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2014年6月27日

ひびのけいさんによる『コクーン歌舞伎第十四弾「三人吉三」』評

演劇研究者、成蹊大学文学部准教授のひびのけいさんによる『コクーン歌舞伎第十四弾「三人吉三」』評
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ひびのけい @hbnk

「三人吉三」。歴代コクーン歌舞伎の中でも群を抜く底の浅い演出。アウトローの吉三という時代遅れかつ勘違いの造形(アングラ時代の南北ならわかるが、追っ手に追い詰められて自害する男たちはアウトローのわけがない)から出発し、原作の面白い工夫を全て取りやめつまらない入れごとをする愚作。

2014-06-26 22:27:22
ひびのけい @hbnk

「三人吉三」大川端の場。心理主義で妙な間を作りながら七五調の台詞を言うから、素人目にはリアルに見えても、音楽にはならない。台詞の聴かせどころなのに、人物が浮き立つ。浅薄な人物造形を強調するところは下手な新歌舞伎のようであり、心理主義と型の半端な折衷は下手な大衆演劇のようでもある。

2014-06-26 23:10:51
ひびのけい @hbnk

この作品の間テキスト性を最初に示す、おとせの「そんならあのお七」という台詞をカットしたのも腑に落ちない。処刑されたお七が目の前にいるわけがないのにそれと認めてしまう不合理さは幕末マニエリスム期に書かれたこの作品の核になっており、単純な合理主義で処理したのだとしたら浅すぎる。

2014-06-26 23:18:04
ひびのけい @hbnk

串田演出の基本はミドリに慣れた歌舞伎役者が示す瞬間瞬間で見得を切るだけの芝居とは対極の、新劇リアリズムで持続する時間を見せることにあったと思う。そして黙阿弥作品に関してそれは正しい。因果に絡め取れる三人の行く末を観客がじっと注視していくことで、怖ろしく精緻な物語が立ち現れてくる。

2014-06-26 23:26:05
ひびのけい @hbnk

しかし残念ながら、串田の演出意図を実現するのに笹野高志は全く不向きだった。瞬間瞬間を生きる役者と、持続する時間を背負える役者がいるが、笹野は前者。伝吉という、いわば因果に呪われた時間をずっと背負う人物には不適で、観客は集中して見ていることができず、結果として物語は長く退屈になる。

2014-06-26 23:30:50
ひびのけい @hbnk

ぎゃくに実力を見せつけたのがヨシ笈田。ヨーロッパの舞台で仕事をしていくには、持続する時間に生きることを示さなくてはいけない。舞台で自分一人が集中するだけではなく、持続する時間を相手の役者に受け渡すことができるかどうか。ぶつ切れの時間でなく連続した時間に生きる源次坊ははじめて見た。

2014-06-26 23:34:18
ひびのけい @hbnk

歌舞伎の通しで、新劇リアリズムによって持続した時間を示すことができた例は青年座の新版四谷怪談、そして(見てはないが)昔の前進座。今回は持続する時間を見せられる非歌舞伎系の俳優はヨシ笈田しかいなかったし、集中力だけでいうと松也勘九郎七之助(この順)のほうがあった。あとは皆ぶつ切れ。

2014-06-26 23:40:43
ひびのけい @hbnk

亀蔵などは瞬間瞬間の生を示すのに長けているが、役の一貫性を示せない、いつもの亀蔵で、今回の演出では浮いていた。好きなようにやらせてるのかもしれないが、連続するはずの時間が切れていく、蟻の一穴になっていた。おちゃらけてもいいが、今回はスタシスの「超目標」がないとまずかったろう。

2014-06-26 23:48:30
ひびのけい @hbnk

下座を廃し、坊主吉三は駕籠から登場せず、「月も朧に」は映画の回り込み撮影の如く回り舞台にし、須弥壇も欄間も高低感がなく、両花道は使わず、竹本清元の掛け合いも当然ない、のは新演出だから仕方ないが、ではその代わりに何があったか?ベジャール『忠臣蔵』かフォーサイス『委曲』のパクリの雪?

2014-06-26 23:57:55
小二田 誠二 @KONITASeiji

@hbnk 厳しい評価ですね。「天日坊」は気に入っているのですが、「桜姫」も不満があったし、今回はパスしました。歌舞伎の伝統的な演出や効果音を信用してないのかなぁと思うところがあって……。

2014-06-27 00:07:53
ひびのけい @hbnk

@konitaseiji 私ももうこれが最後かな、と思っています。慣習に頼らないから串田和義演出なのでしょうが、では見慣れている演出より斬新で作品の新しい面を教えてくれるものになっているかというと、とりわけ近年は疑問符がつきます。十年前の「夏祭」などは感心したものですが。

2014-06-27 00:10:51
@ayuayume

@hbnk すみません、私も見ましたがアウトローには思えなくて。追い詰められて自害するのは日本人の美徳?と思ってしまいました。

2014-06-27 10:56:02
ひびのけい @hbnk

当日パンフでヨシ笈田が「不良」とさりげなく言い換えていて。不良、チンピラならわかるんですが、権力をものともせず、自分の欲望のままに生きる人物は、黙阿弥の原作には書かれてないし、アウトローにしたかったら捕り手にかかって殺されるような結末にしたほうがよいわけで。@ayuayume

2014-06-27 10:58:53
ひびのけい @hbnk

三人の吉三が絡め取られて滅亡へと導かれる因果は、ギリシア悲劇の運命に近似する。だが吉三たちの「反抗」は、主体的な意思に基づかない分、オイディプスの反抗よりずっとチャチだ。三親切を説いた気遣いの名人・黙阿弥の書く悪人たちはみな小心者で、世間の目を気にし、だからこそ観客の共感を呼ぶ。

2014-06-27 11:04:41
ひびのけい @hbnk

たしかに清水次郎長や国定忠治を「アウトロー」と称する伝統も日本にはあり、その意味では吉三たちもアウトローなのだが、それは本来誤用だ。ビリー・ザ・キッドをはじめとする正しいアウトローは、権力に最後まで反抗し、殺される。自分でお縄にかかったり、自害したり、権力と手を握ることはない。

2014-06-27 11:12:24

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