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北部九州在住 @hokubukyuushuu
自分メモ カドカワ祭りで『犬神家の一族』をやっていたので見ていたのだが、積年の疑問であった、「なんで犯人が自殺しないといけないのか?」についての答えがなんとなく分かったので、残しておく。ようするに、金田一 耕助の時代の事件は『解決』するものではなく『けじめ』をつけるものだったと。
北部九州在住 @hokubukyuushuu
wikiにあった、初期金田一作品のコメント『戦前の因習にとらわれた封建的な動機による殺人を、戦後の民主的な精神によって断罪する』だが、その結果出た作品群はそりゃもうかくやといわんばかりの日本的封建制のストーリーだったが、それはその封建制に根本的理由がある。
北部九州在住 @hokubukyuushuu
今の時代の我々には想像つかないだろうが、そもそも地方における人の移動というのは戦後に入ってすらかなり限られたものだった。その人の流れがトラブルを起こして殺人なんて激震に発展したのは、大戦期の動員と敗戦復員が絡むのだが、犬神家にもそれがちゃんと書かれている。
北部九州在住 @hokubukyuushuu
で、生まれてから死ぬまでずっと近所付き合いをする事が当たり前だった田舎において、殺人なんてものを警察という『よそ者』が裁く事自体が忌避されていた。これは前呟いた武士あたりの話とも絡むが、地方の裁判権と警察権は長く長く、その地方に任されていたのだ。
北部九州在住 @hokubukyuushuu
それを一方的に中央の権威が裁く。一揆が起こっても文句は言えません。まじで。で、それを中央から容赦なく押さえつけてなんとか中央の命令を聞かせるようにしたのが、徳川幕府であり、薩長なのだが、本気でそれが可能になったのは敗戦後(つまりGHQ)だったというこの救いの無さたるや。
北部九州在住 @hokubukyuushuu
地方ローカルルールが中央統一ルールより上位に来る。これが金田一耕助が活躍した時代の前であり、敗戦によって逆転が発生したからこそ金田一耕助は活躍できたといえよう。だが、ローカルルールでうまくやっていた地方にとってそれが面白い訳がない。何しろ事件が解決してもご近所付き合いは続くのだ。
北部九州在住 @hokubukyuushuu
だからこそ、金田一耕助の事件においては、『解決する』事より『けじめをつける』事が求められる。この場合のけじめは村八分を思い出せば分かるだろう。火事と葬式だ。つまり、金田一耕助をはじめとした『館もの』と呼ばれるジャンルで何で館が燃えるかもこの答え、その地域のケジメをつけたのだ。
北部九州在住 @hokubukyuushuu
昔、『名探偵コナン』の話をしていて、「コナンには金田一耕助の事件を解決できない」と主張した友人がいたが、心の底から納得できた。「真実」なんぞ求めていないのだ。だから、自殺する『救済』が発生しないとその地域がしゃれでないぐらいガタガタになる。だからこそ、犯人は自殺するのだ。
北部九州在住 @hokubukyuushuu
ここで、しゃれにならんのが、このローカルルールには封建制の代表たる『家』も含まれる。犬神家がまさにそうだが、あれは犯人が自殺したからこそ、犬神家は救済されたのである。『病院坂の首縊りの家』もこの家が絡み、それを理解しつくしていたからこそ金田一はアメリカに去ったのだろう。
北部九州在住 @hokubukyuushuu
封建というか伝統というかローカルルールと言おうか、その脈々と受け継がれたものというのは簡単に剥がれるものではない。たとえば、犬神家をコナン方式(自殺なしで逮捕させる)で解決だと逆に自殺者が出る。今でも犯罪者の家族に厳しいのが日本社会。そういう『ケジメ』は今も脈々と生きているのだ。
北部九州在住 @hokubukyuushuu
ああ。そうか。だからコナンは子供なんだ。あれ絶対に「何で自殺させなかった!」と周囲から怨嗟がくるぞ。「犯人を推理で追いつめて自殺させてしまう探偵は殺人者と変わらない」とか言っているが、これが理解できないよそ者で餓鬼だから言えるんだ。あの台詞にむかついた覚えがあるがやっとわかった。
川本幸作 @kaspart_j
@hokubukyuushuu 「よし わかった!」死者に優しい文化の原点を無視するから、「あいつのとこは犯罪者の家族」なわけですな。「犯人の自殺によって許された遺族」とは、雲泥の差があると。
北部九州在住 @hokubukyuushuu
@kaspart_j まだこれが家ルールならば、『勘当』みたいな形で裁けるけど、それは家長の特権で、家長が『家』ルールにおいての制裁殺人なんて日には、『地域』と『家』の二重ローカルルール縛りプレイが待っている。一家離散で土地から離れないとだめでしょ。まじで。
ええな@豚バラ🐽ばらまくニャ @WATERMAN1996
@hokubukyuushuu @kaspart_j 封建主義に拠れば家長による制裁は絶対のはずなんですよ。現実においてはそうでなかったのですけど。金田一耕助の事件は、封建的価値観と現代的価値観の間による事件だと思います。
ええな@豚バラ🐽ばらまくニャ @WATERMAN1996
