高橋源一郎さんの「A・Tさんへの私信」

めちゃくちゃ素晴らしい内容だけど、未だまとめられていないようなので自分で読むためだけにまとめてみた。被ってたらごめん。
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高橋源一郎 @takagengen

本日の予告編1・今晩、「午前0時の小説ラジオ」をやります。内容は、いつもと少し違うと思います。というのも、今回は「私信」のようなものだからです。この前、わざわざ岩手から小説をもって、A・Tさんという若者が横浜までいらっしゃいました。東浩紀さんとの公開対談のところへです。

2010-11-16 23:04:38
高橋源一郎 @takagengen

予告編2・ぼくは、A・Tさんの小説を読みました。A・Tさんは、感想を強く求めていらっしゃるようでした。一時的にでもA・Tさんをフォローし、ダイレクト・メッセージを送ることも考えましたが、結局、こうやって、半ば私信の形でツイートすることにしたのです。

2010-11-16 23:07:09
高橋源一郎 @takagengen

予告編3・少なからぬ方が小説を送ってくださいます。たいていは目を通しますが、返事を出すことはあまりありません。その理由も、今回、返事をこういう形で出そうと思った理由も、後でツイートします。それでは、午前0時に、お会いしましょう。

2010-11-16 23:09:21
高橋源一郎 @takagengen

午前0時の小説ラジオ・「A・Tさんへの私信」1・あなたはわたしに4篇の小説を送ってくださり、感想を求められました。わたしがあなたにできる最大のアドヴァイスは、リルケの「若き詩人への手紙」をお読みくださいということだと思います。あそこには、あなたに必要なことがすべて書いてあります。

2010-11-17 00:00:49
高橋源一郎 @takagengen

「私信」2・しかし、それでは、わたしに感想を求められたあなたに失礼ですね。だから、少しだけ個人的な感想を申し上げます。あなたが送ってこられた「遺書」、「働く」、「家庭」、「女子」の4篇はどれもみな力強く、そして、どれもあなたにとって書かねばならないものであったこともわかりました。

2010-11-17 00:05:04
高橋源一郎 @takagengen

「私信」3・技術的なことを少しいわせていただくなら、あの4篇は、独立した短編ではなく、長編のそれぞれの章にされるといいと思います。しかし、問題は別のところにあります。あなたはまだ23歳で、小説を書きはじめて間もないようです。そのため、いくつかのよくある落とし穴に落ちています。

2010-11-17 00:08:36
高橋源一郎 @takagengen

「私信」4・あなたの4つの小説は、どれも、登場人物の感情について書かれています。そして、どの人物も違うはずなのに、みんなそっくりです。おそらく、どの人物もあなたに似ているのでしょう。それはかまいません。気をつけなければならないのは、自分の感情にこだわりすぎることです。

2010-11-17 00:11:24
高橋源一郎 @takagengen

「私信」5・あなたは、読者の感情に働きかけなければなりません。そうでなければ、読者の知性にです。あなたがやるべきことは、そのことではないでしょうか。自分の感情について書くのは難しい。それは、要するに、「無」について書くようなものなのです。いくら書こうとして、それは逃げてゆきます。

2010-11-17 00:13:54
高橋源一郎 @takagengen

「私信」6・小説家は(小説家だけではありませんね)、「有」について、存在するものについて書かなければなりません。イメージを追いすぎるのも危険です。あなたが知っているもの、そのことについて正確に語れるものがあるはずです。あなたが書くべきなのは、なにより、それです。

2010-11-17 00:16:01
高橋源一郎 @takagengen

「私信」7・あなたは、自分の小説について自負をもたれています。それはいいことです。それから、誰も理解してくれないこと、書いても読んでもらえないかもしれないこと、ひとことでいうなら孤独であることについても書かれていました。でも、あなたを助けることは誰にもできません。

2010-11-17 00:20:06
高橋源一郎 @takagengen

「私信」8・孤独であること、誰にも知られないことは、小説を書くことにとって不利な条件ではありません。逆に、そのことだけが、小説を書き始める条件であるように、わたしには思えるのです。いつ満足がゆく小説が書けるようになるのか。それは、あなたにだけわかることです。

2010-11-17 00:23:16
高橋源一郎 @takagengen

「私信」9・あなたが自分の書いているものの価値に気づく時こそ、あなたの書いたものが十分に価値あるものとなった時でもあるのです。それは同時に起こるだとわたしは思います。そのためには、日々「有る」ものを書き続けるしかありません。前回の「小説ラジオ」の最後の呟きはあなたに向けてでした。

2010-11-17 00:27:00
高橋源一郎 @takagengen

「私信」10・小説を書くことは、いつか読者に読んでもらえる日まではなんの報酬もない、孤独な作業であるわけではありません。誰よりも、書いている自分自身が(世界の秘密をかいま見るという)報酬を得る。それがすべてのスタートです。自分に報酬を分け与えられない者は誰にも何も与えられません。

2010-11-17 00:31:25
高橋源一郎 @takagengen

「私信」11・無名で孤独で貧しく誰にも理解されないというのは苦しいことです。わたしがあなたの年齢の時、確かにわたしも同じ悩みを抱えていました。それは端的にいうなら「弱者」であるということです。それが、なにかを書くために必要な条件であることを知ったのは、ずっと後のことでした。

2010-11-17 00:35:12
高橋源一郎 @takagengen

「私信」11・無名で孤独で貧しく誰にも理解されないというのは苦しいことです。わたしがあなたの年齢の時、確かにわたしも同じ悩みを抱えていました。それは端的にいうなら「弱者」であるということです。それが、なにかを書くために必要な条件であることを知ったのは、ずっと後のことでした。

2010-11-17 00:35:12
高橋源一郎 @takagengen

「私信」12・ひとつの作品を書き終えると、わたしもゼロに戻ります。無名の新人と同じです。もう二度と、なにも書けないかもしれないといつも恐怖にさらされます。もちろん、誰も助けてはくれません。けれども、だからこそ、わたしは(作家たちは)、書いているのだともいえるのです。

2010-11-17 00:37:44
高橋源一郎 @takagengen

「私信」13・あなたは、読んでほしいとおっしゃって、わたしなら理解できるはずだと作品を送ってくださいました。たいへん光栄なことだし、嬉しいことです。けれど、そういうことをしてはいけません。いちばん読んでもらいたい人に、直接、書いたものを送るべきではないと思います。

2010-11-17 00:40:48
高橋源一郎 @takagengen

「私信」14・わたしは、いちばん孤独だった時、やはり、いちばん読んでもらいたい人に書いた作品を送ろうと思い、でも思い留まりました。黙っていても、その人に振り向いてもらえるような作品を書こう、送ったからではなく、その人が自ら望んで読んでくれるようなものを書こうと思ったのです。

2010-11-17 00:43:19
高橋源一郎 @takagengen

「私信」15・だとするなら、小説を書くことは、恋愛をすることに似ていますね。いきなりラブレターを送りつけるのではなく、その人に振り向いてもらうために全力を尽くす。その人に振り向いてもらうために、みんなに振り向いてもらえるほど魅力がなければならないでしょう。

2010-11-17 00:45:48
高橋源一郎 @takagengen

「私信」16・あなたは23歳で、わたしは59歳です。わたしには、せいぜいいままであなたが生きてきた分ぐらいしか残り時間はなく、あなたには、わたしがいままで生きてきた分ぐらいたっぷり時間があります。うらやましいですね。あなたには、これからいくらでも「始める」時間があるのですから。

2010-11-17 00:49:58
高橋源一郎 @takagengen

「私信」17・失礼なことも申し上げたかもしれません。お許しください。あなたの作品には、様々な作家の影響も見えますし、我を忘れてしまうところもあります。けれど、本質的な孤独に向かう姿勢に揺らぎはありません。書き続けてください。それしか道がないことをあなたが一番よく知っているはずです

2010-11-17 00:56:30
高橋源一郎 @takagengen

「私信」18・先の見えない恐怖にあえいでいるのはあなただけではありません。机に向かう時、作家たちはみんなその恐怖と戦っているのです。それでも、そこから逃げようと思う作家はいないでしょう。書くべきものは、あなたの(生活の)中にあります。そこから、書き始めてください。

2010-11-17 00:58:44
高橋源一郎 @takagengen

「私信」19・あの小説群を書き進めいた時、喜びはお感じになりませんでしたか。それが、「報酬」だったのですよ。それでは、今度は、どこか別の場所で、あなたの小説を読ませてください。わたしも書き続けます。さようなら、お休みなさい……以上です。

2010-11-17 01:01:58