【空想の街・とある一日】迷夢 - 一ツ目物語

空想の街企画『とある一日』にて展開させていただいた、『迷夢』より一ツ目の巨人・アーティのお話。今回もSF(すこし・ふしぎ)。 全ては此処から始まった。前回の氷涼祭はこちらです。⇒http://togetter.com/li/688779?page=3
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春が待ち遠しい @chabashira_okki

夜の森にカツンと響く。磨り減った革靴が石畳の上をゆらりと迷い、それに合わせて巨体が揺れる。酒気帯びの息を吐きながら、塔の階段をぐるりと上る。彼にしか辿り着けない、彼の棲家。消し忘れた灯りが、地上約40mをほんのりと照らしていた。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 00:36:29
春が待ち遠しい @chabashira_okki

汗だくになったシャツを洗濯籠に放る。名も無きかの“坊主”が去ってから、早一ヶ月。別れも言えずに消えてしまった一夏の友人。解れた先が焦げた凧糸は、未だミサンガの如くアーティの腕に巻き付いている。何の為に。彼はただ何となく、これを切るのは勿体無い気がしていた。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 01:14:00
春が待ち遠しい @chabashira_okki

モノクルを外し、一息吐く。持ち帰った設計書を見るに、明日の業務も大掛かりなものになりそうであった。読み損ねた夕刊はテーブルの上だが、明日の朝刊でもきっと似たような見出しのオンパレードであろうと期待して布団に潜り込む。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 01:51:41
春が待ち遠しい @chabashira_okki

特注サイズの煙管を吹かし、窓の外へ流れてゆく紫煙を追った。名無の置き忘れた空のアメスピは、酒瓶の隣に立て掛けられている。秒針の音以外は無音の部屋で、一ツ目の巨人は初めて心細さを覚えた。明日は定時で上がろう。 「酒呑んでさァ」 節の付いた独り言を聞く者はいない。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 02:04:46
春が待ち遠しい @chabashira_okki

髪が無いのは生れつきだ。人間用サイズのコームは、彼の睫毛を上向かせる為だけに吸盤フックにぶら下がっている。ぱちりと音を立てて開いた一ツ目は、血走った白目の上に瞳をゆっくりとスライドさせた。途端、部屋を埋め尽くす時計が一斉に鳴り響く。日常の始まりである。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 08:33:56
春が待ち遠しい @chabashira_okki

今日は会議があった筈。特大サイズの手帳を開き、太い指がその上をなぞる。ルーチンワークの如く珈琲を淹れ、薄っぺらいトーストを囓り、ほぼ無意識のうちに腰を下ろす。ギシ、と切ない音を立てた小さな椅子は、背凭れが折れたままになっていた。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 08:35:17
春が待ち遠しい @chabashira_okki

この椅子との付き合いも、もう三年になる。焦茶色で古風な形をしている。物心ついて、右も左も分からぬ彼が初めて買ったものだ。当時のアーティは、まだここにすっぽりと収まる体格だった。座って息吐く場所が欲しい。そんな思念に突き動かされた憶えがある。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 08:42:10
春が待ち遠しい @chabashira_okki

彼が最初に見た景色は、息苦しい圧迫感のある暗闇。ずっと向こうに微かな光が見える。逃れたい。どこから湧き上がった情念なのか、その一心だった。彼の脚は真っ直ぐに歩み、やがて駆け出す。それが出口だと疑うことなく進んだ。“帰れる”のだと、信じていた。いったい、何処に。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 10:32:44
春が待ち遠しい @chabashira_okki

胎児の記憶を持ったまま成長する事例があると聞く。自分の場合もきっとそれなのだと、アーティは結論付ける。それ以外にも不可解な自称は彼の身の上に起きていた。たとえば生まれたときから技術系の知識を悉く持ち得ていたり、たった三年の間に急成長を遂げるこの身体であったり。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 10:34:09
春が待ち遠しい @chabashira_okki

飽和してきた思考を葬り、マルケーの車窓に目を遣った。海が見える。朝陽を受けて金銀に輝き、風に靡いてうねる。 幻想的な街だ。その印象は今も三年前も変わらない。この街で、彼は今日も変わり映えのしない一日を過ごす。胸の前で構え短く息吐き、拳が宙を切る。さあ、仕事だ。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 10:38:15
春が待ち遠しい @chabashira_okki

気合を入れて工務室へ入ったものの、仕事が出来るような状態ではなかった。というのも、得意先から依頼を受けていた大層立派な時計の装飾が、設計書の上に散らばっていた為である。窓から射し込む陽光を受け、山となったペリドットが我が物顔で輝く。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 11:57:01
春が待ち遠しい @chabashira_okki

「戻し方は知っているな」 同僚のカーターはそれ以上なにも言わず、黙々とペリドットを設計書へ押し付け始めた。会議は午後に延期だろう。 「おーいおいおいストップ! こいつぁすげえや、コスト浮くんじゃねえか」 「社長……偽物だって暴露たらどうするんですかい」 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 11:59:52
春が待ち遠しい @chabashira_okki

