2014年8月福島県いわき市訪問記(増補)

■2014年8月中旬、福島県いわき市を訪問しました。その感想と印象などをまとめました。 ■その後、頂戴したコメントをもとに補足しました:http://togetter.com/li/706175?page=2 など(2014年8月16日) 
自治体 震災 久之浜町 いわき市 福島県
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MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
福島県いわき市というのは、1966年に5市4町5村が合併して出来た巨大な市で、十年前までは日本最大の地方自治体だった。だから合併後も各地の地方文化がそのまま残り、それを称していわき合衆国と呼ぶのは、いわきの郷土史研究家、小宅幸一先生だ。
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)だからいわき市では、たとえば各地の祭がそのまま残っている、とはお聞きしていた。いわき市の浜通り、北端にある久之浜町に末続という地区があるが、ここの春祭は私が毎年春休みにここを訪問するとき、いつも準備中ということで、私の中では有名だった。
しろねこ♪🇯🇵 @sironeko23
え?いわき市って日本一でかい市じゃなくなったの? 知らなかった! RT @y_mizuno: 福島県いわき市というのは、1966年に5市4町5村が合併して出来た巨大な市で、十年前までは日本最大の地方自治体だった。だから合併後も・・・
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)だが一つの事例では、聞いていたいわき市の合衆国性を計りかねていた。今日、たまたまホテルで外から太鼓の音のようなものが聞こえたので聞いてみると、内郷(うちごう)で祭があるという。うちごう?と聞き直してはっと思い出した。合併前の市町村の名前だ。ここはたいら、うちごうはその隣町。
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)少し分かった気がして、帰りのレンタカー屋でも聞いてみた。今日は内郷で祭があるんですか?あ、祭ではなくて(何とか)です。とおっしゃる。櫓と聞こえた。これで得心、いわき市が合衆国とはそういうことなんだ、市民の恐らく多くが、それぞれの地方文化を持ちながら、隣町の情報も理解している。
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)いわき市が広域合併した1966年という年は、日本のエネルギー政策の激動の展開期の一駒というべき時期で、それは常磐炭鉱の石炭産業の盛衰と、高度経済成長期の新産業都市政策なる政策的誘導との絡みの中で初めて理解される。いわき市はその中で自ら立候補し、生き方を選択した。
まぁちゃん @MasayukiTaguchi
@y_mizuno 10年前の「平成の大合併」で合併した地方都市では、山間部などの旧町村部が、独自の地方文化を保持する人も予算も行政の協力も無くなりつつあります。悲しいことです。来年以降の合併特例債が無くなった後の予算が心配です。
まぁちゃん @MasayukiTaguchi
@y_mizuno 何か、自力で対応できる方法を見つけないといけないとは思うが難しいです。
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)だからその後、石油危機の1970年代、グローバル化の1980年代、バブル崩壊の1990年代、そして今に繋がる2000年代と、いわき市も幾星霜、日本最大の行政区をいかに維持し、地域性をどう考えるか、模索を続けてきたはず。今日はその一端を、市民の中の祭意識に見た気がした。
枯野 剛@変朽凝灰岩 @numadusaba
@MasayukiTaguchi @y_mizuno 中央(東京)だけが栄えて、地方は衰退。
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)広域の市町村合併にも二種類あり、吸収合併・対等合併。いわき市の場合、対等合併だった。それがよかったのか。合併段階で市役所をどこにするか綱引きはあった。結局、旧の平市に役所、名前は磐城市。磐城の小名浜には国際的良港があり、石炭輸出設備はその後も県内の火力発電所で継続活用。多核的
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)国道6号線が市内を縦貫していて便利。途中で旧6号線に入り、海岸に向かうと、津波の被災地に接近する。被害もひどかった。その一帯で神社だけが流されずに残った場所がある。そこに誰が建てたか「ここに故郷あり」の幟、今日も見られた。長く更地だったが、市が一部を買い上げ。神社はそのまま。
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)いわき市で津波被害があった場所は、初めて案内された時、言葉がなかった。それ以来、いわきに行く度に立ち寄っている。二年目のこと、土台だけが残ったどこかの家の門構えの階段に花壇を置き、そこに水をやりに来ておられた女性を遠くから見た。何も言えず、何も出来ず。夏の炎天下だったと思う。