@hokubukyuushuu @kaspart_j ローカルルール(家長が法、しきたり、権威)で押し込むこともできず、かと言ってグローバルルール(法律)に従うこともできない。ゆえに犯人は自殺するしかない。
ええな@豚バラ🐽ばらまくニャ @WATERMAN1996
思えば、Leafのゲーム「痕」は、まさに封建主義的価値観を踏襲しているな。しきたりを犯した柳川を始末しようとするのは仮の家長である千鶴だが、彼女がそれを果たせず耕一がそれを成した時、耕一が家長となるわけだ。

コメント

言葉使い @tennteke 2014年10月1日
犬神三姉妹の青沼菊乃への仕打ちは、佐兵衛翁ですら止められませんでした、その佐兵衛翁ですら止められなかったムラ(?)の論理が惨劇のきっかけですからね~。金田一もその「ムラの論理」には何も言いませんが、コナンなら糾弾するでしょうね。
ぼんじゅ〜る・Fカップ @France_syoin 2014年10月1日
作話的な視点の違いのような気もするがな。金田一シリーズは犯人被害者視点、コナンは探偵視点で語られておりそれぞれ罪の解決方法が違ってくる。探偵視点ならば謎を解けば犯罪物語は終わるが、関係者視点ならば犯人が終わらない(死なない)限り犯罪物語は終わらない。現実に近いのは関係者視点の金田一で犯人を殺す(死刑にする)事で物語がようやく終わるんだけどね。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009 2014年10月1日
シャーロックホームズの治安判事や陪審員もムラ社会の制裁と考えると分かりやすいですね。
dada @yuuraku 2014年10月1日
20年前くらいの週刊現代の連載に、庄屋筋の家の娘が流れ者に強姦されて村の駐在が手を出せずに村人総出でリンチで殺すって話があったな。
ひろ@猫もふ欠乏症 @hiro_h 2014年10月1日
中央のルールとローカルルール、か。ローカルルールが潰されるのが面白くないのと、ブラック企業の話は重なるんやろか。
御矢麻吃驚 @SnnMoBkr 2014年10月1日
となるとコナンと金田一の中間で橋渡しをしているのが京極堂って感じですかね…
言葉使い @tennteke 2014年10月1日
京極堂は戦後の活躍だから、金田一と同じでしょう。それに金田一も京極堂も、自分が関与することが新たな事件や悲劇の種子になることを結構恐れている。
言葉使い @tennteke 2014年10月1日
あと私が「けじめ」という語で連想するのは「ひぐらしのなく頃に」なんですが、あれも「祭囃子編」で、園崎家など村の大人達は関与しなかった。圭一たちが頑張って、外部の法の執行官に渡して秘密裏に終幕。
シャオリエル @xiaoli888 2014年10月1日
目からウロコ。すごく納得がいった。
tomo @tomo_091519 2014年10月1日
世界中でそう。 あの人は、昨夜急に発ちました。 の意味することは。。。
睡羊軒 @suiyouken 2014年10月1日
そういえば金田一とかで、冒頭、閉鎖的な村や家にやってくる、もしくは戻ってくるヨソ者は必ず最後にその場を去るな。八つ墓村の跡継ぎ。手毬唄の歌手。獄門島の若い衆。
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
人ごと、家ごとに固有のルールがあるって感じですね。また、米国の州法とは、規制の働き方の方向性が、死刑のある場所と無い場所とでは、その分析的な視点の機能するところの強みにあって、別と考えておくような感じ。
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
また、教育とか宗教とかの団体戦をするほうが、このときの規制にあって、分析的な強みの、対処の方策が、あるように働いているといった感じ
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
扶養義務の限界で、家長が(殺人を含めた)過剰な規制を行う、という考えがたぶんにあるのかな? 扶養を可能なようにする社会づくりから進めるべきとして、その考え方でやっていくべきのはずなんですが。
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
意識の上で、扶養するところの限界というのは、維持限界というところを、感情的に感じ取ってしまうからかと、また、対処として、それに方策づけられないか?と思います。
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
とりま、耕助は江戸川とは視点が異なるんだな。と、ばかしに、思っておくぐらいです。
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
一はマガジンのほうだけど、明治のミステリーだとそういう読み物は手習い、だと、最初、何から始まったのかな?と気になってたりする。
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
まぁ、とりあえず推理の視点でだと、解き方が、事件を可能なようにする物証中心で、もうひとつ、事件の人間関係性を中心にする動機十分説。複数人共同犯行説だと、こっちのほうが動機十分説にあって扱われやすくて、連続殺人は物証中心説の解き方になります。というように見てるけど。