カツ丼、カレーライス、きつねうどん、紅鮭定食。迷ったときは全て食すのが礼儀だ、と宣う同僚に、カーターのあきれたような視線が注がれる。 「アーティ、またデカくなったろ」 「そんな気がしないでもねぇんだな。椅子がよォ、小さくなっちまった」 「そりゃ責任転嫁だ」 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 12:30:43
春が待ち遠しい @chabashira_okki

定時ダッシュするんじゃなかったのか、とカーターに言われ、アーティは漸く修理中の時計から顔を上げた。モノクルを外し、はてなんのことだったか、と思考を巡らせすぐさまロッカーに向かったのがつい先刻の事である。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 17:51:13
春が待ち遠しい @chabashira_okki

“定時ダッシュ”なんて言葉を発明したのは、余程ユーモア溢れる奴だったに違いない。そんな事を考え、焦る気持ちから意識をそらそうとする。 西川椅子工房の店先が見え、ここぞとばかりにアーティは大股で走った。 「間に合いましたかね?!」 #空想の街 #迷夢 @_kumoyuki_

2014-08-06 18:02:09
雲行き@空想の街 @_kumoyuki_

PM6:00 #親方の場合 いつも通り現場の掃除をしていたら、事務の子から「お客様です」の声。応接室に行ってみると巨人というには小さいけれど、明らかに通常の人間よりも大きい一つ目の青年が立っていた。「時間はお気になさらずに」 #空想の街 #迷夢 @chabashira_okki

2014-08-06 18:07:02
春が待ち遠しい @chabashira_okki

新しい椅子を買うのはどうにも忍びなくて、いまだに背凭れの折れた古い椅子を使っていた。長く愛用した品には付喪神が宿る。信心深くはないが、この迷信は本物だろうとアーティは思っている。そんな事をもっともらしく語る彼を見兼ね、同僚達が挙ってこの店を紹介したのであった。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 18:14:59
春が待ち遠しい @chabashira_okki

「や、すみません。おいらの座れるより、少し大きい椅子を作って欲しィんでさ」 店先で急切った息を整えつつ、アーティは続けた。 「椅子がすぐ小っちゃくなっちまうもんで……なるだけデカいのがええです」 #空想の街 #親方の場合 #迷夢 @_kumoyuki_

2014-08-06 18:21:46
雲行き@空想の街 @_kumoyuki_

PM6:00 #親方の場合 「いやあこんな大きなお客さんは初めてだ」息を切らしている客人にお茶をすすめつつ話を続ける。「職人の腕が鳴るってもんよ。通常サイズでないからちっとは時間がかかるが最高の椅子を仕上げてみせるさ」 @chabashira_okki #空想の街 #迷夢

2014-08-06 18:30:17
雲行き@空想の街 @_kumoyuki_

PM6:00 #親方の場合 「ところで何か希望はあるかい?椅子の材質…木製かスチールか。あとは座面にクッションはいるかい?」 @chabashira_okki #空想の街 #迷夢

2014-08-06 18:30:30
春が待ち遠しい @chabashira_okki

オーダーメイドを受け付ける店が多いのは、流石職人の街である。彼が初めての氷涼祭で仕立てた浴衣はもう着れず名無にあげてしまったが、来年はまた #仕立屋 で同じ柄の浴衣を作って貰うつもりだ。名無のシャツとスラックスがまだ家に畳んで置かれているのを、彼は思い出す。 #空想の街 #迷夢

2014-08-06 18:33:18
春が待ち遠しい @chabashira_okki

「ああ……」 アーティは少し迷った。背凭れの折れた椅子を脳裏に描く。木材の温もりが好きだ。巨体が乗っても折れないスチールの方がより長く使えるだろう。いや。 「木製でお願いしまさァ。その代わり、うんと丈夫に作ってくんなせ」 #空想の街 #親方の場合 #迷夢 @_kumoyuki_

2014-08-06 18:39:53
雲行き@空想の街 @_kumoyuki_

PM6:00 #親方の場合 「そうだよなあ!俺も木の方が好きだよ。よし、任しとき!うちの工房の技術を結集させるさ」頭の中でいくつかのアイディアがぱちぱちと弾ける。「ここに連絡先を。製作のの途中で確認をお願いするかもしれんから」 @chabashira_okki #空想の街 #迷夢

2014-08-06 18:46:45
春が待ち遠しい @chabashira_okki

「や、よろしく頼んだ」 親方のきりりとした笑みが頼もしい。モノクルを掛け、提示された書類に職場の連絡先を認める。 「完成が楽しみだァよ」 工房の親方に深々と頭を下げ、浮き足立つのを堪えながら店を後にした。 #空想の街 #親方の場合 #迷夢 @_kumoyuki_

2014-08-06 18:58:08
雲行き@空想の街 @_kumoyuki_

PM7:00 #親方の場合 大きな客人を見送った後は待機していた職人のうち製図の腕利きだけを残して他は家に帰す。こいつとは若い頃から一緒にああでもないこうでもないと試行錯誤しながら特注品を仕上げてきた仲だ。「胸が躍る仕事だよ」 @chabashira_okki #空想の街 #迷夢

2014-08-06 19:02:33