ウィアード・ワンダラー・アンド・ワイアード・ウィッチ #1

日本語版公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

頭痛。身体が重い。ホリイ・ムラカミは、最低限の暗号化もされていない不衛生な無線LAN電波が飛び交う、薄汚い民宿サルーン「MASUDA」の一室……軋むベッド上で、緩慢に目を開けた。左網膜にインプラントされたサイバネアイが気怠げに起動し、蛍光緑色のIRCシスログを視界に吐き出す。 1

2014-07-21 22:37:56
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

一番安心して眠れる姿勢、右半身を下にしたまま、未だ動かない。これまでの逃避行を鑑みれば、余りに短すぎる休息であった。そう、眠ってしまったのだ。意外にも。(((うえっ、何、この臭い)))その女コードロジストに最初に異状を伝達したのは、サイバネ化されていない原始的な五感であった。 2

2014-07-21 22:45:38
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ホリイは眉間に皺を寄せ、顔をしかめた。スラムの便所に蔓延る疫病めいた粗悪ウィルスが、茶色い染み付きの電波に乗って自身のファイアウォールを撫でるような不快感を味わった。LANを念入りに閉じる。異臭は消えない。(((疑似感覚ではない)))昨夜何があったのか。徐々に思い出してきた。 3

2014-07-21 22:52:50
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

嗅覚、そして聴覚が働く。耳障りな羽音。蠅だ。異臭が鼻を突く。(((これ、強いアルコールの匂い……それから……腐った肉……!?)))昨夜の記憶が掘り出されるよりも速く、ホリイの肉体は危険回避行動を取り、跳ね起きた!異臭!それは、ベッドのすぐ隣にある死体から発せられていたからだ! 4

2014-07-21 22:58:35
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

次の瞬間、ぼろぼろのウェスタンハットを被ったその死体は、「参ったな」とでも言いたげな表情で振り向き、彼女を見た。瞼が腐り落ちたその瞳で。ナムアミダブツ!「アイエエエエ!」ホリイはバネ仕掛けめいてベッドから飛び降り、甲高い叫び声を上げようとした。だが、彼女の悲鳴は掻き消された。 5

2014-07-21 23:07:19
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ンンーッ!」ホリイはベッドの横でゾンビーの偉丈夫に背後を取られ、包帯の上に革手袋を嵌めた大きな手で、口を封じられていたからだ。信じ難い早業だ。ホリイには、何が起こったのか解らなかった。サイバネアイですら、その動きを捕捉できなかった。何故ならその男は、ニンジャだったからだ。 6

2014-07-21 23:14:44
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「嬢ちゃん、叫ぶんなら、出てってもらうぞ。俺は面倒事は嫌いなんだ」死体は言った。「ここは四階だ。いいか、まだ叫ぼうってんなら、あんたをそこの窓から冷たい道路に放り捨てて、テクノギャングか、ヤクザか、それかアマクダリの連中に、足の骨が折れて身動きできないあんたを回収させて……」 7

2014-07-21 23:22:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

アマクダリ。その恐るべき秘密結社の名を聞くと、ホリイは抵抗を止めた。「……このサルーンが静かになったら、俺はまた独りで酒でも呑むとする。どうだ、それがいいか?」「ンーッ」ホリイは今は静かに、首を横に振った。「そりゃあよかった」死体は穏やかに手を離した。「俺もやりたくなかった」 8

2014-07-21 23:28:11
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ホリイはベッドの上に座り込み、冷や汗を拭い、息を整えた。その死体は、少し離れた壁際で、明滅するLEDボンボリの下で彼女に背を向けながら、黒く分厚いカソックコートを襟元まで閉じ、匂い消しの強アルコールを呷っていた。「ごめんなさい」ホリイは昨夜の事を思い出し、奥ゆかしく謝罪した。 9

2014-07-21 23:38:01
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

まだホリイは混乱していた。何故自分は死体に謝罪しているのかと。だが彼女は昨夜、サルーンでこの男に実際助けを求めたのだ。ゾンビーだなどとは知らなかったが。「俺も、悪かった」彼女を衝動的に放り投げずに良かったと思いながら、死体は返した。彼はこの60秒間で随分ニューロンを酷使した。10

2014-07-21 23:43:36
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

死体は装束を整え終えると、ホリイから影のようにしか見えない場所に歩いて、振り向いた。その顔も、目深に被った帽子で殆ど見えなかった。彼は自分の腐った肉体を見られたくないのだ。面倒が起こるからだ。「……まだ少し、気が動転しているから」ホリイは、暗い闇に潜む怪物に向かって言った。 11

