不知火に落ち度はない その16

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yamoto @yamoto

時刻は夜。 誰もいない道場の中、俺は竹刀片手に相手を待つ。 しばしの待ち時間の後、定刻通りにそいつは姿を見せた。 布袋を片手に提げて── そう、神通である。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 09:48:00
yamoto @yamoto

「よっす」 「……こんばんわ」 軽く手を上げる俺に、ぺこりと頭を下げる神通。 これがデートなら言うことナシなんだか、生憎と事情は全然違う。 「こないだはすまんな。ああでもせんと姉貴納得せんかっただろうし」 「……はい。存じています」 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 09:50:27
yamoto @yamoto

「ですがあれは……」 「ん。まあな。言い逃れっちゃ言い逃れだが、書いたことはしっかり守るつもりだぞ」 果たし状の内容の確認らしい。 しっかりしてるねえ。やっぱ。 「いいんですか…? その……」 「いきなり負けたから破棄ですー、なんてのはやりません」 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 09:56:14
yamoto @yamoto

「ただ、俺が勝ったときの条件もしっかり守ってくれな?」 「それは……はい。お約束します」 よし。 これで憂いなくやれる。 木刀、真剣と違い今度は竹刀だ。 そっちは俺に分のある分野でもある。 すまんね。 俺非殺傷の『チャンバラごっこ派』なんだ。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 10:00:32
yamoto @yamoto

「そいじゃ、ほい竹刀。あと防具はそこな」 既にご用意済です。 臭いがキッツいのはデフォだ。 「あの……重たいので付けないわけには……」 「いきません。お前の真っ白いお肌に、バッチリ痣とか大惨事です」 姉が訴訟起こしてくる未来が見える。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 10:07:11
yamoto @yamoto

そんなわけで神通は渋々ながらも、防具を着け始める。 お前にしてみりゃこれって、不純物の塊だろうけどな。 重い、臭い、おまけに視界が狭くなる。 邪魔っ気なものだらけで、さぞ不便なことだろうて。 まあ、こっちも同じような条件でやるから、対等って事で一つ。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 10:10:29
yamoto @yamoto

「準備いいか、神通ー」 「……できました」 細めの身体にどっしりついた防具。 すっぽりと顔を覆い込む面。 うん。堂に入った感じになったんだが。 「すまん。道着と袴、用意し忘れてた」 「次からご用意しますね」 ミニスカが、もんのすげえ台無しだった。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 10:15:20
yamoto @yamoto

そうして、試合が開始される。 相変わらず無拍子で打ち込んでくるが、以前よりやりやすい。 理由は幾つかあるが、まずは殺気。 互いに防具装備ということで、致命打は決して入らない。 それが神通にとって一つの枷になる。 こいつばりばりの実戦派だもの。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 10:23:59
yamoto @yamoto

で、二つ目。 踏み込んでくる神通の動きに合わせ、俺は横へと飛ぶ。 猫足での移動は、音がほとんどなく、かつ振動も少ない。 視界を覆われた神通からすれば、視界から俺の姿が消えたと思うだろう。 防具の重さと視界の狭さが、神通の動きを縛っているのだ。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 10:29:34
yamoto @yamoto

がら空きの頭目がけて、遠慮なく竹刀を振り下ろす。 神通は視界で察知できないはずだが──即座に床を蹴って刃圏から逃れた。 やるねえ。 だけど、残念。 「ちぃぇえすとォぉおッ!!!」 大声を上げ思い切り踏み込んで、身体ごとぶつけるように面を打つ。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 10:35:54
yamoto @yamoto

咄嗟に防御をするが、腕力差と体重差がそこで如実に現れる。 防御したはずの竹刀が大きく弾かれ、神通が体勢を崩す。 そこに遠慮なく今度は胴。 それも竹刀でガードするが勢いで弾かれる。 一切遠慮せずに、さらに面。 ぱんぱんと竹刀の弾きあう音が道場に響く。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 10:43:17
yamoto @yamoto

そうするうちに、神通の切っ先が鈍っていく。 これが三つめ。 木刀、真剣とは違い、竹刀は平気で刀をぶつけ合う。 籠手がグリップの役目を果たすが、手に疲労がかかるのだ。 すると神通の柔らかい握りを生かした、変幻自在の斬りつけはほとんど無意味になる。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 10:50:32
yamoto @yamoto

