古鷹青葉を見守る衣笠さんbot #32

更新三十二回目のまとめです。 仲睦まじく過ごす古鷹と青葉。それを見守る衣笠の憂鬱とは。
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古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

「青葉、隣座ってもいい?」 「えっ!?は、はい、どうぞ……」 「えへっ、お邪魔します」 鎮守府の食堂の片隅でそんな会話が交わされているのを、誰もが聞くともなしに聞いていた。ある者は驚きの表情を浮かべ、ある者は安心したように笑っていた。青葉はずっと古鷹ねーさんを避け通しだったから。

2014-09-21 22:26:52
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

だから、青葉がこうして古鷹ねーさんと向き合って話をできるようになったことを、この鎮守府の誰もが喜んでいた。そう、私一人を除いて。 「古鷹ねーさん……」 背後の席から二人の様子を窺う。古鷹ねーさんが青葉のコロッケを一つねだっているようだ。青葉がそれを箸につまんでおずおずと差し出す。

2014-09-21 22:32:50
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

コロッケを見つめて一瞬逡巡した古鷹ねーさんが、意を決したように青葉の箸先をぱくっと口に入れた。えっ、と青葉が固まる。青葉が古鷹ねーさんにあーんをしてあげた形になった。古鷹ねーさんは幸せそうにコロッケを噛みしめているけれど、青葉はそれにも気づかず顔を赤らめて震えている。

2014-09-21 22:38:38
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

コロッケを飲み込んだ古鷹ねーさんが、青葉の様子に気づいた。箸を空中にさまよわせたまま固まっている青葉を不思議そうに見つめている。そして、あっと何かに気が付いたような顔をして、青葉に声をかけた。声は聞こえないけれど、コロッケの代わりに自分のおかずを何かあげるよと言っているのだろう。

2014-09-21 22:44:29
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

古鷹ねーさんの言葉を聞いて、青葉が一層挙動不審になった。まさかどのおかずを選ぼうか迷っているわけではないだろう。自分も古鷹ねーさんに「はい、あーん」してもらえるのではないかという期待で見るからに動揺している。そして、ついに古鷹ねーさんが筍の煮物を差し出した。青葉の目が泳ぐ。

2014-09-21 22:50:49
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

青葉が助けを求めるように周囲を見回すけれど、ここで邪魔をするような艦娘はいない。古鷹ねーさんが差し出したお箸に左手を添えながら、青葉に声をかける。青葉が筍を見る。目をそらす。また筍を見る。恐る恐る古鷹ねーさんの顔を見る。慌てて目をそらす。様子を窺っている他の艦娘の方が焦れている。

2014-09-21 22:57:36
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青葉が下を向きながら自分のお皿を指差した。頷いた古鷹ねーさんが筍の煮物を皿に置く。結局、古鷹ねーさんのお箸から食べる勇気は出なかったらしい。声にならないため息が食堂を埋め尽くした。 「まったく……」 それを見ていた私もため息をつくけれど、その理由は他の艦娘たちとは少し違っていた。

2014-09-21 23:03:15
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『私は……私は……『古鷹』はどうすればいいの……?』 絞り出すように言いながら涙を流していた古鷹ねーさんの顔が、脳裏に焼き付いて離れない。古鷹ねーさんはいまだ艦の記憶に囚われているのだ。今はこうして青葉と仲睦まじくしているけれど、いつ自分の命をあっさり捨ててしまうか分からない。

2014-09-21 23:09:54
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

それを青葉は知らない。オリョール海での戦い、古鷹ねーさんが輪形陣から離れて敵機の雷撃の囮になろうとしたのを見たのは私だけ。あの戦いに快勝したことで「もうあんなミスはしない。今度こそ古鷹さんと一緒にいられる」と自信をつけつつある青葉に、古鷹ねーさんの不安定さが見えるはずもなかった。

2014-09-21 23:17:00
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

青葉が古鷹ねーさんからもらった筍の煮物を口に含み、顔を綻ばせる。それを見て古鷹ねーさんも笑った。どこから見ても幸福そのものの光景。けれど、古鷹ねーさんの危うさに気付いている艦娘が、この鎮守府に何隻いるか。ああやって二人で屈託なく笑い合う光景が、いつあっけなく露と消えるか。

2014-09-21 23:25:58
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

そのことを思うと、居ても立っても居られない。けれど、どうしたらいいかなんてわからない。古鷹ねーさんを泣かせてしまったあの日、私は結局何も言えずに部屋に戻るしかなかった。そして、翌日に顔を合わせた時には古鷹ねーさんは何事もなかったかのように「おはよう、衣笠」と声をかけてきたのだ。

