不知火に落ち度はない その8

@yamoto 氏の #不知火に落ち度はない をまとめました。 以下本家より抜粋 【不知火に落ち度はない】 続きを読む
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酒の上の不埒回

yamoto @yamoto

宿に着いてからの行動はスムーズだった。 どうも前も泊まったことがあるらしく、部屋に案内される。 「毎回この時期、この方は酔っぱらってくるもんですから。もう名物みたいなもんです」 その言葉に不知火は少し頭痛を覚えた。 仕官服で酔っぱらってくるなんて。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 22:38:06
yamoto @yamoto

古い建物のようで、総木造の床は時折きしきしと歪んだ音を立てる。 おそらく昼間ならば風情があるのだろう。 しかし夜となると、どこか不気味な雰囲気があった。 通された部屋は、畳敷きの10畳程度の場所。 既に布団は2つ敷かれていた。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 22:41:51
yamoto @yamoto

「ああ。露天風呂は開いてますので、お好きにどうぞ。ではごゆっくり」 「ありがとうございます」 とは口にしたものの。不知火自身、こういう場所には不慣れだった。 普段ビジネスホテルに泊まる、ということはあっても、風呂が部屋に付いてない所は初めてである。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 22:45:26
yamoto @yamoto

酔っぱらった司令を布団に寝かせる。 上着のボタンを外してズボンのベルトをゆるめる。 上から布団を掛けておしまい。 その一連の動作は自動的にこなせた。 ほとんど介護者を看るのと変わらない扱いである。 ただ、ここまで酔ったのを見るのは初めてだった。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 22:48:46
yamoto @yamoto

「司令。調子はいかがですか?」 「おう、まかせる」 ダメだった。 ため息を吐くと、部屋を見回す。 風呂もトイレもない。 どうやって開けるのか分からない障子戸がある。 部屋の片隅には折りたたみテーブルがあり、意味不明な掛け軸がある。 なんだここは。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 22:54:06
yamoto @yamoto

不知火はこの手の部屋に泊まるのが初めてであった。 ビジネスホテルを利用した経験はある。 遠征時には海外の安ホテルなどに寝ることもある。 ただ、ここまでセキュリティが薄く、ゆるんだ空気の部屋は見たことがない。 仮にも司令が寝泊まりする場所ではなかった。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 22:56:53
yamoto @yamoto

「トイレも風呂もないのですね」 そう。どこにもない。 露天風呂、という共通施設があるだけ。 トイレもおそらく、建物内のどこかにあるのだろう。 プライベートスペースという意識に欠ける宿泊施設だ。 部屋にかかってるあの浴衣、どう使うのだろうか。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 22:58:48
yamoto @yamoto

手元のスマートフォンを弄って検索開始。 浴衣の着方、露天風呂の利用方法を調べて記憶。 この手の宿の仕組みを理解したところで、司令の様子を再度見る。 布団をけっ飛ばしていた。 これはひどい。 「司令、暑いのですか」 「うむ、まかせる」 ぐだぐだだ。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 23:02:19
yamoto @yamoto

ここまでダメな姿は見たことがない。 普段ならダメだと思いながらでも何とかできる気配はあった。 だが、今の彼は人の助けなければなにもできそうにない。 ──どうしてあれほど飲む必要があるのか。 その辺の感情込みで全く理解できなかった。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 23:10:08
yamoto @yamoto

「司令。風邪を引きますよ」 「うむ。まかせう」 ろれつがまだ怪しい。 相手をする時間が勿体なくなってきた。 「不知火は入浴を済ませてきます」 「うむ、まかせる」 オウム返しである。 仕方ない。行こうか。 不知火は浴衣を手に風呂へと向かった。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 23:13:38
yamoto @yamoto

調べた中にあった『混浴』なるものの存在は幸いなかった。 男女別に分けられた入口をくぐると、室内風呂が一つ。 ガラス戸を隔てた向こうに、屋根付き露天風呂が一つ。 申し訳程度の風呂であるが、何故か司令の喜ぶ顔が浮かんだ。 「不知火は好きじゃないけど」 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 23:27:23
yamoto @yamoto

軽く身体を洗い、流す。 あの場所はヤニの匂いが酷く、また、司令の酒の匂いが付いていた。 ポンプ式の石鹸ではなく、今時普通の固形石鹸を使っている。 この宿はどうやら昭和──不知火の知らない時間を保っているらしい。 銭湯でしか見ない蛇口もそう思えた。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 23:39:45
yamoto @yamoto

