#思想史たん公開読書会『不毛な憲法論議』

東谷暁『不毛な憲法論議』(朝日新書)の第9章「人間にとって法とは何か」を中心に日本人にとっての憲法とはどうあるべきかを近代西洋法思想史の流れを敷衍して考察します。
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思想史たん @shisoshi_tan
はい!それでは定刻になったので #思想史たん公開読書会 を始めます。告知した通り、今回は東谷暁『不毛な憲法論議』の第9章「人間にとって法とは何か」を読んでいきます。が、その前にこの本が書かれるに至った経緯についても導入部として触れておこうと思います!
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本来、憲法が国のあり方や国民生活のルールの基本であるならば国の在り方についての深い洞察や粘り強い研究を踏まえて論じられるはずなのに、日本ではとにかく「コクミンシュケン」「ヘイワシュギ」「キホンテキジンケン」と合唱しそれぞれの憲法の条文解釈を3つの落とし所に着地させればそれでよい。
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東谷はそういった憲法学の本や憲法学の講義が不思議で仕方なく、全く好きになれなかったという。そんな中、彼は古本屋で偶然カール・シュミットの論文集と出会う。そこには専ら思想史の話ばかり書かれていて、通説とは違うことが大胆に述べられていた。 pic.twitter.com/HZAH0xQfkS
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シュミットの論文集を買ったことがきっかけで東谷はハンス・ケルゼンの本にも手を伸ばすがこれも思想史の話ばかり。やがて思い浮かぶ。「憲法学者というのは、本当は思想史家であり、哲学者ではないのか」。更にモーリス・デュヴェルジェを経てジェレミー・ベンサムまで遡るとこの閃きが確信に変わる。
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そもそも、憲法学者が思想史家であり哲学者でなければならないのは当然のことだ。人間が抱く価値観やその思想史を前提とせずに憲法について考え、改正を論じ、制定に拘わるというのは不可能なのだから。倫理と道徳を根底に持たざるを得ない憲法を書くというのは、神の仕業を代行する行為と言って良い。
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だからこそアメリカ合衆国憲法体系の一部をなす独立宣言には「神」や「創造主」が登場し、カナダやオーストラリア憲法にも(それが戦後に書かれたものであるにも拘わらず)「神」が掲げられドイツ基本法の冒頭にもやはり「神」が据えられる。憲法の根底には倫理・道徳的な基礎が必要であるのだ。
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今回はこうした東谷の主張に敷衍し、第9章「人間にとって法とは何か」を公開読書します。憲法からさらに照準を「法」というより大きな目標に当てて、法哲学・法思想史的な観点から読み解きます。 #思想史たん公開読書会
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東谷は日本の憲法論議は自分たちの頭で考えて自分たちの憲法を制定するというごく当たり前の姿勢が欠落していると言う。護憲派はある種の思い込みに拘泥して何が何でも今の憲法を継続しなければならず、それがまともでない形で作られていたとしても、変えてしまえば日本の「繁栄」を失うと恐れている。
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その一方で改憲派は改憲への機運がほとんど高まってもいないのに無理やり5割から7割の人が改憲を望んでいるとこじつける。ところが、その改憲の内容というのもアメリカの軍事戦略に従う目的が明白で、マッカーサーの残した象徴天皇・平和主義・基本的人権を護持するという真意が全く理解できない。
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東谷によると、かかる現象は自国の憲法を他国の軍隊に作ってもらったことを奇妙に思わなくなったからなのだ。戦争に負けたのは仕方がないとして負けたことで自分たちの法の「原理(プリンシプル)」を放棄してしまったことが何よりまずかった。 #思想史たん公開読書会
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ここで東谷は問いを提示する。法の原理を見出すとはどのような行為であるのか。法の原理とはどうすれば手に入るのか。その方法は一つなのか。法哲学や法思想史はこの問いに答えるべく様々な立場を擁立させ、そのことが私たちをますます混乱させてきた。 #思想史たん公開読書会
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そこで、そうした立場の違いとそこから生まれる法についての考え方の違いを一望してみよう。極東軍事裁判あるいは東京裁判と俗称されるこの裁判では戦争責任を負う日本の政治指導者を裁いたと一般に説明されるが、集まった法律専門家の思想がバラバラで法思想の博覧会のような状況を呈したのである。
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ここで論じるのは第2次世界大戦終結時に世界の法思想はどのような状況にあり、どのように収束されたのかということである。東京裁判の裁判長を務めたウィリアム・ウェッブはオーストラリア人であったが彼は自然法思想を奉じていた。 pic.twitter.com/lZIqodOdE6
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またフランス判事のアンリ・ベルナールも自然法思想の持ち主であった。
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これはオーストラリアがアングロサクソン法を受け継ぐ国であることを考えると独特なことであった。自然法とは、人間に備わった「内なる自然」が正しい判断を促すという思想で、近代西欧の自然法はキリスト教法思想から生まれ、それは実定法の上位にあり法律の正否を判断できるという考え方である。
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一方で当時国際法において主流とみられていたのが法実証主義といわれる思想で、実定法を重視し法体系の内部で推論して判決を下すという考え方だった。したがって事件当時の法律にない判決を否定し、現在の法を過去に適用してはならないという法の非遡及の原則を守るわけである。
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この裁判を裏側でリードしたのが英国検事コミンズ=カーらで、アングロサクソン法で裁判をすることに慣れていたがイギリスと大陸の法思想・体系の間にも少なからぬ隔たりがあり、アングロサクソン法を前面に出すことで露骨な勝者による敗者の裁きになってしまうという批判を受ける危惧があった。
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英米法では慣習法(コモンロー)を中心に判例重視の裁判が行われるが並存して均衡法(エクィティ)の法体系があり裁判長の裁量によってコモンローを超えた判決を下すこともできた。ニュルンベルグ裁判も「アングロサクソン的解決」が示唆されたが表向きは法実証的体裁を整え均衡法は採用されなかった。
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更にソ連判事イヴァン・ザリヤノフ少将はマルクス主義法思想の持ち主で、資本主義社会において行われている法律はブルジョワ法に過ぎず、それらは革命によって止揚されるものと考えていたが、あくまで勝者の分け前を重視しそのことは前面に出さないでいた。
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このような混乱や相克が呈された東京裁判で、アメリカ陸軍はユダヤ系という出自を理由に亡命を余儀なくされていた実証主義法学の世界的権威ハンス・ケルゼンに「国家の行為としてなされた個人の行為について、個人を処罰する権限を裁判所に付与する国際条約は、遡及力のある国際刑法の規範を構成する」
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という内容の論文を書かせ、事後法の制定による処罰を肯定する見解を提示させた。事実、連合国は1954年に国際軍事裁判所憲章(ロンドン憲章)を制定し、その3か月後にニュルンベルグ裁判を開始、それらを根拠に東京裁判を行ったのである。 #思想史たん公開読書会
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