2014-09-21 23:31:49
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

いつも通りの笑顔に私が何も言えないまま立ち尽くしていると、古鷹ねーさんがさっと体を寄せてきて小声で私にこう囁いた。 「昨日は困らせてごめんね。もう大丈夫だから」 眉を下げて本当に申し訳なさそうにそう言った古鷹ねーさんの顔を、私は直視できなかった。あふれ出そうな涙を必死にこらえた。

2014-09-21 23:40:16
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

そうじゃない、そうじゃないの。私のことなんかどうでもいいのよ。私に申し訳なく思う必要なんてないのよ。古鷹ねーさんには自分のことを一番に考えてほしいのに。改二になった時、私はこれでなんだって出来るとという万能感に包まれていた。けれど、実際には古鷹ねーさんのために何一つできない。

2014-09-21 23:48:45
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

気がつけば、そろそろ古鷹ねーさんと青葉の食事も終わりそうだ。私も食欲の出ないまま半分以上残した自分の食事を下げて、一足先に食堂を出る。すれ違った艦娘たちに怪訝そうな表情を向けられ、無理やりに笑顔を作ってそれに返した。こんなこと、誰に相談したってまともに取り合ってもらえないだろう。

2014-09-21 23:56:29
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

鎮守府は今、サブ島沖海域攻略のための準備を着々と進めている。遠征の回転を速めたおかげで資源と高速修復材の備蓄はかなり進んでいる。また、私たち全員が32号電探を積めるよう装備の開発も盛んにやってくれている。電探はあの戦いでも勝敗の鍵を握る重要な要素だったからこれはとても有難かった。

2014-09-22 00:05:24
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

演習にも優先的に参加させてもらい、私たちの練度もかなり上がっている。しかしそれは、第六戦隊内部に爆弾を抱えながら鎮守府の皆の期待を一身に背負うということでもあった。電探があったとしても、練度がいくら高くても、私は嫌な予感が拭えなかった。もしあの時と同じことになったりしたら……。

2014-09-22 00:13:45
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

そんなことを考えながらただ一人歩く。今の自分の顔を人に見られたくなくて、自然と足は重巡寮の裏手に向かった。海の見える小高い丘なら人も来ないし、そこで少し頭を整理しよう。サブ島沖への出撃まで、残された時間は多くない。どうにかできることを考えなきゃ。そう思って歩いていくと。

2014-09-22 00:22:34
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

「よっ」 「……なんであんたがいるのよ」 そこには、呑気に寝そべりながら私の顔を見上げてくる加古がいた。 「なんでとはご挨拶だな。あたしはここで昼寝してただけだよ」 加古が口を尖らせてそう言い返してくる。私はその加古のうなじにうっすらと汗が浮いているのに気が付いた。

2014-09-22 00:30:02
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

「本当に?それにしちゃずいぶん汗かいてるみたいだけど……」 「えっ!?いやいや、そんなことないって!」 私がじろりと睨みながら言うと、加古は慌てて起き上がり芝生の上に胡坐をかいた。 「ほら、それより衣笠も座んなよ。なんか心配事があるんだろ?」 そう言って自分のすぐ隣の芝生を叩く。

2014-09-22 00:36:21
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

加古に見透かされているのは正直なところ癪だけれど、他にどうしようもなくて私は加古の隣に腰を下ろした。こいつにも関係のない話ではないし、というか古鷹ねーさんのことなんだから、加古だって呑気に寝てないで少しは悩むべきだし。 「加古はさ、古鷹ねーさんのこと、どう思ってる?」 「んあ?」

2014-09-22 00:44:51
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

私はオリョール海での戦いから帰投して改二になる改造を受けた日のことを話した。これからは私が力になると言ったこと。古鷹ねーさんが自分を犠牲にすることをやめようとしないこと。それを止めようとしたら、古鷹ねーさんを泣かせてしまったこと。私の話を、加古は一言も口を挟まずに聞いていた。

2014-09-22 00:51:43
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

全てを話し終わった私は、少し肩の荷がおりたような思いで目の前の海を眺めていた。話し通しで少し喉が痛い。けほっと咳をすると、加古が前を向いたまま私の頭を労わるように撫でてきた。前に撫でられた時は恥ずかしくてその手から飛び退いて逃げてしまったけれど、今は何故か無性に心地よかった。

2014-09-22 00:57:32
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

けれど、加古は次に信じられないようなことを言った。 「古鷹がそんなこと言ったのか……いい傾向だよな」 次の瞬間、私は思わず加古の胸ぐらを掴んでいた。

2014-09-22 01:00:23