「千の想いを」~番外編・天城がいた頃/夏の日(オープニング後編)~
- mamiya_AFS
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入ってみると、思った通りに食堂であった。白い長机が並行に沢山並び、職員や艦娘達がグループを作っては談笑と共に箸を進めている。 カウンター側には定食、丼、カレー、うどん/そば、ラーメン、パスタ、チキンラーメンと大きくカテゴリ分けされた看板が掲げられ、それぞれに列ができていた。
2014-05-05 11:42:55数多くの料理の香りに、再び空腹を訴える音が鳴る。今度こそ誰かに聴かれたかと思ったが喧噪のお陰か気付かれずに済んだようだった。 すぐ目の前を揚げたてのトンカツ定食を持った駆逐艦娘が通り過ぎる。ご飯とみそ汁の湯気と香りと合わさり、赤城は思わず視線を釘付けにされる。
2014-05-05 11:48:27券売機等は見当たらない。様子を伺うも、どんぶりや料理の乗ったプレートを受け取る人達が向こうにお金や券を渡しているわけでもない。 どうやらこの鎮守府に務めている者ならば無料らしい。いつぞやに渡された分厚い資料にもそう記されていた覚えがあった。 きらきらと目を輝かせて赤城が列を選ぶ。
2014-05-05 11:51:38日替わりの麻婆茄子定食の色と香りに惹かれる。卵も鶏肉も新鮮なのをたっぷり使われた親子丼も捨て難い。いやさ流石は海軍、レトルトでは絶対に出せないスパイスの香りを撒くカレーライスは量と共に凶器とすら思える。パスタもミートソースやナポリタン等の定番から変り種まであるようだ。
2014-05-05 11:57:08最初こそ疑問に思えたチキンラーメンのコーナーの長蛇の列も、遠巻きに覗いてみれば理由は納得できた。 真ん中の窪みに落とされるのは、千葉県は旭市、たまご屋『太田』から今朝届いたばかりのビタミンE豊富な『華の卵-はなのらん-』に他ならない。かけられるのはただのお湯ではなく濃厚な出汁汁。
2014-05-05 12:02:40盛り付けには四国の国産豚肉を用いて機械ではなく職人がじっくり煮込み続けたチャーシューが、分厚く切られてなんと4枚も乗っているではないか。茹でたてに相違無いほうれん草に、軽く火で炙ってある海苔も添えられ、おまけにナルトまで寄せられる手の込みようである。 チキンラーメンこそ王者。
2014-05-05 12:08:05更に麺を食べ終わった後にスープにぶち込む用のライスまでセットになっている。しかもあの輝くような純白はラーメンに合う米として有名な北海道産『あやひめ』だ。それがスープに入るのを前提にして炊いてから軽く水分を飛ばしてある。上にはのりたまのふりかけが掛けられ隙が無い。
2014-05-05 12:14:07ある事に気付き赤城が思わず息を呑む。食器を受け取るカウンターに並んでいるのはパルメザンチーズにタバスコではないか。なんという事か、パスタコーナーが隣にあるというのに、パルメザンとタバスコが最も合う料理はチキンラーメンである事をわかっているのだ、この食堂のおばちゃん達は。
2014-05-05 12:16:45トッピングには、ガーリックチップと共に揚げた鶏肉の細切れ、山菜やきのこと炒めた鶏肉、スモークチーズに巻いて燻製にした鶏肉、etc.と毎日並んだとしても絶対に飽きる事の無いラインナップだ。鶏肉ばかりなのは当然、メインはチキンラーメンであるからだ。 日本中の知恵と努力が此処に在る。
2014-05-05 12:20:52拍手を送りたくなるようなチキンラーメンに掛ける情熱を皆間見た赤城は、熱くなる目頭を指の端で擦りながらだがしかしカレーライスのコーナーに並ぶ。 カレーもまたいくつか種類があるようだ。注文を受けてからおばちゃん達が8の寸胴からライスにルーやトッピングも盛っている。
2014-05-05 12:24:26番が回ってきて、わくわくと逸る気持ちを抑えられない空母娘がカウンターに手を掛ける。初めて見る子だと察したおばちゃんが、マスク越しでもわかるくらいに深い笑みを浮かべて彼女の注文を待つ。 姉のメールが指していた場所がこの食堂であるかはわからないが、好きにならない理由が何所にも無い。
2014-05-05 12:28:34欧風カレーかシーフードカレーか悩んでいる隙に、何者かが手を伸ばして声を上げる。明らかに新人である赤城の先輩だろうと判断したおばちゃんは、すぐに「あいよ」と返事をして最もシンプルなカレーライスを2皿カウンターに並べた。好きなだけ盛れる福神漬けと沢庵の細切れの容器も指で指し示す。
2014-05-05 12:32:49声を出した短髪の艦娘がにこにこと赤城を見ている。赤城はしばらくぽけーっと相手を見詰めた後に、何かに納得したように笑顔で首を上下させた。 臙脂色の衣装を着た相手がカレーの1皿を手に持つ。 赤城は残った1皿には一瞥もくれずに、おばちゃんを見上げた。
2014-05-05 12:34:58彼女が1度に2人前注文した、という事は多目にもらっておいて良いという事だ。 赤城はそう思い込み、何の迷いも見せずに言い放つ。 カレーを手にカウンターを離れようとした軽巡の少女が驚きに振り返り、おばちゃんも目を丸くして白い着物の少女の輝く瞳を見返す。
2014-05-05 12:39:28よそってくれないおばちゃん達に首を小さく傾げて赤城が尋ねる。 この食堂のメニューは1通り食べてみるつもりであり『とりあえず』カレーライスを3人前食べようと思っただけなのだが。 2人前までが限度なのだろうか。それとも3人前じゃ全然足りないのに、と察してくれたとでも云うのだろうか。
2014-05-05 12:41:47うるうると目に涙を浮かべ始める。 おばちゃん達はぎょっとせざるを得ない。新人なだけに早くもパシリでもさせられているのかと心配し始める。 そんな赤城の頭に手を置いて、1人の艦娘がカウンターに並び立つ。
2014-05-05 12:46:04数年の間直接に聞いていないとは言え、間違える筈もない。 カレーへの興奮も忘れ…切れてはいないが忘れて、赤城が勢いよく振り返る。 そこに立っていたのは確かに姉の天城であった。 よく見知っている天城の言葉に、おばちゃんは疑いも持たずに納得して皿にライスを盛り付け始める。
2014-05-05 12:49:18