♮2 間奏曲 ♪ 反逆のアフタヌーン 前編 2/2
- hosidukuyo
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すぐに夕里のほうに向き直ると、彼女は携帯で電話していた。そう、チャイムは彼女の着信音であった。 「ええ。はい。では至急戻るわね」 二十秒にも満たない通話を終えると、夕里は言った。 「では、急用が入りましたので失礼します」 「…え。何だと?」 「これで失礼します」 41
2014-09-03 00:10:03携帯をしまうと夕里は立ち上がった。カップを椅子の上に置き、先程椅子で吹き飛ばしたバッグを拾い、資料をしまい込む。 「…ま、待て!このまま帰れると思っているのか!?」 托馬は怒鳴りつける。だが、戸惑いが隠せない。何故夕里は急に態度を一変させた?誰からの連絡だった? 42
2014-09-03 00:22:40「あれ?帰れと仰ってませんでしたか?ご希望通り帰るんですから良かったじゃありませんか。御安心下さい。もう二度と参りませんので」 夕里は今日一番の晴れやかな顔で言い放った。 一方の托馬は、額に皺を寄せ汗を浮かべていた。無い知恵を絞ってこの状況を整理する。 43
2014-09-03 00:45:24(この女は先程までは、俺と交渉する気でいた…それを急に止めた…まさか今の電話は…他の交渉相手!?週刊紙か他所の党かは知らんが、俺より良い条件を出してきたとでも!?) 有り得そうな推論ではある。だが、そもそも夕里が金を要求していないことを完全に忘れている辺りが彼の限界である。 44
2014-09-03 01:04:23「おい誰か!誰かおらんのか!?この女を無事に帰すなぁっ!」 怒声は屋敷中に響いた。 「あら私を殺すおつもりで?」 「…安心するが良い…二度と表を歩けなくなってもらうだけだ」 彼に人を殺す程の度胸は無い。軽く女の尊厳を踏み躙って「交渉材料」を撮ろうと思っただけだ。 45
2014-09-03 01:18:41「はぁ~っ」 夕里は気怠げに溜息を吐くと、背を向けてドアへと向かった。 「おい待てぇ!…誰か!早く来い!首になりたいか無能共っ!」 叫びつつ、自分が倒したテーブルをどうにか越えようとする。これが意外に高く、跨いだり跳び越えたり出来そうもない。 46
2014-09-03 01:29:55「くそっ!邪魔な」 悪態を吐きながら、遠回りを試み…ふとドアを見ると女弁護士は既にいなかった。 「!?」 ドアが閉まる音はしなかった…筈だ。急いで卓を回り込ドアノブに手を掛けて回し全力で引く。ノブがすっぽ抜けた。勢いで床に腰を打ちつけた。 「ぬおっ!?」 47
2014-09-03 01:45:07「おのれぇ…小娘が…」 1分程して痛みが多少引くと、腰を擦りつつ起き上がる。 ノブは抜けたが空いた手ごたえはあった。閉じ込められた訳では無い。ノブをどう壊したかは考えずに、托馬はドアを蹴り開けた。当然の様に夕里はいない。ついでに外側のノブも無い。 48
2014-09-03 01:54:00痛みに耐えながら早歩きで玄関に辿り着く。夕里の靴は…まだあった。托馬はそれを以って、こちらには来ていないと判断した。「ソックスのまま、または予備の靴で逃げた」可能性は思いつかない。一方、周囲の壁や天井、靴箱の中(成人は絶対入れない)まで見回す無駄な用心深さで数秒を無駄にした。49
2014-09-03 01:55:08痛みに耐えながら早歩きで玄関に辿り着く。夕里の靴は…まだあった。托馬はそれを以って、こちらには来ていないと判断した。「ソックスのまま、または予備の靴で逃げた」可能性は思いつかない。一方、周囲の壁や天井、靴箱の中(成人は絶対入れない)まで見回す無駄な用心深さで数秒を無駄にした。49
