緋色の珈琲#4

旅人のイスルは、緋色の珈琲という不思議な飲み物を探してはるばる旅をしてきました。しかし見つけた店は少し変わっていて……。小説アカウント @decay_world で公開したファンタジー小説です。この話はこれで終わりです
減衰世界
rikumo 655view 0コメント
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  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-11 17:07:15
    (前回までのあらすじ:緋色の珈琲という名物を求めてレミウェの店を訪れた旅人のイスル。緋色の珈琲ができるまでパイを味わうことにするが、そこから不思議な世界へと誘われる。夕陽の世界の果てで、イスルはとうとう緋色の珈琲を口にしてしまった)
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-11 17:13:39
     気づけばイスルは夕暮れの旧市街地に大の字で横になっていた。セラミックで舗装された道路のど真ん中だ。自分は緋色の珈琲を口にしてしまった。それからどうなったのだろうか、自分は無事なのだろうか……それだけが気になった。上体を起こして身体を確認する。 94
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-11 17:21:09
     大丈夫だ、ボロボロの旅人装束のままだ。彼は安心して、大きく息を吐いた。店があったはずの街角を見る。だが、そこに会ったのは大きな壁だった。セラミックプレートで固められた、ただの大きな壁。店も、ネオンも痕跡すらなかった。魔法の店だったのだろう。 95
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-11 17:29:15
     あの魔法使いは何を目的としていたのだろうか。彼はそれが気になった。そもそも魔法使いは損得の感情で魔法を使ったりするような者たちではないが、これでは魔法の使い損ではないか? そうとしか思えなかった。 96
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-11 17:37:31
     ふと、彼は腰のポケットに違和感を感じた。何か……紙片が入っている。取り出してみると、それは折りたたまれた白い紙だった。広げてみる。すると、そこには女性の美しい字でこう書かれていた。「緋色の珈琲、いかがでしたか? きっとお気に召したはずです」 97
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-11 17:44:20
    「あなたの感情、心の奥の毒を利用した料理でした。私は料理を研究しています。素晴らしい料理を作るため、この地上を旅しています。食材としてあなたの心の毒を頂きました。あなたに与えた分は一部だけです。残りは私の今後の料理に生かさせていただきます。ごめんね」 98
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-11 17:50:50
    「もうあなたの心に毒は残っていないでしょう、思い出せますか? 夕陽に何を思っていたか。それでは。レミウェより」そんなことが整然とした字で書かれていた。イスルは紙片を畳み、ポケットに戻した。そして立ち上がって夕陽を見上げる。燃え上がるような、大きな夕陽を。 99
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-11 18:00:34
     自分は何かあの夕陽に思い入れがあったはずだ。だが、どうしてもそれを思い出すことができなかった。昔何かあったような気がするだけだ。ただ、思い出すのは……焼けつくような甘さ。 100
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-11 18:07:03
     緋色の珈琲の、とろけるような甘さだけだった。 101
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-27 17:36:37
     それから彼は何年か旅を続け、辺境の村に腰を落ちつけた。そして何の変哲もない村娘と恋に落ち、所帯を持った。いま彼は村で唯一の珈琲・紅茶店を営んでいる。旅で培った見識と人脈で遠方から珈琲豆や茶葉を取り寄せ、村のために売っていた。順調な生活はいつまでも続いた。 102
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-27 17:41:54
     イスルは時々珈琲を自分でいれて飲む。だが、どうしても甘い珈琲というのは受け付けなくて、いつもブラックで飲んでいた。嫌いなわけではない。ただあの緋色の珈琲の甘さがいつまでも記憶に残っていて、砂糖を入れると物足りなくなってしまったのだ。 103
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-27 17:47:47
     夕暮れ、彼は窓際に座って珈琲を飲むのが好きだった。理由は分からない。ただ、何かを思い出せそうで思い出せない奇妙な気分になるのだ。感傷だろうか、そのときは、砂糖を入れていないはずの珈琲が何故かとても甘く感じる。まるで夕陽を溶かして珈琲に混ぜたようだ。 104
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-27 17:50:07
     レミウェはイスルの毒を抜き去ったという。イスルには、もうその毒が何なのか思い出すことができなかった。とても心地よい思い出だった気がする。そこまで出かかっているのに、記憶を探ろうとするとその先は闇に沈んでいるのだ。心地よい毒で満たされていたのだろうか。 105
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-27 17:53:23
    「砂糖も、取り過ぎれば毒になるということか」 イスルはひとり呟いた。毒の正体は思い出せないが、それはもう必要ないものだろう。今彼は安定した生活を手に入れ、それ以上の安らぎは必要としていなかった。魔法使いレミウェは結果的に自分を幸せにしてくれたと思う。 106
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-27 17:55:15
     苦い珈琲でも、夕陽に向かい飲めば甘さを感じることができる。それで十分だった。今もレミウェは誰かを惑わし、新しい料理を生みだしているのだろうか。魔法使いは人間の心の隙間に魔法を忍ばせて、そのひとを変質させていく。結果、イスルは安らぎを手に入れた。 107
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-27 17:59:01
     だが、もしその変化が恐ろしい結果を生むことになったら……? イスルは自分の運の良さに感謝した。「さようならレミウェ。僕の心はもう大丈夫さ。もう二度と会うことは無いだろう、いや、会いたくないね」 イスルは笑って珈琲を啜った。 108
  • 減衰世界 @decay_world 2014-06-27 18:01:19
     珈琲は苦く、彼の心に甘い安らぎを与えてしみ込んでいった。 109

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