2014年8月4日

「対話」を描く本を書くということ

月曜日の連ツイをまとめました。
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結城浩 @hyuki

今日は月曜日。今は夕方。そろそろ連ツイタイムです。今日のテーマは「対話について」です。

2014-08-04 16:12:00
結城浩 @hyuki

結城にとって「対話」というのはとても重要な意味を持っています。もっとも端的にそれが現れているのは毎週金曜日の「対話」です。すなわちWeb連載「数学ガールの秘密ノート」ですね。そこでは数学的な問題を中心に据えて、中学生・高校生同士の「対話」が行われています。

2014-08-04 16:13:27
結城浩 @hyuki

そもそも結城が対話を意識し始めたのは、執筆の仕事をして結構はやい時期かもしれません。というのは、『Java言語プログラミングレッスン』というプログラミング言語の入門書の各章には「先生と生徒の対話」が登場しましたから。

2014-08-04 16:15:09
結城浩 @hyuki

書籍を書いた経験のある人ならわかりますが、章の冒頭に適切な引用文を書くというのはとっても「かっこいい」ことです(そう思いませんか?)。結城もKnuth先生がやっているのを見てがっつりマネをしたいと思いました。引用文もいいのですが、自作の対話文もなかなか、と思っています。

2014-08-04 16:16:42
結城浩 @hyuki

対話を書籍の各章にいれるときに大事なのは独り善がりを避けるということです。つまり、自分の衒学的趣味や知識をひけらかそうと思うとスベります。そうではなくて、その章で言いたいこと(たったひとつの伝えたいこと)を象徴する対話にすること。それが肝心です。

2014-08-04 16:17:57
結城浩 @hyuki

『Java言語プログラミングレッスン』で結城はそういう対話文を各章に入れました。私の記憶する限り、日本の技術ライターでそういうことをやっている人はいなかったと思います(いたらごめんなさい)。結城はそのような章の内容を明確にするような対話文を入れることはいいことだと思いました。

2014-08-04 16:19:21
結城浩 @hyuki

説明文の流れを追うというのはたいへんなことです。読者は精神的なストレスにさらされます。でも対話文は少し違います。誰かと誰かが話している。それを追うのは説明文を読むのとは違うモードになります。だから結城は説明文の冒頭に対話を持ってくるのが大好きなのです。

2014-08-04 16:20:30
結城浩 @hyuki

「数学ガール」シリーズを執筆したとき、多くの人がそこにある「教える・教えられる」という構図に気付きます。「僕」はテトラちゃんに教える。素直に自分を慕ってくる後輩はかわいいものです。ミルカさんは「僕」に教える。ときおり高飛車にけれど大切なことを教えてくれる異性は魅力的です。

2014-08-04 16:21:55
結城浩 @hyuki

そのような「教える・教えられる」関係の両方の立場に「僕」がいます。リア充爆発しろや。まあ、それはさておき、「数学ガール」シリーズをじっくり読むと、実はその「教える・教えられる」構図は単純ではないことに気付きます。いつも教えられているはずのテトラちゃんが思いがけない洞察力をみせる。

2014-08-04 16:23:25
結城浩 @hyuki

いつも教えている立場のミルカさんが、テトラちゃんに教えられたり、あるいは「僕」がユーリに決定的なヒントを示唆されたり。そこには重要なメッセージ(事実)が込められているように思います。つまり「教える・教えられる」という関係は決して一方通行ではないということ。

2014-08-04 16:24:35
結城浩 @hyuki

ほんとうに開かれた関係の中で、謙虚に「知」に向かい合うとき、「教える・教えられる」という関係が逆転することは実はよくあることです。家庭教師をやったことがある人は、自分の生徒が予定調和を外した質問をしてくるのを経験したことがあるでしょう。それです。

2014-08-04 16:25:56
結城浩 @hyuki

つまり、まだ学んでいない、何も知らない生徒だからこそできる質問がある。思いがけない発想、思いがけない飛躍。テトラちゃんはそういうのが得意ですよね。そして、そのような質問をきちんと評価し、受け止めることができるのはほんものの教師だと結城は思います。

2014-08-04 16:27:07
結城浩 @hyuki

さてここで話は今日のテーマである「対話」に戻ります。「教える・教えられる」関係は普通に考えると一方通行です。教える人→教えられる人という方向だけですね。でも、対話は違う。