月が遠い。 それが露天風呂での最初の感想。 郊外のこの場所は、高層の建物が少なく光が乏しい分空が高く見える。 よく旅番組などで見た情景とは、あまりに食い違いがあり失望が少なからずある。 風情がないだけなのだろうか、と不知火は考えた。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 23:45:27
yamoto @yamoto

誰かが隣にいれば、変わったのだろうか。 例えば陽炎とか、黒潮とか。 司令とか。 そこまで考えて、不知火は思考を放棄した。 一緒の風呂? 流石にソレはない。 首を振って、後から滲む思考を切り離す。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 23:48:51
yamoto @yamoto

ともあれ、身体は温まったのだ。 さっさと出ていって、寝るとしよう。 あの状態の司令がどうなってるか見当も付かない。 そう思うと不知火は湯から上がって、身体を拭き着替える。 「浴衣は和服」 すなわち、下着は着けない。 不知火は少し読み違えていた。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 23:54:05
yamoto @yamoto

軋む廊下を進む。 風呂場の出入り口に自販機の瓶牛乳が売られていたが、それも無視した。 風呂上がりにアレを飲む、という風習は納得できない。 炭酸の切れの良い飲み物の方が合うはずなのに。 前に銭湯で見たときも、戸惑いは大きかった。 きっと古い風習なのだ。 #不知火に落ち度はない

2014-07-16 23:57:51
yamoto @yamoto

そして、司令の元に戻ると── 「司令。わざとやっていませんか」 不知火の方の布団を被って寝ている。 自分の布団は蹴飛ばして隅に追いやっている。 ため息と共に、布団を元の位置に戻す。 寝てる間に布団を奪われそうだ。 #不知火に落ち度はない

2014-07-17 00:02:25
yamoto @yamoto

「不知火も寝ます。ごゆっくり──」 「お、長門かぁ。風呂出たのかー?」 は? 不知火の温度が再び下がる。 今。 長門と。 司令は言った。 #不知火に落ち度はない

2014-07-17 00:04:16
yamoto @yamoto

「わり、長門。水持ってきてくれ」 「……」 何度か彼はこの宿に泊まってると言っている。 そして運転手は決まって長門を用いていた。 言葉を今更思い出す。 『酔っぱらった司令はタチが悪い』 まさか、他人を認識できない? 彼女の中に疑問が生まれた。 #不知火に落ち度はない

2014-07-17 00:09:37
yamoto @yamoto

「今持ってくる」 「おう、頼むわ」 口調を真似ると、こちらを見ることなく司令が言う。 まさか、本当に認識できてない? 部屋にあった湯飲みに水を汲んで── だったら少し悪戯をしてみよう。 そんな悪意が芽生えた。 #不知火に落ち度はない

2014-07-17 00:13:43
yamoto @yamoto

「顔を上げて口を開け、司令」 「ん、おう。こうか」 湯飲みの水を口に含む。 どくん、どくんと。 心臓が早鐘を打ち始める。 これはしていいことなのだろうか。 今更疑問が浮かんでくるが。 自分を見ない司令が悪いという一言でねじ伏せた。 #不知火に落ち度はない

2014-07-17 00:19:10
yamoto @yamoto

身体にもたれかかるように、ぶつかるように唇を重ね。 口に含んだ水を流し込む。 ぬるい水が漏れて、唇にしたたる。 そうやって流し込まれる水に、司令が喉を鳴らした。 これは長門のしてること。 そう思いこむことで自分の行動と思わないようにした。 #不知火に落ち度はない

2014-07-17 00:23:42
yamoto @yamoto

「……どうだ? 目が覚めたか」 あの女なら、きっとこう言う。 とびっきりの笑顔を貼り付けて言う。 だから早く気づいて。 このままばれないで。 複雑に絡んだ気持ちが不知火の中を満たす。 司令の言葉は──そこに杭を打ち込んだ。 #不知火に落ち度はない

2014-07-17 00:31:26
yamoto @yamoto

「いっつもだろ、お前そういうの」 湯飲みを取り落としそうになった。 いつも──? 「お前も酔うととんでもねえしな」 連れ帰っていたのではなかったのか。 意味ありげなあの時の長門の顔が浮かんだ。 まさか分かっていてこんな状況にさせたのか。 #不知火に落ち度はない

2014-07-17 00:33:32
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