山内太地さんの「ひとりぼっちの恐怖~友達いないと怖いワケ~」に関する講演メモ

桜美林大学リベラルアーツ学会社会学研究会主催 土井隆義教授 講演会「ひとりぼっちの恐怖~友達いないと怖いワケ~」に関する山内太地さんの講演メモtweetです。
人間関係
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山内太地 @yamauchitaiji
1)桜美林大学リベラルアーツ学会社会学研究会主催 土井隆義教授 講演会「ひとりぼっちの恐怖~友達いないと怖いワケ~」を聴いてきました。大変有意義でしたので、講演メモをTweetします。
山内太地 @yamauchitaiji
2)大学生活の規定要因としての友達関係 なぜ大学生活の充実と友達関係が重要なのか。大学中退率は約13%、高校は約6%、高校中退よりも大学中退の方が比率が倍。大学中退者の6割が非正規雇用になる。ニート63万人の30%が高校・大学中退者。以上はNPO法人NEWVERTの資料。
山内太地 @yamauchitaiji
3)中退理由は学習意欲の喪失と人間関係。友達関係がうまくいかないので中退する。OECD諸国と比べ日本の高校生(15歳)は学校への帰属意識は低いが、怠学傾向の生徒はいない。つまり勉強するためではなく友達がいるから行くのが学校。すると友達関係が重くなってくる。
山内太地 @yamauchitaiji
4)勉強をするとか資格を取るという目的があれば、人間関係は2次的なものになる。ところが人間関係が目的で学校に行くから、人間関係の悩みが大きくなる。
山内太地 @yamauchitaiji
5)人間関係の流動化と対人スキル 現在の20代の若者は、経済力よりも人間関係を重視する。給料の多い会社よりも家庭的な会社、人間関係を重視する傾向が2003年ごろから増えた。実力主義の会社よりも平等に年功主義の会社の方がよいというデータが出ている。
山内太地 @yamauchitaiji
6)個人の能力や経済力よりも、人間関係を重視するのが今の若者である。どれだけ豊かな人間関係を持っているかで、人間としての価値が決まる。かつての若者は一匹狼がかっこいいと思っていたが、今は一人でいる人間はダメなやつ、価値が無いとされる。なぜなのか。
山内太地 @yamauchitaiji
7)人間関係の流動化。人間関係の規制緩和、自由主義化。制度的な拘束力の弱まり、自由選択される人間関係、高まる人間関係の満足度。イヤな人間関係に縛られることがなくなった。サークル、クラスメート、同じ学校ということによる帰属意識の縛りがなくなる。クラスメート=友達ではない。
山内太地 @yamauchitaiji
8)付き合いたい人とだけ付き合えばいい。という感覚の広まり。生きがいをん感じるのは、友人や仲間といる時。自由に人間関係を選べるのだから。人間関係の自由化は良いこと。でも、好きな人とだけ付き合うというのは、裏を返すと、制度的な仕組みが人間関係を保証してくれないということ。
山内太地 @yamauchitaiji
9)だから「自由という楽園」が「自由という地獄」に変わりうる。同じクラスメートだから仲間というのが、人間関係の基礎にならなくなった。自己責任で人間関係を作らないといけなくなった。用意されていない。不安の高まり。
山内太地 @yamauchitaiji
10)友人や仲間は生きがいなのに、同時に悩みや不安となる。人間関係の自由度が増すことで、主体的に自分で友達を作っていかないといけなくなった。友だちは、生き甲斐であり、不安である。一匹狼がかっこいいという昔の若者は、それが自立のあかしだった。
山内太地 @yamauchitaiji
11)大人が用意した制度の枠組みに縛られていない。当時は人間関係を構築する制度の枠組みが強かった。そこからの解放が若者の夢だった。今は逆。制度の枠組みがなくなった。むしろ、何もないところから自己責任で人間関係を築かないといけない。すると、
山内太地 @yamauchitaiji
12)一人ぼっちは、人を集める魅力が無い、人間としての価値が無いと感じてしまう。「かわいそうな人と思われているんじゃないか?」社会の空気→友だちがいないのは痛いやつ。周囲から「かわいそうな人間」とは思われたくない。「自分は一人でいるのが好き」が許されない。
山内太地 @yamauchitaiji