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
複数人述懐によっての形式だと、私小説文体と違う感じがするのは、殺人を隠匿あるいは解読にあって、まかされた役割を負うときに、それだと、やり方が村八分的な働き方をしますか?と言った点での微妙な推移。
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
まかされた、も、巻かされた、撒かされた、負かされた、任された、蒔かされた、捲かされた、播かされたと、いくつか書けるんだけど、
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
この内容のツイは、やってみたい感じの読書きで、自分が行うつもりのを、(人によって)(または人物によって、)それを、多分の査定あるいは、推定において、蒔かされた?ので、判読する限り、まぁ言及的な感じとするですが、自己言及にとどまるとこじゃなくなってるのが、文の査読するところの意識の差と思うですが、そこがみえなくて、不思議なんだよなー。
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
とりあえず、複数人述懐と言う感じで読み進めてるけど、
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
自力救済と他力本願と自力本願の違いで考えるところの辺り自力本願的なところが課題とするところの中心で、弁証法の違いなんで、
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
それで読んでて、家長封建制度のローカルルールで、その動機の行使するところにあって、分析的な強みに欠けてるのは、規制を行う側が、普段からの規制という、権威的な働きのする具合の、
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
無言の圧力を、常に必要としてる社会状況と、かんがえてあるです。権威という意識のほうがこのとき、自責点のような感じに働くときと、規制のある社会状況に対して権威に対しての反感を持つときと言えるので、
門 健太 @take_5n3 2014年10月1日
このとき、自由の感覚を感じてないと説明ができるんですが、閉鎖的な社会を開かれた規範に移行するときにあって、権威に負っての取り分の少なくなると言う面での、維持負担性の意識で考えてるんですかね?
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2014年10月1日
コナンは本人が一番秘密を抱えてちびっ子を装っているので、人間性を押し出したりドロドロした人間関係に立ち入れないような。というか元の姿に戻れないから成り立ってる気がします。
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2014年10月1日
公法の死刑と私刑の自死という対立軸ではなくて、因習の色濃く残る共同体のけじめが貫かれて犯人が命を断つということかと思います。
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ 2014年10月1日
金田一シリーズは見ていて、そういう地方の因習や閉鎖的なところを壮大に批判していると思うのです。
MaliS @MaliSNacht 2014年10月1日
この視点、クリスティの代表作なアレとかアレに適用しても面白そうなんだけど、ここで作品名言うこと自体がネタバレになりかねないのが…。
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2014年10月1日
死罪の意味づけが苦しまずに済むかで変わるように、不名誉な死罪と体面を守りつつの死罪を前提とした禊ぎだと言うお話。
MaliS @MaliSNacht 2014年10月1日
クリスティのアレは、人物関係から見れば「忠臣蔵」に近いとも言えるわけで、当時のイギリスには、日本と近い何かがあったのかもしれない。
はいぱ@玉ねぎ畑の小作人 @haipa2000 2014年10月1日
ああ、なるほどねえ>クリスティ 地方因習にとらわれた上での解決を探るとああいう結果になってしまうか、、、ビクトリア調の雰囲気が残っていたイングランドの田舎はそんな感じだから金田一と視点がどうしても似てくるんでしょうね
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009 2014年10月1日
haipa2000 19世紀以降の小説には都市化で隣近所の人となりも分からなくなりだした東京、ロンドン、パリなど大都市とずっと同じ家族で続いてきた農村の対比を描くというタイプのものがありますが、犯罪を取り扱う推理小説では特に使いやすいタイプだったのでしょう。
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2014年10月1日