2014-07-21 23:48:54
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「昨夜の事を思い出さないと。だから、改めて自己紹介を」気丈な女コードロジストは言った。「ドーモ、ホリイ・ムラカミです」彼女はベッドに座ったまま、暗がりの怪物にオジギした。彼のシルエットは、何故か先程よりも遥かに小さく感じられた。「……ドーモ、ジェノサイドです」死体は応えた。 12

2014-07-21 23:52:49
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

【ウィアード・ワンダラー・アンド・ワイアード・ウィッチ】

2014-07-21 23:53:52
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ナカニ・ストリートの民宿サルーン「MASUDA」の一室で、二人は奇妙な対話を続けた。彼の足元、灰色の安物カーペットには、腐り果てた肉体から滴り落ちた強アルコールの染みが広がっていた。ホリイは、昨夜何があったのか思い出し始めた。如何にして死体と寝る事になったのか、その顛末を。 13

2014-07-22 00:03:08
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

……夜。重金属酸性雨の降りしきるネオサイタマの夜を、フードを目深に被った女が独り、時折後方を振り返りながら歩いていた。 14

2014-07-22 00:11:32
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

治安維持警察ハイデッカーの装甲車が、渋滞を押し分け進む。ホリイは反射的に、歩道をスキャンする漢字サーチライトから目を逸らす。直後、アナキストが歩道から装甲車へ突撃した。「ウワーッ管理社会!」「ザッケンナコラー市民!」装甲車から怒号。「アバーッ!」彼は余りに呆気なく轢殺された。15

2014-07-22 00:19:02
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

サイバーサングラスをかけた市民の群は、黙々と歩道を歩き続けた。ビルの大型モニタには共和国との見えぬ“戦争”。ホリイも、凄まじい恐怖と抑圧感を感じながら、口を固く結んで歩き続けた。「これはすごいですよ!」「私のだ!」後方では誰かが車道の死体に群がり、サイバネ機器や銃器を漁る。 16

2014-07-22 00:26:10
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ゴゴゴゴゴ……マグロツェッペリンが低空飛行し、過剰消費と隣人監視を煽るネコネコカワイイの最新PVで絨毯爆撃する。いつからこれらの光景はチャメシ・インシデントとなってしまったのだろう?ホリイは思案した。全ては、市民が気づかぬうちに進行した。気づいた時には、全てが手遅れだった。 17

2014-07-22 00:33:14
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ゴゴゴゴゴ……マグロツェッペリンが低空飛行し、過剰消費と隣人監視を煽るネコネコカワイイの最新PVで絨毯爆撃する。いつからこれらの光景はチャメシ・インシデントとなってしまったのだろう?ホリイは思案した。全ては、市民が気づかぬうちに進行した。気づいた時には、全てが手遅れだった。 17

2014-07-22 22:32:59
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ホリイは故郷へ向かっていた。ナカニ・ストリートへ。彼女の市民IDデータに、ナカニの文字は無い。もう十年も前……高校の寮に入る際に、ハッカーに履歴を書き換えてもらったからだ。「市民!」「IDを提示しなさい市民!」少し先のハイデッカー治安検問所を見ながら、彼女は表情を強張らせた。18

2014-07-22 22:40:10
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「安心して秩序」「みんなで協力」「戦時下なので」の赤色LED文字が、検問の大型電光板に流れる。「市民ID、それから社員証……役に立つといいけど」ホリイはディストリクト境界検問へ向かう信号待ちの列で、祈るように独りごちた。信号機の上では監視カメラが無表情に市民をスキャンする。 19

2014-07-22 22:47:32
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ほとんど素通りに近い速度で、市民の列は検問所を越える。全員を精密スキャンし、身体検査を行っている時間は無いからだ。今は、まだ。あからさまな薬中やアナキストだけが弾かれる。「安心だ!」「治安が良くなっている!」当初は難色を示していた市民も、今ではハイデッカーを歓迎しつつある。 20

2014-07-22 22:55:42
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「市民!」厳めしいハイデッカーが、ハンディスキャナを掲げ手招きする。「ドーモ」ホリイは微笑み、IDを提示した。オナタカミ社系列カチグミ企業社員証もだ。ピボッ。……結果は市民には見えない。「……」3人並んで座るハイデッカー隊員が、無言のまま全員同時にUNIX画面に見入った。 21

2014-07-22 23:01:51