アニメ「BLUE SEED」放送開始20周年 制作前夜のお話 その1

監督の神谷純さんが当時の企画制作事情についてtweetされました。 6本のOVA企画から、TVアニメシリーズ(ビデオ販売目的)に変わる、アニメビジネス史の転換点が語られています。アイジーがTVアニメを作るマンパワーを持っていなかったという点でも時代を感じさせます。
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神谷純 @junkamiya
時の経つのが何と早いことよ……としみじみ思うが、『ブルーシード』の放送開始から20年が経った。これがその第1話だ。 b-ch.com/ttl/index.php?…
神谷純 @junkamiya
『ブルーシード』の放送開始は1994年の10月4日 水曜日午後6時、テレビ東京系列。最初に自分がお話をいただいたのは確か1991年だったと思う。記憶が曖昧だ。高田裕三さんのアイデアスケッチとメモで、まだ作品のタイトルも違うものだった。
神谷純 @junkamiya
その後しばらく状況は動かなかったが、不意に、高田裕三さんがその企画を少し模様替えして雑誌連載を開始することが決定し〔コミックガンマ)、急遽ビデオシリーズとして現場が動くことが決定した。1992年に入って板と思う。
神谷純 @junkamiya
当初ビデオシリーズとして動いていた『ブルーシード』、6本の予定でシリーズ構成はあみやまさはるさんだった。その年の3月にあみやさん、美術設定の木下さんともども出雲市にロケハンに行った。
神谷純 @junkamiya
そしてそれからほどなくして、企画はテレビシリーズへと変更になり、あみやさんの先輩筋に当たる荒川稔久さんがシリーズ構成として招聘された。ただ、第1話・第2話はOVAのノリが残っていて、現場のラインもビデオ体制で動いていた。
神谷純 @junkamiya
テレビシリーズとなり、当時のプロダクションIGでは物量的に全話を制作することが不可能となり、現場制作に葦プロダクションの協力をいただき、全話をキッチリ半分ずつ分担することとなった。
神谷純 @junkamiya
そして『葦プロ側の監督』として加戸誉夫さんが参加した。加戸さんが助監督として表記されているのはその為。こうして絵の現場は二つの会社でパラレルに動くこととなった。
神谷純 @junkamiya
『ブルーシード』がOVAからテレビシリーズになったのは、当時のキングレコード・スターチャイルドレーベルが『無責任艦長タイラー』で、作品をビデオ商品として売る上で、まずはテレビでオンエアさせるという商品戦略があり、それを踏襲したもの。
神谷純 @junkamiya
制作が動き出して間もなく、音響監督として若林和弘さんも決定し、若林さん、キングレコード・プロデューサー大月さんとキャスト会議がもたれた。紅葉役の林原さんはすぐ決まったが、草凪役がなかなか決まらなかった。井上和彦さんは自分から提案させていただいた。
神谷純 @junkamiya
あれ、この調子で書いてるとこれ、いつになっても終わらないや。と、取り敢えず『ブルーシード』制作前夜でした。
神谷純 @junkamiya
ああ、そうだ。もう一つだけ。高田裕三さん原作であるブルーシードは、当然ながら『ヒロインのパンチラ』も売りだった。ところがテレビ東京で放送する際それが問題となり、完成作品をビデオ編集段階で修正された。これがこの後に続く『テレビではパンツダメ』のスタートだったと思う。
神谷純 @junkamiya
でもって、修正された第1話が放送されたんだけど、その時の提供スポンサーのCMで女の子が盛大にパンチラしてた。これは苦笑するしかなかったなあ。

コメント

ぼんじゅ〜る・Fカップ @France_syoin 2014年10月3日
日本神話がらみだとはいえ、のっけから下ねたかよw
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