2014-09-05 00:35:09あの女を逃がせば我が身の破滅だ。托馬は焦りつつ家の奥へ急ごうとした。その時。 『キーンコーンカーンコーン!』 再びのチャイム音。だが夕里の携帯にしては音が遠い。手近な時計を求め…元来た応接間に戻る。壁の時計が差すのは45分。近所の小学校の4限目のチャイムだった。 50
2014-09-05 00:35:23「くそっ!」 托馬は改めて家の奥を目指す。その時。 『キーンコーンカーンコーン!』 「おのれっ!!紛らわしい!」 三度めのチャイム音に八つ当たりするが…今度は音が近い。腰を庇いつつも早歩きで音源へ急ぐ。居間に辿り着くと発信源を発見したが…それは見慣れた固定電話だった。 51
2014-09-05 00:45:53勿論こんな着信音を設定させた覚えは無いし、今まで聞いたこともない。まして近所に学校があるのに。違和感を感じながらも電話を取った。 「子安だ」 固定電話にはあるまじき第一声だが、普段は部下に取らせているし、何より「目上」の人間からかかってくることなど二重の意味でまずない。 52
2014-09-05 01:02:28『あ、おじいちゃんオレオレ~……冗談です。浅空です』 能天気な夕里の声。 「貴様っ!今どこにいる!」 『取り敢えず第2使用人室までどうぞ~』 「おい…くそ!」 あっさりと電話が切れた。托馬の苛立ちが増す。その部屋は2階であり、腰を痛めた今の彼には辛い。 53
2014-09-05 01:14:43「くそがぁ~!」 何度も悪態を吐きながら階段を登り切る。途中、一度転んだことで怒りが増している。3段目からと言う低さと床に不自然に置かれたクッションにより大事には至らなかったが、充分痛い。原因が「新聞紙に挟まったバナナの皮」だったというマヌケさも精神的打撃となった。54
2014-09-05 01:25:08「もう生かしては返さんぞ!小娘ぇ!」 勢いよく第2使用人室のドアを蹴り開ける。痛みのせいで半端な蹴り方となり、自分で反動に耐えられずすっ転ぶ。こればかりは完全な自業自得だが、更に怒りが増した。そのぶつけどころを探して部屋の中を見るが…夕里がいない。いや、そもそも誰もいない。 55
2014-09-05 01:32:02そもそも、テーブルを倒した時点で気付くべきであった。彼は使用人達からの人望は皆無だが、それでも異常音がすれば、義務として様子くらいは一応見に来るものだ。一人でも屋敷の中に居れば。だが常時5・6人いる筈の…そしてつい30分前までは確実にいた使用人達は誰一人としていなかった。 56
2014-09-05 01:43:08(使用人共は何処だ?) 大声で怒鳴り散らし、物に当たりながらも部屋を調べる。彼の知る限り30人ほどいた筈の使用人の私物は数人分しか残っていない。ロッカーの殆どが空になっている。これらを除けば、大人数がいたという痕跡は壁のシフト表くらいしか無かった。57
2014-09-05 01:48:04シフト表には、勤務時間と公休日を示す格子模様の表と、勤務日の当番を示す当番表の2種類があった。格子の表は昨日の夜勤分を最後に、殆どが黒塗りになっている。当番表も穴だらけ。彼が注意深ければ両方共、紙に皺や傷一つ無い事に気付いただろう。そう、さっき張り替えられたものなのだ。 58
2014-09-05 01:51:08表の下の卓には20人分ほどの辞表があった。封筒を破り捨てて、一番上の物を読むと退職の報告と有給の消化・未払い残業代請求を要求する簡潔な文面が書かれていた。次々破って読むが全て判を押したように同じ内容であった。 「くそ!クズ共め!よりによってこんな時に!」59
2014-09-05 01:56:03彼、初老の茨城県議会議員、子安托馬はこの期に及んで気づいていなかった。彼が使用人の一斉退職と夕里の来訪を結び付けて考えるのは、半日後のことである。それも、彼の過去の不法行為に加担し一蓮托生に近いが故に「引き抜き」されなかった者達に言われてようやく。 60
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