そして、四つめ。 これは俺の心理的なことだが、これならよっぽど打ち所が悪くない限りは、怪我をしない。 竹刀と防具ってすげー大事。 おかげで力加減があんまり要らないし、心理的な枷は外される。 覚えた技術を遠慮なく出せるって、いいね。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 10:55:17
yamoto @yamoto

そしてこちらの攻め手が30回を超えたあたり。 疲労で神通の動きが鈍った所へ、思い切り面が入る。 ぱあん、と静かな空間に竹刀の音が響き渡った。 「一本。今日は俺の勝ちな?」 「……はい……。参りました」 面越しに、疲れ切った神通の声が帰ってきた。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 10:58:59
yamoto @yamoto

面を脱ぐと、神通の顔は汗にまみれ、衣服もべったりと身体に張り付いてる。 息が荒く、足も僅かに震えていた。 頭の奥の方から、やらしい気持ちが湧いて出てくるがストップ。 お前の出番はまったくありません。 そりゃあれですよ。さらしチラとか反則ですよね? #不知火に落ち度はない

2014-09-07 11:08:28
yamoto @yamoto

「剣道って面白いだろ?」 「……勉強になりました」 試合後の休憩、ということで腰を下ろし話し合う体制に移行する。 神通もだいぶ限界に来てたのか素直に従った。 まあズルしたんだけどな、俺。 真剣前提の神通だと、この打ち合いは圧倒的に不利なのだから。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 11:21:14
yamoto @yamoto

なお、メスゴリラ相手の場合これ、厳禁。 あいつ無理。 防具とか関係ない。 隙を見つけたら突き打ってくるし、上背があるからリーチ長いし、踏み込みも早い。 しかもすんげえ楽しそうに、大声上げて竹刀で殴ってくる。 ゴリラはジャンルを選ばないのである。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 11:25:33
yamoto @yamoto

「で。勝ったから果たし状の内容、履行を願っていいか?」 「……あ、あの……確かにそれは」 うん、そんな慌てんでも。 無理でない限りは、頼みを聞いて貰いますってだけだから。 今から、寝技に移項とかそんなこと考えてませんから。 ごめん、ちょっと考えた。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 11:31:33
yamoto @yamoto

「お前にしかできん頼みでな、神通」 「……。頼み、ですか?」 うん。何を言われるかと思ってたらしい。 意外そうな顔をしてこっちを見上げてきた。 その仕草はけっこー反則的だと思いますよ神通教官殿。 工廠課の若い連中が見たら一発コロリでいけちゃうな。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 11:35:00
yamoto @yamoto

「近々、不知火の秘書艦の任を解く」 「え──」 びっくりするか。 そりゃあするだろうな。 不知火本人にも伝えてないことだし。 「そこでお前に任せたいって、話なんだわ。詳しく話を聞いてくれるか?」 「……。わかりました」 こくり、神通は頷いた。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 11:37:48
yamoto @yamoto

そうして、話は内密に。 道場の中で進んでいく。 流石は二水戦の長。 こちらの言わんとするところは即座に飲み込み、答えを的確に返してくる。 実に頼れる奴である。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 11:42:55
yamoto @yamoto

「わかりました。提督の提案、お受けいたします」 「助かる」 話を聞き終わった神通は、頷いてそう答えた。 よし。断られたらどうしようかと思ったぜ、ホント。 「あの子達には、恨まれてしまうかも知れませんね……」 「命令だ、の一言で通すから問題ねぇよ」 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 11:47:31
yamoto @yamoto

と、答えたものの脳裏にはくっきりとその光景が浮かぶ。 陽炎と黒潮がタッグを組んで司令室に飛び込み、上へ下への大騒ぎ。 鎮圧用にゴム弾用意しておかんとな。 特に黒潮。あいつには念入りに打ち込んでへし折ってくれるわ。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 11:48:49
yamoto @yamoto

こうして鬼と呼ばれることになるんだろうなー。 はっはっはー。 「では、その際はよろしくお願いします神通」 「あ、あの……いえ……こちらこそ…ッ」 ぺこぺこと頭を下げ合うそんな珍妙な光景が、夜の道場にあった。 これで二水戦の長って言うんだから。なあ。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 11:56:43
yamoto @yamoto

そんなわけで今日はここでお終い。 神通をうまいことプランに乗っけた日。 ある頼みを聞いて貰った日。 そんな1日であった。 さらしチラは、目の毒だけどな。 まじで。 #不知火に落ち度はない

2014-09-07 11:58:52