2014-08-04 16:27:54
結城浩 @hyuki

対話は双方向です。ある人が別の人に知識を伝えるときもあれば、逆方向に非常に重要な質問が帰ってくることもある。知識伝達・質問・解答・例示・抽象化・より広い世界の示唆…「知」を巡る対話の原型がここにあるように思います。

2014-08-04 16:29:13
結城浩 @hyuki

対話のお手本の一つがガリレオ・ガリレイの『天文対話』ですね。これは対談ではなく鼎談の形をしていて、深く分析すると面白いことがたくさんわかるのですが、いまは省略。結城が言いたいのは自分が感心のある対話についてです。

2014-08-04 16:30:15
結城浩 @hyuki

「数学ガール」シリーズでは、対話は暗黙の形で登場しました。「教える・教えられる」という関係が軸にあり、ときどきイレギュラーな動きがある。それが「数学ガール」シリーズです。それに対して「数学ガールの秘密ノート」シリーズの方は、より対話の方に重きを置いています。

2014-08-04 16:31:20
結城浩 @hyuki

そういう意味もあって「数学ガールの秘密ノート」の方は純粋にセリフだけで物語が進行するようになっています。話者の名前と「 」でくくられたセリフの繰り返し。結城はここに知的なやりとりの原型を見るように思うのです。「対話」は重要なのです。

2014-08-04 16:32:32
結城浩 @hyuki

対話で大切なことは何か。それは、それぞれの話者が独立に何かを考えているということです。話者は書き手の都合で動く駒ではないということ。そうではなくて、書き手は単に対話を書き留める存在でしかない。中心はあくまでも話者にある。たとえばミルカさん、「僕」、テトラちゃん、ユーリ。

2014-08-04 16:33:54
結城浩 @hyuki

彼女たち(一人彼がいるけど)は、自分の関心のある方向に疑問を発する。知りたいことを聞く。知っていることを話す。それが本当の「対話」です。書き手が勝手に彼女たちをコントロールしたら、それは対話ではない。偽物の対話です。結城はそのように思っています。

2014-08-04 16:35:03
結城浩 @hyuki

そのように考えて「対話」を毎週書き留めてみると(書き手は結城です)、おもしろいことが分かります。それは、物語が書き手の思うように動かないということ。数学的な内容からするとこういう話題に進んで欲しいなとか、こういうテーマも扱いたいなと思う訳です。でも、

2014-08-04 16:36:18
結城浩 @hyuki

でも、なかなかそんなふうには進まない。なぜか。対話をしている当の本人たちはそんな書き手の思いなんて知ったことじゃないから。彼女たちは自分の思うように動きます。話します。質問します。その結果…とても自然で楽しい数学トークになりますけれど、数学の教科書としては「いびつ」になります。

2014-08-04 16:37:42
結城浩 @hyuki

結城ははじめのころはその「いびつ」さが気になっていました。でも最近は違います。その「いびつ」さこそが命なのかもしれない、と思うようになりました。私たちは誰かと対話します。いや、対話なんてかっこつけなくてもいい。おしゃべりします。ですよね。そのときに、

2014-08-04 16:38:51
結城浩 @hyuki

そのときに、おしゃべり全体の形なんて整えない。真剣に対話に集中しているときって、自分の疑問を相手にぶつけ、解決したいと思う。自分の知っていることを現在の話題に乗せてわかりやすく伝えたいと思う。そういうやりとり、生きたやりとりがあるだけです。

2014-08-04 16:40:01
結城浩 @hyuki

そして、その生きた対話はまわりに影響を及ぼす。プログラミングの現場でも、アカデミックな現場でも、賢い人たちがおもしろそうな議論をしていたら、周りのひとはみんな刺激を受けますよね。アレですよ。自分だったらこう言うなあとか、それならこんな話もあるんじゃね?という感じを抱く。アレです。

2014-08-04 16:41:17
結城浩 @hyuki

「数学ガール」シリーズや、「数学ガールの秘密ノート」シリーズを読んだ多くの人がおもしろいとか難しいとかためになるとか感想をくださいます。そして少なからぬ人が「自分も何か勉強したくなった」と思います。これってすばらしいことだと思います。

2014-08-04 16:42:21
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コメント

結城浩 @hyuki 2014年8月4日
s/感心のある対話/関心のある対話/
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