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芸を売る話

大阪のお笑いイベントに端を発して芸をどのように売るかどうしてそうなのか的な話. 突飛な話ではないのだが, 実感と現場感があって大変よろしい.
アート
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七井コム斎 @nanai_komusai
面白い芸人がわんさか出て千円という破格の寄席でみんなサンプルじゃなく本編やっちゃうのはどうなんだろう
七井コム斎 @nanai_komusai
状況を読んでネタを半分の長さにできる技術、これが芸でありプロならば見て欲しい
七井コム斎 @nanai_komusai
紅鶴よりみち寄席は司令塔のない空母。甲板には魅力的な飛行機がひしめいているが管制する者がいないから戦闘単位として機能しない。今回は入り時間のメールさえ来なかったし、こんだけ出演者が多くなったなら一コマ何分までという通達を出すべきだ。とかく責任者の判然としないイベントにはもう出ない
七井コム斎 @nanai_komusai
大阪のお笑いイベントのきなみ1000円とかダンピング競争になってるがこれじゃ早晩滅びる。若いうちはバイトしながらでも表現さえできればそれでいいんだろうが一生舞台に立とうと思ったら絶対儲けを出さなきゃならない。それの実現を真剣に考えていたら1000円とかでやっちゃならんて
七井コム斎 @nanai_komusai
芸人に経営学を教えなきゃ滅びる。まず時間とお金の関係がわかってない。時間はお客さんの命。お金よりもずっと大事なもの。その時間を費やして見に来てもらうのだからお金は高くてもいい。時間を無駄使いさせるほうがよっぽど罪深い
七井コム斎 @nanai_komusai
最悪なのは長くて安くて面白いイベントだ。昨今の大阪のイベントはこれが多い。長くて安くてつまらないイベントのほうがまだいい。長くて安くて面白いイベントは笑いのデフレを引き起こしどうやっても利益が出ない状況を作り出してしまう
七井コム斎 @nanai_komusai
自分の芸にちゃんと価格を付けれる芸人がいなさすぎる。有名になってTV局や企業からまとまったお金をもらうビジネスモデルを追っかけてきた芸人が多いせいだ。我々は香具師の後裔だからそんな受動的な金銭感覚ではいけない。芸という無形物にちゃんと価格をつける技術も養わねばならない
七井コム斎 @nanai_komusai
芸の価格の設定をわかりやすく言うとテキ屋の夜店である。材料の原価からするとありえないほど高いのだが、年に一度のお祭の夜店にお客は特別なものを感じている。いかがわしさも半分詐欺のような部分も夜店の魅力である。イベントとはまさに祭りではないか
七井コム斎 @nanai_komusai
イベントが祭りであり出し物は神事でありノベルティが夜店である。神社ビジネスは悪どいのではなくそこまでやってようやくあれだけの建築物や文化を継承維持できるのである。太古の昔よりとにかくお金稼ぎは大切なことで現代の芸人は無欲すぎて逆に滅びるのである
七井コム斎 @nanai_komusai
紅鶴寄席でゾッとするのは出演芸人さんたちがみんなすごく面白いのに誰一人食えていないということだ。それはつまり面白くても食えないという絶望である。みんなオンリーワンの芸をやっているのにその希少価値に適正な価格を付けないことと適正なアピールをしないことに原因がある
七井コム斎 @nanai_komusai
価格を大幅に上げれは今の価格に慣れた客の多くは高いと感じて来なくなるだろう。これこそがダンピングの招いた悲劇である。しかしそれで高いと言う客を切らない限り、まともな価格で来てくれる客は寄り付かない。ライブ芸人はすべからく富裕層向けビジネスに志向しなければならぬのだ
七井コム斎 @nanai_komusai
例えば小劇場演劇はその仕組みを知ればものすごいコストを費やしてできている超ぜいたくな文化であると分かる。つまり小劇場演劇は元来超富裕層向けビジネスなのだが、やる側がビビって赤字確定の安価にするから貧乏臭い文化の代表のように誤解されてしまうのである
七井コム斎 @nanai_komusai
