まとめの限定公開に「リンク限定」が追加されました。URLを伝えてまとめを共有しよう!

東京グランギニョル

ツイートを使わせていただきました。問題ありましたら対応しますのでご連絡ください。
飴屋法水 グランギニョル未来 東京グランギニョル ライチ☆光クラブ
26147view 0コメント
7
国立のサブカル三十(みそ)金魚bot @64goldfish
@shirley69rose 素晴らしかったです!東京グランギニョルやM.M.M.の頃の作品とはかなりテイストが違いますが、飴屋さんの本質みたいなものが凝縮された、密度の濃い舞台でした。現時点での飴屋演劇の集大成といえる作品だと個人的には思います。
伊藤ガビン @gabin
「教室」みた。飴屋さんの舞台はいつもスゴイので聖人化してしまいそうになるのですが、僕はあの人の俗っぽい部分に強く惹かれているのでそういう部分が出てて嬉しかったというかホッとした。今日も暑いですね。当日券出てるから買えなかった人もいったらいいのに。
国立のサブカル三十(みそ)金魚bot @64goldfish
月末には「グランギニョル未来」の公演もあることだし、そろそろ本格的な「東京グランギニョル論」が書かれてもいいんじゃないかと思う。
国立のサブカル三十(みそ)金魚bot @64goldfish
下にあげたソフバのライブ告知記事は「小説JUNE」に掲載されたもの(写真は雑誌をコピーしたものです)。同じページには東京グランギニョル「ライチ・光クラブ」の公演告知記事も。 pic.twitter.com/ltBlirYB1J
 拡大
三次(ヴィレッジ Director) @3ji_0ji
【飴屋法水 東京グランギニョル全記録:特集】の演劇ぶっく(1987年発行)が入荷 pic.twitter.com/C2Mqwa6FyX
 拡大
庄司トオル @ToruShoji
86年『ライチ光クラブ』ラストには脚立が出て来て、その影が昨年の大阪の『教室』の脚立につながって見えた。その『教室』、僕は音響席の真後ろに陣取って飴屋さんのオペを凝視。CさんがCDのボタンに手を伸ばそうとすると飴屋さんがその手を猫の子を払うようにチョイされていた光景が可愛かった。
庄司トオル @ToruShoji
飴屋さんの新作、グランギニョル未来のリハーサルを拝観させて頂いた。以前にワークショップにも参加させて頂いたが、その時も参加者をいじっていじって徐々に組み立てていくのが飴屋さんのスタイル。試行錯誤はおそらく直前まで、へたをしたら本番の最中まで続くかもしれない。どの過程も素晴らしい。
国立のサブカル三十(みそ)金魚bot @64goldfish
来週のニッポン戦後サブカルチャー史」、個人的には80年代小劇場シーンについても取り上げてくれたら最高なんだが。宮沢さんなんかまさにその流れの真っ只中にいらっしゃった方な訳だし。
国立のサブカル三十(みそ)金魚bot @64goldfish
考えてみれば、YMO周辺の音楽を劇伴に使い、丸尾末広を美術に起用した東京グランギニョルはまさに80年代サブカルチャーの存在なくしては生まれなかった劇団なわけで。当時の劇評とか読んでても、通常の演劇ファンとは違う、あの頃のサブカル者たちが彼らの演劇に熱狂してたことがよく分かる。
国立のサブカル三十(みそ)金魚bot @64goldfish
しかし、あくまでそれは「あの時代」だからこそ成立し得たものであって、今それを再現することは望むべくもない、ということは重々承知している。そう意味では(つまり東京グランギニョルの伝説が再び!的なことね)明日の舞台には実はあまり期待はしていない。
国立のサブカル三十(みそ)金魚bot @64goldfish
あくまで、今現在の飴屋法水の演劇作品として、あの作品が今の自分にどれだけのインパクトをもたらしてくれるのかっていうこと。明日はその一点だけを確認しに行く、みたいな気持ちが自分の中にありますね。
国立のサブカル三十(みそ)金魚bot @64goldfish
@shirley69rose 今日観劇された方の感想見ると、かなり皆さん戸惑ってる印象を受けたんですが、そういうみんなが困ってしまうような作品ほど自分にとっては得るものが多かったりするのでなんだかんだ言いつつ楽しみにしてます!
