニストが外観よりもインテリアを標的にしていたことが忘れられていたかもしれない。
2014-06-16 02:38:14→前川邸は一見すると民家風の外観をしているが、そのインテリアは極めてモダンである。その素材性を括弧に入れて見るならば、まず気積の大きな直方体のスペースがつくられていること、また平側の室内壁から天井までが見切りなしの広大な白い面として扱われていること、さらに
2014-06-16 02:39:14→妻側の室内壁はほとんど木造のフリーズソレイユのように処理されていること。 その意味で前川邸はきわめてモダンな作品であり、それがインテリアに凝縮して現れているのである。
2014-06-16 02:39:3102『香川県庁舎』丹下健三 丹下健三による初期の傑作。初期の丹下作品の魅力は数多くあるが、とりわけそのヴォリューム設定と配置計画の鋭さは前例がない。古い既存施設にたいする増築計画だが、新庁舎全体を事務棟と議会棟の2つのヴォリュームに分け、片方を立方体、他方を細長い直方体とし、
2014-06-16 02:40:53→両者をピロティで浮かばせる。一方のピロティはガラスで囲んだエントランスロビーとし、他方は屋外スペースとして、道路・中庭・エントランスロビー・既存施設をつなぐ街路空間とする。ピロティの高さは2層分のサイズであり、建物というより都市の一部としてのスケールが与えられている。
2014-06-16 02:41:13→その中庭に座ると、前方に木造の木割を思わせるコンクリートの立方体がたちあがり、側面のピロティー越しに街路のアクティビティが見え、従来の庭とは異質な都市公園になる。そしてそれらは、50年経った今でも生き生きと機能している。
2014-06-16 02:41:58→これが計画された50年代初頭、周辺環境はほとんど木造家屋の集落であり、誰も今日のような市街地の姿を想像できなかったことからすると、丹下のヴォリューム設定は異様な先見性をもっている。
2014-06-16 02:44:19→おそらく丹下健三の登場をもって、日本の建築は都市にたいして具体的にコミットしうるものになり、そればかりか日本の都市そのものもそれに合わせて生成することになった。
2014-06-16 02:44:3503『ホテルオークラ・ラウンジ』谷口吉郎 谷口吉郎による晩年の傑作。インテリアとしての特徴をあげると、(1)前方の全面ショウジが広大であり、隈なく光っていること、(2)スペースのワイドが大きく高さも2層分とられているため、非常にゆったりしていること、
2014-06-16 02:51:00→(3)ソファーとテーブルと人は疎な密度で散らばっており、かつ非常に低い位置に現れるように計画されているため(ラウンジの床だけがホテルの他の部分よりも数ステップ低くなっている)、スペース全体がいっそうゆったりしてくること、がまずあげられる
2014-06-16 02:51:12→したがってスペース全体としては、(4)まず遠くから眺めた場合は広大な光る壁の手前に家具や人物がシルエットとして浮かび上がることになり、(5)次に近づいた場合は人物の表情や椅子の感触が手に取るようにわかることになるのである
2014-06-16 02:51:52→そして(6)以上の特徴はすべて、ホテルのラウンジ空間にとって必要不可欠な条件を満たすためのアイデアであり、恣意的な提案はひとつもない。 どこにでもあるような道具立てを用いながら、ひと味違ったホテルのラウンジ空間がつくられており、谷口の空間把握力の高さが鮮やかに示されている。
2014-06-16 02:52:3504『スカイハウス』菊竹清訓 菊竹請訓の実質上のデビュー作。ピロティによって空に掲げられたワンルーム住居であり、ムーブネット(バスユニットやキチネット)を補設できるようになっていたり、RCのシェル屋根やワッフルスラブを用いたり、ワンルームの大きさを日本家屋の座敷サイズとする等の、
2014-06-16 02:54:56→さまざまな工夫が盛り込まれている。だが何より重要なのは、その床にたいする感覚である。純白のカーペットが敷き詰められたその床は、端部において空に迫った地点でスパッと断ち切られている。そしてその向こうにはかつて空だけがあった。
2014-06-16 02:55:09→床の4隅は柱によって遮蔽されておらず、あくまで空に向かって開放されている。空中に一枚のスラブを設定するというそのイメージは、数あるピロティ建築には見られないものであり、スカイハウスというよりスカイフロアと呼びたいような建築を生み出した。
2014-06-16 02:55:19→当時の菊竹は、建築の生命力はなによりも床の設定にあると考え、古代から近代までのありとあらゆる床について研究したという。だがどんな過去の事例であれ、それを独自のイメージのもとにたぐり寄せる菊竹の力量は空前絶後のものであり、場合によっては狂気に近いものがあった。
2014-06-16 02:55:3205『虚白庵』白井晟一 建築家にして哲学者でもあった白井晟一の自邸。外観は和風建築とも洋風建築ともいいがたい独自のものであり、インテリアもそれに負けずに強烈である。室内はほとんど闇であり、わずかにつけられた照明はすべて調度品を照らすように配置されている
2014-06-16 02:56:30→そしてその調度品の趣味は独特であり、いわゆる「白井好み」と呼ばれる独自の審美眼に貫かれている。このような調度品に囲まれて、晩年の白井は生活した。 ところで、その調度品を見ると、白井の趣味が必ずしもクラシックなものでなく、かといっていわゆるキッチュでもないのがわかるだろう。
2014-06-16 02:58:30→白井のインテリアは混乱した印象を与えるものでは全くなく、むしろ独自の統一感を提示しようとするのである。このことは屋外スペースにおいても同様である。枯山水の庭のなかに輪切りにされたコリント式オーダーの頂部が置かれており、奇妙に静謐な空間をつくりだしている。
2014-06-16 02:59:03→すなわち白井晟一は、かつての和風建築から西洋古典主義建築までを、独自の方法で変形した。それが白井にとってのモダニズムである。西洋ばかりか東洋ともぶつからざるを得なかったこの哲学者は、20世紀特有の文化状況の克服を、生涯の課題とした。
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