能、狂言、歌舞伎やオペラなどが高いのはコストが高いからではない。たまに自治体のイベントとかでそういうのが千円とか五百円とかの安価で見られることがあるがやっぱり五百円で見たものは五百円の値打ちに感じるものなのだ。芸の価格ははったりでもあるのだが安くても客は喜ばないんだよ
七井コム斎 @nanai_komusai
芸人が富裕層ビジネスを考える上で間違えてはならないのは富裕層=金持ちではないということだ。金持ちでも仕事が忙しすぎて時間がない時間貧乏はぜったいライブなどに来ないし、文化教養に理解のない低能ドケチンボは大金持ちであっても関わらないほうが良い
七井コム斎 @nanai_komusai
我々の上客となる富裕層とは適度に自由になる時間とお金を持っている人のことで、職のある独身の中年あたりがまさにそれである。映画をDVDでなく映画館に観に行くような人は有望でありさらに上の感動を味わえるライブに映画の倍くらいの料金で来させるように戦略するのである
七井コム斎 @nanai_komusai
歌舞伎も最初の頃はなるたけみんなに見てもらおうと価格を安くして今の小劇場界みたいだったろう。その結果価格を高くした流派だけが残った。収益が大きいからこそコストを掛けれるようになって豪華になり一日中稽古してられるようになってクオリティまで上がったのだ。コストから価格ではない。逆だ
七井コム斎 @nanai_komusai
江戸時代までの芸人はマスコミがないからとにかく自営業者であった。で、ほとんどの場合木戸銭(入場料)ではなく物を売ったのである。香具師という言葉も仏具を上手く売りつけるところから来ている。今芸人たちは自分のCDかDVDをちゃんと売ることを考えるべきだ
七井コム斎 @nanai_komusai
CD、DVDは今業者で50枚コピーしてレーベル印刷してビニール袋にまで入れてくれて一万円でできる。千円で全部売れば4万儲かるが50枚もそうそう売れないので二千円で売る気概が要る。僕は紙ジャケットをつけて二千円にしたが紙ジャケットは50枚で2万ほどする
七井コム斎 @nanai_komusai
結局お客としても安い木戸銭でみすぼらしい芸を見るより高くてもどんどんクオリティが上がっていくほうが嬉しいはずだ。芸人や役者は金があったらそのほとんどを舞台にぶっこむ生き物なので客は損をしないのである。
七井コム斎 @nanai_komusai
逆にコストに見合わない低価格のイベントを続けていれば、バイトしながら片手間となりクオリティは下がり、みすぼらしくなり、演者は金ない金ないとぼやくばかり、家庭は崩壊し結局続けられなくなる。富裕層向けビジネスになれなかった大衆芸能はことごとく現在滅んでいる
七井コム斎 @nanai_komusai
ガマの油売りにしろバナナの叩き売りにしろ、メインコンテンツである芸は無料で提供して最後に商品を売ることで儲けを回収する。まさにネットビジネスのようでもあるが『さぁ買った!』の瞬間こそが芸の真髄であり残念ながらガマの油売りでは現在薬事法等によりその部分が見られない
七井コム斎 @nanai_komusai
メインコンテンツを無料にするといえば宗教がまさにそれで神社は 入場料を取らない。賽銭は客の自由意志であり金額まで客が決められる、おみくじは軽いギャンブルであり気軽にできる。絵馬や土鈴は土産物、御札は霊的商品、ご祈祷はライブでありちゃんと価格が設定されている
七井コム斎 @nanai_komusai
仏教ビジネスは神社ビジネスと住み分けしておりより高度なところがある。神社がめでたいことを商売にしていたので仏教はめでたくないことをフォローするようになった。だが両者に共通する点は人生に必ずある事や定期的にあることを祭り化して自社のサービスと結びつけたことである
七井コム斎 @nanai_komusai
宗教最大の発明は”あの世”の発明である。しかも天国と地獄の二つ、さらには輪廻という再チャレンジの道を示したことで人は現世の心配以上に死後の生活まで心配させられるようになったのである
七井コム斎 @nanai_komusai
ガマの油売りから『さぁ買った!』を切り離したのが我々の芸である。バナナの叩き売りからバナナを売る部分をなくしたらはたして面白いのか?否であろう。我々のれんの芸人は帰りにノベルティを買いたくさせ次回も必ず来ようと思わすために”さぁ買ったの精神”を以って立たねばならない
