成熟した政治的な言語とは

ひとつの異議申し立てが別の弱い立場にいる人達への差別や無配慮に転化しないよう常に意識する
原発 震災
15
あらら @A_laragi
まずは、市民の「不安」に寄り添うことが大切なのだけど、それを徐々にきちんとした言葉に変換していかないと、ただのパニックと見分けがつかなくなっていく。
あらら @A_laragi
例えば、平川先生が一貫して強調してきたように、専門家が「ゼロリスク要求」として退けてしまう言葉が、実際には、権力主体や社会構造に対する、さまざまな倫理的要求や異議申し立てであることを明らかにするのは、そういう言語化ないし政治化のプロセスの一つだと思う。
あらら @A_laragi
言語化/政治化のプロセスにおいては、「科学的な主張を装いつつ非科学的」な言説と同時に、「科学で解決できない問題を科学的に処理する」ような言説を、そぎ落としていく必要がある。
あらら @A_laragi
またそれは当然のことながら、政治的な正当性をもった主張の模索でなければならず、例えば差別的な主張は、慎重に排除されなければならない。
あらら @A_laragi
今はまだ、「市民に寄り添う」というところが出来ずに紛糾しているので、歯車がかみ合わず、なかなか話が進んでいかない状態に思える。
あらら @A_laragi
(市民に寄り添うということの中には、汚染された地域に留まろうという人たちの立場に寄り添うことも、当然含まれる)
あらら @A_laragi
「不安に思うのなんて知識がないからでしょ?」という発想と、「何で逃げないんだ?」という発想は、ともすると、似通った無配慮に陥りがちであるように思える。
あらら @A_laragi
(もちろん、それが、情熱や正義感があまってのことであるか、無責任な傍観者視点によるものか、というような違いはあるわけですが)

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする