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shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
意地の闘いは、闘いの当事者のみでの決着、それ以上に及ぶ事を互いに配慮せねば、 カタチとしてはお粗末。 どちらかが外に影響を及ぼすチカラの行使(不本意であれ)は無粋極まりなし。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊superhero-movie.com より 政党内調整でも、同じ。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
意地の闘いにおいて、順番を間違えちゃいけない。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
説得ある闘いは、そういう配慮から始まる。 信用、信頼足らしめる配慮から。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
昔はどうかわからないが、 今のリベラル派は、そういう闘い(議論にせよ)が無粋、 特に野党の政治家も、「政治」家なのに、無粋、 とくに意地の喧嘩において、そういう無粋なものは観てて、 気持ちが良くない。 何故なら建設的ではないから、 ただただ鬱憤を晴らす喧嘩で
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
互いに、その鬱憤を晴らすだけの喧嘩だけで、喧嘩をしている方が、 リベラル派や、野党の無粋な喧嘩 よりマシ。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
だからこそ、明記するものでもないと思う。 お互いのそういう配慮ができる人間同士、かつ暗黙で行えるからこそ、 粋。 だから相手が、出来る相手かどうかを見極めねばならないし、 そういう意地が、漢の価値観だとも思う。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
いや、時代の価値観か、 そういう喧嘩や訴訟が多かった、 前に進むのに、苦労した時代だからこそ、そういう粋なセンスが生まれた。 今の時代は、それらを経て、法律も、そういう前の進み方を、センスとして手に入れてきた。 しかし、前に進む事は昔より難しくないかもしれない、
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
しかし、前に進むことにおける姿勢、建設的に物事を進める姿勢は、 まさに無意識のセンスであり、そこにかつては美意識と価値観を置いてきた。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
かつての時代にあったセンスを、明示化して、その時代の価値観として埋めるのではなく、 普遍的センス、姿勢、価値観として継承すべきものではなかろうか、
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
粋である「それ」を知り、前に進む事、建設的である姿勢を顕在し、 次の世代へ継承すべきではなかろうか。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
騎士道、武士道から考える、日本人、西洋人の思想 cc.kyoto-su.ac.jp/~konokatu/sasa…

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