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コメント

浦村一世 @uramuraissei 2014年8月16日
芸を安く売ってはいけない、という話。文楽界隈の人に「文楽は今でも安いぐらいだ。そんなこともわからないのか」みたいに言われた時には反感を覚えたものだが、こういう視点からの話だと腑に落ちる。まあ文楽が適正価格かどうかは知らないが。
七井コム斎 @nanai_komusai 2014年8月16日
文楽の問題はおもしろくないということであって値段を意識してる人すらいないのはないでしょうか。少なくとも安くしても客が増えないことは明白です
Nori @bgnori 2014年8月16日
なんぼでうるかというのが野生動物の生き方の話なら, 文楽は動物園の動物みたなものかな.
瑞樹 @mizuki_windlow 2014年8月18日
この問題は芸人だけではなく、安い単価でそこそこ上手なCGを大量生産させられてる兼業絵師も同じだし、突き詰めれば給料ももらえずに義務と責任だけは大量に押しつけられて、それで自殺するまでガンバる日本の労働者全般に言える事のような気がする……
想 詩拓@文芸サークル『文机』 @sou_sitaku 2014年8月19日
参加している人の意識次第ですね。同人感覚、趣味感覚なら1,000円寄席は納得。質は保証しないけど、みんなで盛り上がろうって話になりますし。
想 詩拓@文芸サークル『文机』 @sou_sitaku 2014年8月19日
アマチュアにとって自分の意思次第で、自分の発表が持てるのはありがたいのです。ハコのいるミュージシャンや芸人なら尚更ですね。
佐倉純 @junsakura 2014年9月5日
映画館で言っとき「お代は見てのお支払い」じゃないけれど、客が鑑賞後に(一定の上限~下限内で)払うってやってたけど、定着しないところを見ると、客の方にも「コンテンツの内容に適切な対価を払う」という文化というかスキルがないのもまた、一因のような気がしますなぁ。。特に大阪みたいに値切りが文化として成立してきた土地ではなおのこと。
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2014年12月7日
意見の摺り合わせや参照は、よりよき方法を見いだすための軌跡なので、ここから同意や異論を抱いて自問自答したり、問いかけとして投げかけるのがおすすめの道です。
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2014年12月7日
王侯貴族や大商人などの富裕層が、表現者を個人的にお抱えにしたり後援会を取り持つ、企業に所属してバックアップを受けるといった、古典的なパトロン。
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2014年12月7日
そこから、興行としてイベントや関連グッズを販売し提供する形で、より多数の人々との共有財となると。一応、一億総中流化と先走りが共有できるほどには、貧困率が減少して行動する余裕が【全体的には増えた】わけです。
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2014年12月7日
一億総中流化という先走りです(..;) まあ、家庭の茶の間にテレビが一台の時代からネットが普及するまでの時期は、選択肢は選べないながら無数のパトロンと付随するパトロン以前の好意的静観者が広がったわけです。
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2014年12月7日
このまとめの主旨に従えば、平日と休日の朝晩二回のライブを企画し、賛同者の動向により、基本の対価日と特異日の高額対価日を設ける。例えば、休日が三千円なら平日は六千円として、需給と興行運営の適正価格を定めるみたいなことかな(・_・?)
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