【彼女のいた場所】福間健二 #2factory69

ポルトガル本土と大西洋のアソーレス諸島への一か月の旅から戻ったところ。大学を退職してからやりたいと思っていた長い旅がやっとできた。その大きな理由は、この一月に母が亡くなったからである。それもあるので、旅のあいだ、ときどき母のことを思った。ぼくの場合、外国から日本に戻ると日本的なことをやりたいという気持ちになることがよくある。母が二十歳までにいた場所に自分が行ったときの記憶をつなげてみたいというのはその死の直後から考えていたのだが、それをやってみようと思った。しかし、これ、むずかしかったです。毎日、何を書いていいかわからなくなっていました。 音楽は、リスボンで見つけたアンゴラの歌手ペロラの「Omboio」という曲。 https://www.youtube.com/watch?v=vFpF5xBHRQE
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福間健二 @acasaazul

赤んぼうの泣き声がした。匕首をもつ手が怯んだ。怯んで、よかった。だれも傷つけずに獲物を手に入れた。屋根から屋根へ。紺屋町。黒い「説明」を振り切って逃げる。石見の国、浜田。言うことあっても、相手はもう海。まっすぐ西に二百キロで朝鮮半島だ。(彼女のいた場所1)#2factory69

2014-08-06 10:37:48
福間健二 @acasaazul

「言いうること」は夜の海に消えて陸にあがってこない。欠落が語り、空白が歌い、海賊だった父たちの痕跡は消えていく。何年もたったのちに遠い大陸から手紙が届く。その宛名の家族は引っ越している。その家族とバケツについての彼女の記憶は正確ではない。(彼女のいた場所2)#2factory69

2014-08-07 12:35:15
福間健二 @acasaazul

それを言う。祖母が信じてくれるようにすこしずつ折り曲げて。父、母、姉、兄、弟と離れ、祖母に預けられた時期。大工屋という屋号の大きな家。よそから来た特別な子。学校ではおとなしかった。島根県簸川郡高浜村尋常小学校。いまは出雲市立高浜小学校。(彼女のいた場所3)#2factory69

2014-08-08 11:39:22
福間健二 @acasaazul

病院、工場、そしてトウモロコシ畑のつづく景色を見た。笑顔の人にも会った。それから無人駅の待合室にいた。入ってきて出ていく影の、壊れ方が、いとしいと思う。その待合室が動いている。目を閉じていたことに気づく。目をあける。電車に乗っていた。(彼女のいた場所4)#2factory69

2014-08-09 12:11:11
福間健二 @acasaazul

出雲市矢尾町。彼女の姪とその夫が住んでいる。一畑電車、大社線から北松江線へ。隠しとおせるわけではない。追憶する楽しみ。管理能力のない海賊たちへの、旋律を誘いだす「無関係」。松江市外中原町。月照寺、アジサイの花は終わった。大亀の頭を撫でる。(彼女のいた場所5)#2factory69

2014-08-10 11:08:03
福間健二 @acasaazul

その亀はほんとうに大きい。終わっている「人間」を基準にして言うのではないが、やはり旋律とユーモアがおこった。斜面を必死にあがってきて休んでいる。移動中だからというだけじゃない「書けない日」に「書けないけど書いている」という涼しい風が吹く。(彼女のいた場所6)#2factory69

2014-08-11 11:17:36
福間健二 @acasaazul

ためらいながらも、ひとりの男が縫い合わされる。彼女を新潟に連れていく男。暗い廊下の呪いも解けないままだし、外交問題をやっている暇もなかったけれど、新潟市入船町、それから、いまはそこも新潟市だが、中蒲原郡亀田町。流体力学。彼は釘が打てない。(彼女のいた場所7)#2factory69

2014-08-12 10:00:33
福間健二 @acasaazul

越の寒梅を飲む。亀田では戦争中の配給もこれだった。水みたいだと人は文句を言った。戦後、「世界で一番低い山」である稲葉山で撮った彼女の写真がある。意味にならない濃さのなかで引き裂かれているもの。「水みたい」が価値をもつのはずっと先のことだ。(彼女のいた場所8)#2factory69

2014-08-13 12:39:43
福間健二 @acasaazul

線路を渡り、神社の境内を抜けた。高橋医院、くまき薬局、あった。石沢書店がない。眠っている大通り。時間の裏側からの視線を感じる。咳き込んで立ちどまる「作品」を読みとる死者の目だ。歩きつづけるしかない。大きな川から分かれる小さな川に出るまで。(彼女のいた場所9)#2factory69

2014-08-14 11:55:05
福間健二 @acasaazul

蒲田で餃子を食べてから品川に出て京急に乗って青物横丁駅でおりた。「昔、このへんに洋裁学校の宿舎があったと思うんですが」と聞くが、だれも知らない。大森海岸までの、浅い夜。一九四一年、上京した十六歳の彼女を死の国の海から光る匕首が見ている。(彼女のいた場所10)#2factory69

2014-08-15 10:51:08