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)その海岸と、家の土台が残った広大な土地は、三年目の去年もそのままだった。今日はその土地にも都市計画らしき再開発が始まったことを知った。海岸は護岸工事を終え、区画は立ち入り禁止の柵が取り囲んでいた。市が買い上げたと聞いていたのは、その区画の一部。家の土台は全てなくなっていた。
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)福島県で人口が多い町は3つあり、福島市、郡山市、いわき市。それぞれ人口三十万前後。この中で県内避難者数が最も多いのは、このいわき市だ。福島県内の瓦礫焼却は全て県内で処理されるが、加えて人口の突然の増加があったため、いわき市の焼却灰と飛灰の処理には余裕があまりないないらしい。
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)もちろん、人口増加に伴う生活ゴミの増加や、通常の産廃処理、がれき処理などは事前に予測可能なことなので、粛々と対応が進んでいる。行政だから、きちんと対応されている。しかしあまり余裕かあるわけではないということだ。
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)いわき市といえば、映画『フラガール』が有名だ。炭鉱の閉山に伴って、今でいう「まちおこし」を観光開発によって成功に導いた物語。しかし今日のレンタカー屋の壁に、そのポスターが貼ってあって認識を新たにした。実話であると。過去の映画に終わっていない。市民に評価されていることに驚いた。
焼津の半次 @kiyopon5717
@y_mizuno ハワイアンセンターは、ヤマを失った多くの人達を救ったのです。映画は史実を的確に映し出しています。当時の常磐炭鉱 中村社長の英断と汗にまみれ血が滲む厳しい交渉の結果であったと伺っております。 炭坑夫の息子は、父からその様に聴きました。@aizujin_k
焼津の半次 @kiyopon5717
親父もツルハシやシャベルを持ち替えて、蝶ネクタイを締めたくち……。 だから、フラガールの映画観ると泣きっぱなし状態!(^^)
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno
続)いわき市、平の本屋で買い求めた本の中には、震災1年目、2年目に出ていた写真集も多くある。それらは学園祭などに展示して、人々の目に触れている。しかし実は私が最も見てほしいのは、いわき市の海岸の上を自由に飛びながら紹介するパラグライダーによる空撮のDVD。これがまた素晴らしい。
bonfujisaki @bonfujisaki
@y_mizuno 私どもは来週いわき市でコンサートを行います。さきほどからの一連のツイート(まだ途中のような気もいたしますが)、大変参考になりました。ありがとうございます。
bonfujisaki @bonfujisaki
【いわきフレンドシップコンサート】いよいよ来週になりました。21(木)15:00開演、いわき明星大学講堂、入場無料全席自由です。お近くの方、ぜひお出かけ下さい! pic.twitter.com/fqRIn4NMaU
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steinberg @rackowsteinberg
@y_mizuno パラグライダーの人、定期的に飛んでるみたいですね。去年の秋に行った時、ちょうど飛んでました。
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コメント

MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno 2014年8月14日
まとめを更新しました。現地の話だけに絞りました。
竜田一人 @TatsutaKazuto 2014年8月14日
ら・ら・ミュウ2階でやってるのは、こちらですね。見て欲しい。http://www.lalamew.jp/index.php?module=View&action=GanreSingle&CFLAG=0&CID=401&JID=3
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno 2014年8月17日
まとめを更新しました。補足を追記しました。
MIZUNO Yoshiyuki水野義之 @y_mizuno 2014年8月17日
まとめを更新しました。一部のツイートを誤記訂正して差し替えました。
津田和俊@てっぽう撃つでぇ @kaztsuda 2014年8月17日
都市計画図は今はたいがいwebで概要が閲覧できます。例えばいわき市ですと http://www.sonicweb-asp.jp/g-iwaki/ ただ、あると色々便利なので、都市計画総括図は一家に一枚、常備オススメ ^^
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