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Bunzo @Kominebunzo
「浸透戦術とは、水が高きを避け低きに流れるがごとく、攻撃前進に当たっては敵の抵抗の強力なところは力攻めするのを避け、ちょっとした間隙をも見つけてどんどん奥へ進んでいく戦術である。」 wikiの解説はまるで武道の極意を説くが如きあり様。 第一次大戦100周年が盛り上がらない訳だ。
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画期的な攻撃法である浸透戦術が用いられた1918年春季攻勢の初日。ドイツ軍の攻勢正面での死傷者はたった一日で7万8000人。 数個師団が一瞬で蒸発する戦術の、一体どこが画期的なのやら。 pic.twitter.com/50C382lwBM
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第一次大戦中の塹壕陣地はこんな具合に設計されていて、相互支援を十分に意識したもので、そう簡単に弱点が露呈しない。 もし「ちょっとした隙間を見つけろ」と命令された指揮官はきっと当惑するだろう。 そんな物があるなら最初から苦労しない。 pic.twitter.com/3SexDchNu1
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「西部戦線異状なし」にあるように塹壕陣地の第一線を一時的に占領することは浸透戦術であろうとなかろうと、それ程困難ではなかった。 問題はそれから砲兵線まで前進するうちに必ず逆襲を受けて押し戻されること。 これは浸透戦術そのものとは全く関係が無い。
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戦争の様相を変えた要素の一つにこうした装甲攻撃機の投入があった。エンジンと乗員がバスタブ型装甲で守られて機関銃ではなかなか撃墜できない。これが主要なストロングポイント上空に張り付いたら厄介、なのだけれど攻勢初日は悪天候で出番が無い。 pic.twitter.com/q2ztZdom5o
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飛行機が介入できなかった初日に効果を発揮したのは砲兵によるディープバトル。延々と続く前線への準備砲撃よりも指揮統制機能の破壊、増援阻止、対砲兵戦に重点を置く戦術は「浸透戦術」より余程画期的だった。 近接航空支援を欠いたことは両軍とも同じことで、変化は二日目に起きる。
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独軍の突撃は霧と毒ガスの混合物に紛れて進み、独軍砲兵の奇襲的な対砲兵戦で制圧された英軍砲兵の反撃が遅れる。 このためSOSライン=予め設定された盲目射撃計画線(米軍でいう「最終防御射撃」のこと。)を突撃部隊に超えられてしまう。 独軍砲兵が賢くなった分だけ様相が変わっている。
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突撃が砲兵線に達したことで英軍戦線は事実上突破を許してしまう。 開いた穴を塞ぐ反撃を支えるのは航空部隊の役割だったけれども、霧が晴れた飛行場には独軍砲弾が降り注ぐ。 事前偵察で前進飛行場を野戦重砲兵が照準に収めていたからで、それを悟られないよう攻勢前の砲撃は控えられていた。
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前進飛行場が砲撃下にあるため英軍は航空支援を行えない。その結果、ベルダン以来の制空権が概ね3日位復活する。 そして戦いが陣地戦から機動戦へと移行したことで、前線から約50km以内の英軍飛行場に撤退命令が出るたことでパニックが起きる。 これが第一次攻勢が限定的に成功した要因となる。
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前線付近の飛行場群からの撤退を命じられた英軍の混乱は深刻で、支援設備と燃料の移動が難しく、さらに大変なことに、いたずらに大部隊だったことが災いして収容できる飛行場がそもそも足りない。 態勢の立て直しに時間が掛かったのはこんな事情があった。
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飛行場で苦労したのは独軍も似たようなもので、自動車化した地上支援部隊が占領した飛行場に向かおうにも道路は渋滞、補給がたちまち滞る。制空権を保障するレッドバロンのJG1が何とか活動できたのは必要量には足りないながらも燃料を鹵獲できたため。
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こんな具合の戦争だったので、「独軍に機械化部隊があったら」等のif は成立しない。1944年12月と同じような事になっていた可能性が高い。 「浸透戦術」は新戦術だったけれども決定的要因となるには程遠い存在で、そもそも独軍には「浸透戦術」を実施しているという意識すら無かった。
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「1917年のリガ攻勢で、第一次世界大戦期のドイツ軍用兵は完成を見た。」とwikiには書いてあるけれども、リガ戦の歩兵戦術は1888年操典そのまま、普仏戦争時代さながらの散兵横隊戦術が主体。 どこが新しいのか、何が変わったのか、これではサッパリわからない。 わかる訳がない。
Bunzo @Kominebunzo
あれは1918年攻勢のモデルになった、リハーサルとして役立った、と言われるのは事実なので、ついうっかり「歩兵戦術の完成」と書いてしまうのだろうけれど、歩兵の戦い振りは19世紀そのまま。 本質的に変わったのは歩兵ではなくて砲兵の戦術がガラッと変わった。
Bunzo @Kominebunzo
砲兵の戦術は難しい。延々と準備砲撃をしていたら、さっさと陣地を察知されて対砲兵戦で潰されてしまう。 攻勢本番まで本来の陣地に入らず秘匿する、という工夫が生まれる。 けれど、攻勢まで本来の陣地につかないと問題が出る。砲兵の間接射撃は事前に照準しないと精度が出ない。 ならどうするか。
Bunzo @Kominebunzo
本番直前まで陣地に入らない、いう戦術で奇襲性を確保すると砲撃精度が出ない。精度が悪い砲撃をどう補うか。 それは毒ガス砲弾が解決した。 汚い手なので余り紹介されないが、リガ戦の準備砲撃で榴弾は25%しか使われていない。あとの75%は毒ガス弾。 当たらなくても効果が出る砲弾だった。
Bunzo @Kominebunzo
毒ガス弾の大量射撃は敵砲兵陣地に向けて行われ、更に敵増援部隊の阻止に向けられる。 前線陣地の破壊ではなく後方に向けてディープバトルを奇襲、かつ毒ガス弾の集中射撃で行ったことがリガ戦で出現した「初めて」の全てと言ってもいい程。 「浸透戦術」は砲兵の戦術改革だと言い切ってもいい位だ。
Bunzo @Kominebunzo
それでもリガ戦が「浸透戦術の先駆け」と言われるのは戦術的には横隊戦術だけれども、オペレーショナルなレベルでは弱い所に兵力を注ぎ込む戦い方だったから。 小隊、中隊レベルでの「浸透」ではなく、作戦級の「浸透」が「浸透戦術」の「浸透」だということ。 みんなここを間違えてしまう。
Bunzo @Kominebunzo
そもそもドイツ軍の「突撃隊」はどうやって「弱い所」を探すのだろう。 実際には突撃隊の150mから200m程度前に偵察分隊が活動して敵を探るのだけれども、突撃隊自体が弱点を探って戦線を右往左往することはない。 抵抗が激しければ無駄な突撃を避けて引くしかない。 進むか引くかだけ。
Bunzo @Kominebunzo
浸透戦術の基礎を作ったと言われる突撃隊の編成は1915年から。1888年操典通りの横隊戦術では損害が多すぎると判断されたため。 では小規模集団に支援火器を組み合わせた戦術が大々的に採用されたか、といえばそうでもない。 突撃隊は意外にも防御戦術として発達、訓練されたもの。
Bunzo @Kominebunzo
戦争中期以降、西部戦線で守勢を貫いた独軍の防御戦術が「弾性防御」。 これは前哨線、第一線、第二線、支援線と縦深を与えた陣地によるもの。前哨線より後方は敵から見えない逆斜面にあるので、敵の突撃は前哨線を抜けて主防御線に誘引されるけれども、そこは丘の稜線の向こうで敵砲兵から見えない。
Bunzo @Kominebunzo
敵から見えない逆斜面に誘引された敵の突撃は複雑に屈曲した塹壕線を掃討し切れず、友軍の砲兵支援からも切り離されて孤立する。 複雑な塹壕線の中で分断された敵を個別に潰すのが「突撃隊」の重要な役割。 戦線の何処でもある反撃術として「突撃隊」は長い時間を掛けて広く習熟されたということ。
Bunzo @Kominebunzo
塹壕陣地の中で孤立分断された敵を掃討するのが得意な突撃隊戦術は敵陣地線に飛び込む前までは横隊戦術と大した差はない。 飛び込んだ陣地が孤立分断されていなければ、その後も同じことになる。 1918年春の攻勢初日の大損害は当たり前に発生した現象だった。突撃隊戦術が役立つ場は限られる。
Bunzo @Kominebunzo
ここで気になるのは旧式と批判される1888年操典による散兵横隊戦術。普墺戦争、普仏戦争で実施された散兵戦術はもっと臨機応変で柔軟なものではなかったのか。だからこそ1917年9月のリガ戦まで用いられたのではないか。 大戦争の無かった30数年の間に多分、ゆっくり変質したのだと思う。
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コメント

棒人間ひろ @bouninng 2014年7月4日
まとめを更新しました。
棒人間ひろ @bouninng 2014年7月4日
まとめを更新しました。
mmmmmtttt37 @mmmmmtttt37 2014年7月6日
むしろ毒ガスが皮膚に浸透していったてことかな。
こぎつね @KogituneJPN 2014年7月7日
ジュネーブ条約で使われなくなったため、使いにくい兵器でもあったんだろうなと思っていた毒ガス戦はけっこう重要だったんだなと
グルコサミン@文盲野蛮人 @442_sof 2015年7月1日
毒ガスってこんなに重要だったのか・・・
アカハナ7(フツーのキイロのクルマにノッテルオヂ㌠) @akahana7 2016年2月1日
俺が知ってる(つもりだった)浸透戦術とは違う…(ヽ´ω`)
斉藤晃 @MonolithSoldier 2017年5月31日
春季攻勢でも毒ガスが使われてたのか・・・ これまで持ってたもやっとした疑問が一気に解決したわ そりゃパリに王手まで後一歩まで迫れたわけだ
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