庄司トオル @ToruShoji
グランギニョル未来、拝観。ひふみ神示。キャンディーズの微笑みがえしを連想する。椹木野衣さんが飴屋法水さんを換骨奪胎した作品のようにも、飴屋さんが椹木さんから換骨奪胎し返したようにも思える。20代の頃は竜頭蛇尾なところがあったかもしれないけど、今や画龍点睛の極み。飴屋さんの集大成。
庄司トオル @ToruShoji
グランギニョルという名前は半ばブランド化していてこれを使うのは一種の冒険。当時を知っている者はどうしてもPILやSPKで始まるガギグゲゴやラリルレロの響きを期待してしまう。00年代の飴屋さんは平仮名か空欄が多いので、グランギニョル未来より『いちにのさんすう』の方がイメージに近い。
庄司トオル @ToruShoji
それは子供が出ているからといってグランギニョル未来が子供っぽいという意味ではない。確かに絶句度でいえば『わたしのすがた』を超えるのは難しい。昔のギニョルっぽいのは『顔に味噌』と『ブルーシート』の方が近い。今回の作品は消化不良気味だった『じ め ん』を昇華させたもののように思えた。
庄司トオル @ToruShoji
グランギニョル未来、夢の島のすり鉢状の広場でやったらどうなるかな。あまりにもアイロニーが利きすぎて無理かな。明治の西洋建物(西村好時?)もいいけど、野外に向いている陣容、音の作りのような気もする。飴屋さん、火を使われたことがないと思うので、本火を使ったり、サーチライトを使ったり。
庄司トオル @ToruShoji
(承前)あ、本火は『いりくちでくち』で使われていた。昨日はグランギニョル未来から原生林茂る野を連想し野外でも観たいと呟いたが、それは作り手がしっかり山を意識されていたからだ。内が外をイメージさせるのが芝居の真骨頂で、(観光集客の目的を除き)、必ずしも本物の山奥で演じる必要はない。
庄司トオル @ToruShoji
(承前)でも飴屋さんは地面に木の葉をぱらりと撒いただけで絶賛されてしまう芸術家になってしまった。その極点が『わたしのすがた』。東京GGが引用したモードが衝撃的だったせいで便乗的に伝説化、後は過剰期待が増すばかり。飴屋さんの作品が大山鳴動して何とやらというのは昔から分かっていた事。
庄司トオル @ToruShoji
(承前)“芸術家は〜彼がそう呼ばれるようになったとき〜職人や演奏家であることをやめ、聴衆の称賛には依存しなくなる。彼が関係を結ぶのは自分自身だけかそれとも彼の企画を命じて唯一それを判断する資格をもつ何らかの超越的な力〜あるいはそうした力をもつ者〜なのである”ライオネル•トリリング
庄司トオル @ToruShoji
(承前)だから飴屋さんは天狗にならないように、相当に気を使われていると思う。「若い頃に芝居を始めて、たまたま評判が良かったので、いい気になってたんですね」とワークショップでしみじみと反省されていた。おそらく当時の人間関係のトラウマや動物商での挫折が創作欲にバイアスをかけたのかも。
庄司トオル @ToruShoji
(承前)飴屋さんは“動物堂”を名乗った時点でインダストリアルな世界とは決別されたと思う。トドメを指したのがバングト展であとは抜け殻、というような自問自答ともとれるシーンがあって、思わず中平卓馬さんの言葉、作家は私生活を切り売りするしかない、というような意味の一節がふと頭によぎる。
庄司トオル @ToruShoji
(承前)内容はともかく「グランギニョル」「飴屋法水」という単語は自然に暗黙のブランドと化しているので取扱は難しい。YMOもこれに苦悩した。いかに作り手が否定しても伝説に対する過剰期待は未知数。それに飴屋さんといえば千人以上の集客が見込める作家なので、キャパを限定すると難民を生む。
庄司トオル @ToruShoji
(承前)僕もキャパに限りのある清澄白河SNACでの飴屋さんの2つの公演が観れず、その後悔というか中毒の後遺症のような飢餓感はかなり尾を引いた。グランギニョル未来も会場の構造と来場者数を考えれば、ソコバケツの時のようなオールスタンディングの方がむしろ良かったのではないかとも思えた。
庄司トオル @ToruShoji
(承前)グランギニョル未来、完了。今日は冒頭から涙が頬を伝わった。子供達が現れ、最も不吉な “プルアップ”の音と共に山の音がズドーンと鳴った時、飯塚訓さんの『墜落遺体』が頭の中に甦った。体育館に運ばれてくる遺体は、また子供、また子供、また子供、腕がない、顔がない、何か分からない。
庄司トオル @ToruShoji
(承前)そしてグランギニョル未来の終幕。山川さんが飴屋さんの背後に立って咆哮した時、正面に心の月光が見えた。もう秋だしそれは狂言の井筒の光景かもしれない。中央の四角は、竜安寺のつくばい我唯足知、いわゆる知足(足るを知るものは富める)の比喩か。これは文楽、いやさ現代狂言だったのか!
残りを読む(318)
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする