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らいむさん @RIME3726
生きていく中で、私達はやはり問題にぶち当たる。特に感受性が豊かだったり、過去に大きく傷ついた人であればそこで苦労するように思う。なぜなら自分の満たされなかった過去の自分や、強迫観念、凝り固まった考え方と向き合い、自らと対話をして解消していくことが人生のどこかしらで課題になるからだ
らいむさん @RIME3726
しかし、仮にそこで問題とその原因を認知していても、どうしても解決にこぎつけないことは少なくない。そのなかでも、自己言及が出来るのにそこで足踏みをしてしまうパターンに陥る人は多い。
らいむさん @RIME3726
では、自己言及が出来るのに足踏みをしてしまうのはどういう状況だろうか?例えば「私は〜〜だからこれが出来ない」という自己言及をする人がいる。一見、問題も原因もわかっているようにみえる。しかしこう言う人はどうしてもその状態で停滞してしまっている様な印象がある。
らいむさん @RIME3726
もちろん、これは本人としてもあまりいい気がしない。特に、発言という負債を返すために生きているような印象を受ける。でも、どこかで自分の人生はまだ始まっていないと想っているフシもあるようで、当事者意識がどこかかけているようにも見えることがある。
らいむさん @RIME3726
とはいえ、このような状態に陥った人を否定するつもりも糾弾するつもりもない。自分も最近までそうだったので、忘れない内に覚書をしようと思ったのである。扱いやすいようになるべく一般化をしてはいるが、役に立たなければそれでも構わない。
らいむさん @RIME3726
さて、話を戻そう。ではなぜそのような人々はそのような状態に陥ってしまうのか? まず、このような人は完璧主義のけらいがある。つまり、ここまでの人生の中で出してきた結果のみを評価されてきた人である
らいむさん @RIME3726
故に結果を出せるか不安なことに対しては後回しをしがちになり、その後後回しがかさめばかさむほど心理的な抵抗が上がり、結局問題解決からは遠のく。結果を出し続けなくてはいけないのは人間ではなく、機械であるべきなのにも関わらず、そうやって追い詰められていく。
らいむさん @RIME3726
彼らの内心にある完璧主義には特徴がある。「この状態で問題解決に挑まなくてはならない」という、ゲームで言う縛りプレイのような、そんな強迫観念のような意識が発生している状態だ。それが精神的なプレッシャーを作り出し、更に後回しをはかどらせる。やっと始められたとしても挫けてしまいかねない
らいむさん @RIME3726
次第に自己肯定感も下がっていき、自分のやったことのないことにかんして敏感になり、保守的になり、どんどんと余裕がなくなって、視野狭窄(一つのことに囚われて周りが見えなくなること)に陥る。
参考リンク

「より速く適切に学べる人」:その理由 « WIRED

カウンセリングサービス■心理学講座「完璧主義になってしまうのはなぜ?」

完璧主義に至ってしまうのはなぜか?という問いに答えた記事。おすすめです。

らいむさん @RIME3726
これが彼らの陥る負の循環である。そして周囲の人間がそのような人物になぜやらないのか?と聞いたところでそれは無駄になるしむしろ余計な負担を与えるだけだ。なぜなら、彼らの脳内では終わりのない論理パズルのような思考が行われているからだ
らいむさん @RIME3726
論理パズルのような思考とはなにかといえばつまり、「私にはこれがない、故にあれが出来ない。なのになぜあれを今からやらなくてはならないのか?」というような設問が、常に脳裏にあることだ。それに答えられない限り、彼らは行動を起こせない、起こさない。
らいむさん @RIME3726
この状態はとても楽しくない。自分自身という入れ物があっという間に堅牢な牢獄にかわり、自分でその牢獄を作ったにもかかわらず、出られずにもがくことになる。そこから鬱に陥ったり、自分らしくない行動に陥ってしまったりすることは容易に考えられる。
らいむさん @RIME3726
ではどのようにこの状況から脱出できるのか?個人的には解法はいくつかあると思うが、基本的にはシンプルだ。その論理パズルを無視すればいいのである。義務や難しいことをすべて無視し、何も考えずに、やりたかったことをやる。
らいむさん @RIME3726
「そんなことができたら苦労してねえよ!」という声が聞こえてくる気がするが、そのとおりである。だからするのである。 いってみれば完璧主義の心理とは、最初から立ちあがり歩くことが出来ずに意気消沈している赤ん坊のようなものなのだから。
らいむさん @RIME3726
「私はなぜ歩くことが出来ないのか?出来損ないなのだろうか」と落ち込んでいる赤ん坊を想像してみるといい、なかなかにシュールだ。 つまり段階を飛ばして、結果を出そうともがくために結果の出せることしかできなくなるのである。
らいむさん @RIME3726
その結果付け焼き刃のスキルを求めたりする。自己啓発書にハマったり、宗教にはまったりする層にはこういう人がいるのだろう。もちろん、それで生きやすくなるのならそれもアリだと思う。ただ、その時にやっているのは借金を返すために借金をするようなものだと思う。
らいむさん @RIME3726
というのも、折り合いが付けられなかった場合のリスクが高過ぎるように感じるからだ。なぜなら、自己啓発書や宗教の場合、責任転嫁が出来てしまう。この場合の責任転嫁は他人だけでなく、「うまく出来ない自分が悪い」「才能がない」というのも含む。
らいむさん @RIME3726
責任転嫁が出来る状況に陥ると、人は成長を止める。なぜなら、改善せずに相手を攻め続ければいいからだ。人間というのは変なもので、敵を見つけるとそれにこだわりひたすら攻撃したがる。私が正しいということを証明するために意固地になり、相手が消えたり潰れるまでその動きを止めることはない。
らいむさん @RIME3726
そしてタバコでニコチンを補給しないと脳がまともに動かせなくなるヘビースモーカーのように、憎しみや劣等感を原動力にしたがために、憎しみや惨めさでしか喜びを感じられなくなっていく。「あいつが悪い」ということで、自分の持てる限りの悪意を燃やし続け、自分の身まで燃やすことになる。
らいむさん @RIME3726
自己啓発書にハマる人に関しての考察はこちら:自己啓発本などにハマる人について - Togetterまとめ bit.ly/1cs5udF
らいむさん @RIME3726
私が成長できないのはこれのせいだ、だから私は悪くない。さて、このロジックはどこかで見たことがないだろうか?そう、冒頭で提示した自己言及に陥る人と酷似しているのだ。タバコをやめるためにはタバコをやめなくてはならない。同じように、負の循環を断つためにはどこかでやめなくてはならないのだ
らいむさん @RIME3726
完璧主義に関しては特に、その状況から抜けるために私はこうならなくてはならない、というところからいつのまにか、 「このようになってからじゃないとこの状況から抜けられない」という風に変質する。そうして視野狭窄に陥って自分を追い詰めることになったりする。
らいむさん @RIME3726
もちろん前述の解決策を取るために準備はいる。自分の中に余裕を作らなくてはならない。抗鬱剤を飲んでみたり、自分の中身をしっかり見て整理するのに時間を費やしたり、やりかたはさまざまだ。余裕ができるとあまりくよくよ悩むことがなくなるので、そうなれば自然と悪循環も抜け出せることがある。
らいむさん @RIME3726
水に溺れそうになった時に、冷静さを欠いてもがくばかりでは体力をあっという間に使い果たして沈んでいくだけだ。同じように、自分の中に余裕が無い時こそ、自分の平静さというのをある程度取り戻すべきなのだと思う。水が人を溺れさせるのではなく、その状況という未知への恐怖が人を呑み、殺すのだ。
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コメント

らいむさん @RIME3726 2014年6月23日
まとめを更新しました。
佐川・抜け首・なん @nankuru28 2014年6月24日
現在考え中の「一番病」について、とっても参考になるまとめでした!一番病に見えてしまう言動の中の「完璧主義傾向」ってあるよなぁって、考えてます。
らいむさん @RIME3726 2014年6月24日
タイトルが野暮ったいので更新しました。
らいむさん @RIME3726 2014年6月24日
冒頭の部分が無意味にわかりづらいのでまとめを更新しました。
らいむさん @RIME3726 2014年6月24日
締めの部分を補強・またタイトルを更新しました。
tomat。゚:*:✼.。✿.。 @oseki_han 2014年6月28日
ずっと悩んでいたことだったので「嫌われていることを証明したがる人についてhttp://togetter.com/li/595351」と一緒に拝見して目から鱗でした!ありがとうございます
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