モーサイダー!~Second Lap~Episode VIII
- IngaSakimori
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見下ろすのは海の青。稜線を覆うは山の緑。眼下にはアスファルトの黒。 どこまでも続くワインディングは、永遠の快楽に迷い込んだような錯覚すら起こさせる。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:20:55「やっぱりバイクで来る奴、多いんだな……」 対向車線を悠然とハーレー・ダビットソンの艦隊が走り抜けていく。 街中では迷惑千万な重低音の社外マフラーも、この眺望の中ではむしろ似合いに感じるから、不思議なものだと思う。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:21:05(路面も……いいな。周遊ほどじゃないけど、檜原街道やR411よりずっといい……) しっとりと沈み込んでは伸びる、フロントフォークの上下動を感じながら、志智は思う。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:21:24モーターサイクルという乗り物は、車体の限界が高ければすなわち路面の状況がわかりやすい……というほど単純ではない。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:21:30もちろん有り余るほどの経験と技量があれば別だが、相当にハイレベルなライダーであっても、悪路をものともせず『いなしてしまう』マシンに乗っていると、路面状況の差を見落としてしまうことがある。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:21:43「ずっと平坦かと思うと、時々……荒れる。でも、走ってて危ない感じがするほどじゃない……」 ライダーは計器のデータを見て、路面の善し悪しを感じるのではない。あくまでもその五体で、能動的に感じ取るのだ。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:21:57三鳥栖志智はステップから伝わる振動で。尻から背中につきぬける衝撃で、伊豆スカイラインの路面状態を推し量る。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:22:09(周遊が100点なら、93点くらいかな……) もし、最新のスーパースポーツマシンに志智が乗っていたのなら。 多少荒れた路面でも、超高速で突き抜けることを可能にしてしまう、恐るべきバイクで走っていたのなら、これほどに細かい評点はつけられなかっただろう。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:22:24「っと」 そのとき、不意に減速帯が現れた。 先行する玲矢(れや)のW800が、原付なみに速度を落としてよたよたとコーナリングしているのが見える。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:22:39「減速帯が苦手なのかな……」 志智も玲矢にあわせて速度を落とす。 たとえフルバンクに近い状態でも、そうそう滑ることはない━━それが志智の減速帯というものに対する認識だが、まだ慣れないW800を駆る玲矢にとっては、神経をすり減らす障害物なのだろう。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:22:53玄岳(くろたけ)ICが近づくと、いよいよ空は気持ちよく晴れ渡り、右手には壮大な眺望がひろがる。山並みの頂点からその斜面と、下界の町並み、さらには青々と広がる駿河湾が一望できた。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:23:34さらに贅沢なことに、背中には富士山まである。 そこかしこの駐車スペースで、写真撮影に止まっている車が、バイクが見えた。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:23:48「すごいな……ここは。 周遊も小河内湖が見えるけど、なんていうか基本は山の中だからな」 しばしばよそ見をしつつ、スケールの違う景観に圧倒される余裕があるのは、先を行く玲矢のペースがファミリーカーのそれとほとんど変わりないからだった。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:24:01「W800っていうバイクは……あまりコーナーは得意じゃないのかな?」 路面の良さと景色に慣れてくると、志智の興味は徐々に玲矢の後ろ姿に移る。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:24:12しかし、ヘルメットからのぞくうなじや、形のよいヒップには目がいかない。 志智はすこし古めかしい感のあるW800のテールランプを見つめる。左右にバンクする時の車体を注視する。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:24:21(……ああ、そうか) さらにはコーナーの脱出でアクセルをあけるときの挙動を、ナイフよりも鋭い視線で射貫く━━ #mor_cy_dar
2014-09-21 22:24:33(このバイク……スパーダとは減速の仕方も違うんだな) 理論的な裏付けを持たない志智が、そう感じたのはあくまでも『何となく』だった。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:24:49だが、もう少し細かく彼の理解を分解するならば、亞璃須のXR650Rが適当に流しているときのブレーキングに似ていると感じたのだ。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:25:04それはすなわち、リアブレーキの配分が大きいということだった。ほとんどフロントだけで止まれるVT250スパーダとは、根本的に車体設計の方向が違う。 だから、ブレーキのかけ方も当然、変わってくる。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:25:17(……あの『深紫(ディープ・パープル)のYZF-R1』とも違う……) 三鳥栖志智は見つめ続ける。 W800というマシンの特性を。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:25:28「……そうか。大型バイクって言っても、みんな違うんだな……」 口からこぼれた感想は、至極、当たり前の事実。 だが、それは本やネットから得た知識ではない。目の前で見て、自分の頭で考えた結果であり、実感であり、体験だった。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:25:48それはすなわち、体験が何より物を言うモーサーサイクルライダーとして、引き出しが一つ増えたということなのだ。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:25:57(……ん?) 韮山反射炉の案内板を通り過ぎたころ、志智はミラーに映るハイビームに気づいた。 ヘルメットの中で流れる心地よい風切り音をかき消すように、威勢の良いエキゾーストノートが後方から押し寄せてくる。 #mor_cy_dar
2014-09-21 22:26:22