本郷短歌3一首評

東大の本郷短歌会(@UT_tanka )の機関誌「本郷短歌第三号」から歌を選んで一首評をしました。
2
千種創一 @chigusasoichi

本郷短歌会の機関誌「本郷短歌 第三号」の一首評をしていきます。作品・評論ともに充実していて、読んでいて本当に楽しかったです。批評ユニット #砂上の塔#砂漠支部 千種がお送りします。それでは、はじめましょう。

2014-06-25 13:59:48
千種創一 @chigusasoichi

折々に沈黙(しじま)へ櫂をさし入れて舟漕ぐやうな会話と思ふ 「風景のエスキース」安田百合絵(本郷短歌3) 会話を舟漕ぎに喩える大胆さ。上の句は会話が静かにゆっくりしかし確実に前へ進むことを言う。「折々に」に情報がよく詰まっていて、天秤の片腕のように下の句の比喩とバランスを取る。

2014-06-25 14:02:05
千種創一 @chigusasoichi

百合の葯摘めば小舟のかたちしてゆけといはねどすでに在らざり 「時を汲む」小原奈実(本郷短歌3) 読み手の時間感覚をコントロールしてくる。「摘んだ」時点から、視界から「なくなる」時点まで一気に飛ばされる。飛び越えてしまった時間の空白からくる喪失感が、結句の在らざりとシンクロする。

2014-06-25 14:08:41
千種創一 @chigusasoichi

脈絡のなき人びとの行き交ひてそのさなか、からうじて落ち合ひぬ 「眸(め)もほのひかる」川野芽生(本郷短歌3) 群衆の中に待つ孤立感を「脈絡のなき人びと」という表現で固定する。何気無いシーンを詠んでいるにもかかわらず、第四句と第五句を「かろうじて」繋ぐ句跨りが緊張感を与える。

2014-06-25 14:14:51
千種創一 @chigusasoichi

皆様のTLを駱駝色に染めるのもしのびないので30分に一回くらいにします

2014-06-25 14:37:13
千種創一 @chigusasoichi

前世も俺であったのかもしれずマリオの残機を増やす裏技 「馬鹿ばかり」服部恵典(本郷短歌3) ゲームではアイテムや裏技を使えば「残機」が増えて死んでも生き返る、という指摘から生じる、確かなはずの「私の生」への疑念。上の句から輪廻を漠然と信じる日本人の宗教観を感じられて興味深い。

2014-06-25 15:01:20
千種創一 @chigusasoichi

仰向けじゃぜんぜん反省できなくてシャワーをそれっぽく浴びている 「馬鹿ばかり」服部恵典(本郷短歌3) シャワーという一人だけの時間に反省する(自分)を良いと評価する深層の((自分))という二重構造の自意識を表現しても、露悪的にならないのは「それっぽく」という会話語の選択による。

2014-06-25 15:14:07
千種創一 @chigusasoichi

蟻ん子が俺の影から出られない秋の曇天 ああ馬鹿ばかり 「馬鹿ばかり」服部恵典(本郷短歌3) 小→大、前→背景、黒→灰の何層ものグラデーション。自分より小さな存在の蟻を見下してしまう自分も含めた「馬鹿ばかり」なのだろう。短歌にするため言い訳がましく差し込まれた「秋の曇天」が良い。

2014-06-25 15:47:16
千種創一 @chigusasoichi

おそらくは笹舟であった一葉を逡巡ののち確かに見送る 「徐行」千葉崇弘(本郷短歌3) 葉っぱが笹舟であった過去、私が逡巡する現在、見送られた葉っぱが流れつく未来。時間の厚みを持った一首。他方で、定型を二回はみ出ているのが全体に韻律のもたつきを生んでいる。

2014-06-25 16:17:34
千種創一 @chigusasoichi

もう枯れた花束なのでごみとする普通はそうする僕もそうする 「ガムシロ奇譚」服部恵典(本郷短歌3) 「普通」の常識に流されるだけでなく、第四句の8音を受けて結句7音に収めるべしという韻律の力学にも流されて、枯れた花束を捨てる僕。平明な力の抜けた文体が内容と合っている。

2014-06-25 17:07:18
千種創一 @chigusasoichi

朝焼けにうっすら染まった猫が来てひとつずつ消していく常夜灯 「猫の街灯」鳥居萌(本郷短歌3) 枯れ枝を剣とばかり思ふ子よめいめいに脆き弓ひきてみよ 「花になりたかった人の手順」七戸雅人(本郷短歌3)

2014-06-25 17:38:16
千種創一 @chigusasoichi

「春風を描く」とあなたはうるうるのガムシロップを筆洗に足す 「ガムシロ奇譚」服部恵典(本郷短歌3) ガムシロップを絵の具にするという発想が素晴らしいし、確かに春風って柔らかいし、「うるうるの」という形容詞を持ってきたことで、あなたへの透明で少し悲しい思いが伝わる。

2014-06-25 17:39:13
千種創一 @chigusasoichi

泣かないし魚になって暮らしたい 誰かじゃねえよあなたとですよ 「ガムシロ奇譚」服部恵典(本郷短歌3) 上の句からは現状へのうっすらとした不満が読み取れる。その不満は、第四句で暴力的な「じゃねえよ」に繋がるが、結句で本音に落ち着く。あなたへの、魚のような透明で一途な本音。

2014-06-25 18:13:13
千種創一 @chigusasoichi

外国の言葉のように「セキララ」と言うときあなたの舌のはたはた 「ガムシロ奇譚」服部恵典(本郷短歌3) よく見てるなあ。セキララの外国語感も、あなたの開けた口の奥の舌の動きも。濁音が少ないから爽やかに読める。

2014-06-25 18:30:54
千種創一 @chigusasoichi

暴力をふるうさかなもいるだろう多分くじらが傷つくのだろう 「やさしい擬声語」宝珠山陽太(本郷短歌3) 上の句の妄想を足場にして、下の句の妄想が立ち上がる。各所の意図的な平仮名表記(たとえば魚は普通は漢字で書く)から滲みでる狂気。でも鯨への同情もあって、狂気+優しさは切なさ。

2014-06-25 18:47:40
千種創一 @chigusasoichi

早起きはいつもではなくて、どの羽も翼と呼べる訳ではなくて 「やさしい擬声語」宝珠山陽太(本郷短歌3) 下の句が上の句の頻度の比喩となる構造だが、下の句の諦念が上の句まで逆流する。日常語で「訳ではなくて〜」というときのアクセントと、結句の短歌韻律のそれが一致していて心地よい。

2014-06-25 18:48:48
千種創一 @chigusasoichi

吟じなくなった現代短歌、とくに口語のものでは、一首を日常語で読んだときのアクセントと、四拍子で読んだときの短歌韻律のアクセントが一致している部分が後半にあると「韻律に優れている」と感じることが多いように思う。

2014-06-25 18:51:42
千種創一 @chigusasoichi

あたたかい手が好きだとか君は言う 私はそれを花とは呼ばない 「音の雨」かんな(本郷短歌3) 下の句の論点のすり替えや結句の否定形は、(私の)温かい手が好きだと言われた「私」の嬉しい動揺を表すのだろう。ただ、(私以外の誰かの)温かい手が好きだと読むと、それは悲しい動揺に変わる。

2014-06-25 19:40:45
千種創一 @chigusasoichi

ふと目覚め悩みでマッチに火をつけて 同じ光ね、桜と雪と 「無限遠点で会いましょう」仁宮洸太(本郷短歌3) 明日にも失はるべき日常の墓標(はかしるべ)として食すトースト 「セーラーを仕舞ふ」渡延悠里(本郷短歌3)

2014-06-25 19:41:17
千種創一 @chigusasoichi

心という濁流に耳を傾けてその先にある瀑布[フォール]の予感 「世紀末・天使の手紙」吉田瑞季(本郷短歌3) 「心」を映像化・音化するに留まらず、そこに荒れる濁流という性質を付け加える。第二句までの韻律のもたつきから、下の句「ふぉーる」のすっと堕ちていくような響き。壮大な31文字。

2014-06-25 19:43:44
千種創一 @chigusasoichi

一首評をした本郷短歌会(@UT_tanka )の機関誌「本郷短歌3」は hontansince2006.blog76.fc2.com/blog-entry-77.… で入手可能です。ご紹介できませんでしが短歌のジェンダーに関する評論は必読です。ちなみに千種は前号評を寄稿しています。 pic.twitter.com/7gLY5uPBCo

2014-06-26 16:19:08
拡大
千種創一 @chigusasoichi

秋には「中東短歌3」が発行予定です。本格的な評論あり、アラブ人作家との対談ありの充実の一冊となる予定です。同号で終刊です。最新情報は中東短歌(@chutotanka )をご覧ください。こちらもどうぞよろしくお願い致します。

2014-06-26 16:31:16