「ワトソン、これは僕の経験則だ。ロンドンの最も低級でいやらしい路地でさえ、大らかで美しい田舎以上に恐ろしい犯罪は発生してこなかった」(シャーロック・ホームズ「ぶな屋敷」http://www.221b.jp/h/copp-6.html
にっころ @niccoro 2014年10月2日
コナンが件の主張をする大元であるところの「『月光』の犯人の自殺」はどうなんだろう。所謂、失うものはもう無い、というタイプで、だからこそ自殺でなくとも裁きで「けじめ」を付けられそうな気もするけど、一方であのまま生きてると複雑な禍根を残しそうでもあるような……
ホームズ @9426856 2014年10月2日
そこまで複雑に考えてもしかたないけど、犯人が自殺するのってぶっちゃけ 「面倒くさいから」 が大半だよw お前ら誰が長々とした裁判や法定劇の話を見たいよw 探偵の仕事は推理でオシマイだから、さっくりと自殺するなり発狂しるなりしてさっさと終わらせた方が楽なんだよw
しゅんいちろうぜろぜろはちさん@11/3両国 #DDTUP @shunichiro0083 2014年10月2日
まあ、自分は耕助氏は真犯人の自死を敢えて見逃している場合もあるのではないか、と思ってますけどね。犬神家の場合などは典型で。もっと凄い結末すらありますし。
ぼっちのなすべぇ @go2_kota 2014年10月2日
事件の解決を「けじめ」とか「事件後のギクシャクの消滅」ってしてしまうと、それはもう探偵ではなく為政者のお仕事だと思うんだけど…。もしくは関係者が全部死ぬまで…。
smw @Shi_MeiWo 2014年10月2日
ニュースで時々聞く「アフリカで村の男達が容疑者を私刑によって殺害した」なんて事は日本でも最近まで存在していたのね。
言葉使い @tennteke 2014年10月2日
そういえば御手洗潔も「水晶のピラミッド」で「彼らの求めているのは真実じゃない、一族の傷を小さくできる口実さ」みたいなことを言っていたように記憶している。
言葉使い @tennteke 2014年10月2日
御手洗潔は割と最近の人だけど、明智小五郎も明治だか大正だかの若かりし頃は「僕は警察の狗じゃない」って言って、犯人の自主性に任せていたような気がする。この台詞は映画「屋根裏の散歩者」だけど。
Aki @Aki_8ara 2014年10月2日
ここで思い出したけど、中島みゆきの「ファイト」で、どうやら高校出てから東京に夢をかなえようと考えていた娘が「生まれた故郷に恩返しはないのか」「お前の身内もおれんようにしてやる」という歌詞があったけど、すでに私には理解不能だった。
Aki @Aki_8ara 2014年10月2日
山形のマット殺人とか、岩国の集落殺人、秋田の診察所の医師が追い出されるとかの話を聞くとよそ者を強く排除する原理は生き残ってるみたいだけど、もはやとどめ置く力はとっくの大昔に喪失してる感じ
Aki @Aki_8ara 2014年10月2日
もはやある地域で閉じて地位や社会階層を維持することが困難になったから、それまでの地方の権威は民主主義の仕組みを利用して、中央からの資金還流で権威を維持してきたけど、いい道作って高速道路も通したら、地域の若者はローカル線列車より気軽に車に荷物放り込んで街へ出ていきました。という50年がかりのストーリーw
じゃりねこ@12/8或る図青海Bマa50 ‏ @jyaricat 2014年10月3日
イギリスはその風土気候から(島国であり閉鎖性が強い)、日本と似た気質である、なんて随筆だったか論説だったかを読んだ記憶があります。
2hooo! @2hooo 2014年10月3日
根本的的解決<<<解決した体裁を整える事 だから。徹底的にやって揉めるよりシャンシャンのほうが合理的だったんでしょう。臭い物に蓋をしてとりあえず前進方式。埋めたのすら忘れて時々蓋を踏み抜いて大惨事はご愛嬌。
徳永基二 @tokunagamotozi 2014年10月3日
扶養の問題を社会化すれば閉鎖的因習がなくなるという問題でもないと思う。孤児院や老人ホームが閉鎖的な空間化することも十分ある。
徳永基二 @tokunagamotozi 2014年10月3日
オープンであるとか近代的であるというのはローカルか中央かということにあるのでなく、明文法規に基づいた裁き、権利義務がはっきりしている、原理原則かに基づき筋が通っている。という点にあると思う
@NekochaQB @NekochaQB 2014年10月4日
金田一時代はつまり 地方権威による人治主義の枠内で恨みの残らない解決という着地点を模索する物語。そして、封建的な権威が衰退し都市化のすすんだ現代のコナンは法治主義に則っている。真相の解明までが探偵の領域、裁くのは法権力。
ephemera @ephemerawww 2014年10月5日
しかし現代においても、人心の納得するところは必ずしも法理念、法権力の定めるところと一致していない。人治主義的な共同体の倫理観としてけじめを求める思想は現在も残っているし、別の角度から見ればそれこそが「和」だろう。そして日本の治安を支えているのは法ではなく和だと思う
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