13) 学食や講義室で、独りでいるのを見られたくない。「人間関係の格差化」人間関係が人間の価値を決める指標のようになってしまう。対人スキル(コミュニケーション能力)の格差化。空気を読んで場を盛り上げる能力、自分をキャラ化して提示する能力が求められ、人間関係=対人スキルになる。
山内太地 @yamauchitaiji
14) 人間関係が格差化し、「対人スキル=コミュニケーション能力が高い人が偉い」という価値観は、大人の世界にも蔓延している。その象徴が就職活動だ。この対人スキルの高さとは、「空気を読んで場を盛り上げる能力」であり、お互いに腹を割って話す人間関係とかではない。
山内太地 @yamauchitaiji
15)なぜ昔は親友とは腹を割って話せたのか。それは、制度的枠組みが人間関係を保証してくれたから。クラスメートと衝突しても「同じクラスメートじゃないか」、親子げんかしても「親子じゃないか」と価値観を共有できていた。今は価値観が多様化、多元化し、分かりあっているはずという前提がない。
山内太地 @yamauchitaiji
16)だから腹を割って話したり、本気で衝突すると、クラスメートや親子であっても、基本となる人間関係が崩壊してしまう。衝突できなくなった。親子関係も友達関係も自己責任で作っていかないといけない。そこで誰もがよい子を演じている。
山内太地 @yamauchitaiji
17)なぜ人間関係が人を測る物差しになってしまったのか。価値観が多元化した世界の存在論的不安。第一次産業が減って第三次産業(サービス産業)が増えた。70年代以降、日本で働く人の半数が対人サービス。物を黙って作る時代から、人間関係重視の社会へ変わってきた。
山内太地 @yamauchitaiji
18)人間関係が大事という空気が、親から子に伝達される。「友だちを大切にしましょう」。でもそれは友愛精神ではなくて、「あなたが自分の人生をうまくやっていくために、友だちが大切なのよ」という母親の期待。
山内太地 @yamauchitaiji
19)2003年から伝統回帰への揺り戻しが来ている。社会の成熟化、進歩とか発展という目標が設定できない。価値観の多様化。世代間のギャップは昔より減ってきている。むしろ世代内の違いが目立ってくる。大人という共通の敵がいなくなった。目指す方向が人によってバラバラになってくる。
山内太地 @yamauchitaiji
20)親と子の価値観が似通ってきている。価値観の多元化した社会、流動化した人間関係、普遍的な根拠の喪失、絶対的なよりどころの喪失、不安定化する自己肯定感の基盤、具体的な他者からの自己承認欲求の高まり、人間関係の通貨としてのコミュニケーション能力。
山内太地 @yamauchitaiji
21)選べる自由ゆえに、根拠が無いので不安になる。その不安定の安定化を人間関係に求める、友だちに「それでいいんだよ」と行ってほしい、自分を正当化したい。人間関係を人生の羅針盤にしてしまう。周囲の人間の評価を自分の評価にする。相手の反応によって自分への評価がゆらぐ。
山内太地 @yamauchitaiji
22)自分がどう生きるかと、自分で決めるのではなく、相手にどう思われるか、相手によく思われたい、で決めるようになる。すると自己肯定感が揺らぐ。するとお札やお守りや迷信や宗教など、スピリチュアルなものに走る。20代のスピリチャルへの関心は非常に高い。
山内太地 @yamauchitaiji
23)人間関係で自分を支える→不安定になる→揺らがないもの、絶対的なものをスピリチュアルに求める。人間関係の自由化の反動。絶対的な基準を求めている。今の20代、30代は、「人のために役に立ちたい」と考えている。50代から70代の人では、こうした人は昔より減っている。
山内太地 @yamauchitaiji
24)ここから学生とのパネルディスカッションのメモ。全人格的に付き合うんじゃなくて、一点集中型の人間関係。リアルな人間関係のしんどさがネットで再現されるのはきつい。日常の友人がメル友で、ネットがバーチャルではなくなる。SNSも。ネットは日常の友人関係がさらに濃密な場→しんどい。
山内太地 @yamauchitaiji
25)なんで学食で一人でご飯がたべられないのか。じゃあ、一人で飯を食っている人は「かわいそう」と思うか?→学生「別に思わない」。自分はいつも見られる側で考えている。仲間内で、自分がどう見られているかを強く意識している。秋葉原の犯人も、自分が属する狭いコミュニティーの人間関係を重視
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