日本語コミュニケーションってやつは
- reservologic
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「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくこの世は住みにくい。」と言ったのは夏目漱石だけど、この言葉が指しているのは紛れもない日本語社会で、西洋社会のことじゃないと、最近ある人のツィートを見て強く思った。
2014-10-05 22:53:13この人は外国人で高度な日本語の使い手でありながらもう日本語を捨てると言う。この人と会話したことはないけど、ネットで読む限りこの人の書く日本語の文章は格調があり語彙も豊かで、その意味で美文だった。僕は職業柄学んだ日本語でここまで到達するのは大変なことだと知っているから感心していた。
2014-10-05 22:58:48せっかくそこまで到達した日本語なのに、彼は日本語なんか学ぶんじゃなかったと後悔する。日本語を話す人間は敵だとまで言う。直接の原因は彼にネット上で絡んだ心ない人たちだったのだが、彼がそこまで言うのは日本語のコミュニケーションツールとしての限界だったと知って考えさせられた。
2014-10-05 23:03:48僕は豪州人に日本語を教えるとき、ディベートの手法を使うことがある。それは、彼らが言語を道具のように使ってゲームとして相手をやりこめることに楽しみを見いだしているからで、その道具として日本語を使わせることで日本語能力がつくことを知っているから。
2014-10-05 23:06:13でも、ディベートは日本人に対しては危険な遊戯だと学生に注意するのは忘れない。日本語を使って智力で相手をやりこめていくと角が立ってしまう。日本語は情緒を表す道具としては優れているけど、相手を説得する道具としては優れていない。そしてそれが日本語を捨てる彼が気づいたことだった。
2014-10-05 23:09:40日本語でディベートをしようとすると、智力に勝る者が勝つのではなく、声の大きい者が結局その場の雰囲気を制して勝利を収めてしまうということがよくある。そうなると、話し合いに筋を通すことよりも、怒ったり泣いたりした人間をなだめることにエネルギーを使わなければならない。
2014-10-05 23:13:01ある意味日本語の達人となった彼は、日本語では理路整然とした筋を通したディスカッションができない、つまり彼の自己表現の道具として使えない、ばかりか相手からも自分自身からも無用な憎悪を引き出してしまうと悟ったのだと思う。そして彼は日本語にさよならをする文章を書いた。皮肉にも日本語で。
2014-10-05 23:17:53彼は、日本語にさよならする美文を日本語で書かなければならなかった。そのために、皮肉にも日本語の最大の効力である情緒性が発揮されて、おそらく、彼の元には日本人から日本語を捨てないでくれ、日本を嫌いにならないでくれと、なだめたりひきとめたりするメールがたくさん届いているだろうと思う。
2014-10-05 23:19:47僕は学生に日本語でディベートさせてみて、日本語がディベートに向いていない言語だとは思わない。彼らは与えられた道具を使いこなしてちゃんとゲームを進めることができる。日本語をディベートの道具として使いこなせないのは日本人の方だと今更ながら気づかされて、考え込んでいる。
2014-10-05 23:22:49日本語を捨てることを決意した外国人の彼が日本語社会がディベートのできない社会だと悟ったその次には、おそらく、日本語社会はあるきっかけで情緒が制御不可能になりあっけなく崩壊してしまう危険を孕んだ社会であり、それはどうしようもないことだと悟ったのだろうと思う。
2014-10-05 23:43:45日本語の達人でありながら日本語を捨てる決意をした彼の知っている社会は、ディベートによってバランスが維持され、人間性や基本的人権が守られている社会だから、日本語社会が、ディベートが情緒に負けて機能しない社会だと彼のなかで明確になったとき、恐ろしさと嫌悪感を感じたのかもしれない。
2014-10-05 23:48:41彼が感じているディベート手法の通じない日本語社会の情緒性に対する危惧は、たぶん彼だけのものではない。日本人のなかにもなんとかしなきゃと思っている人はたくさんいると思う。でもどうやったら何とかなるかは僕にもわからない。ディベートを害のないゲームとして教育に取り込める下地がないから。
2014-10-05 23:54:12そして、教育でディベートをとかのんびり言っている時間もことによると無いかもしれない。日本語社会の情緒性がヘイトスピーチの形をとって高まってきているのがわかるから。理屈で分からせられない人々がどんどん増えて来ているというのは確かに恐ろしい。秘密保護法もそんななかで成立してしまった。
2014-10-05 23:59:24思えば、秘密保護法ときの衆院、参院での委員会のやりとりは、ディベートがまったく機能していなかった。筋の通った意見が聞く耳をもたれない様子をまざまざと見せられて、途方に暮れた人は多かったんじゃないだろうか。日本語を学んだ外国人なら日本語を捨てることができるでもぼくらにはできない。
2014-10-06 00:02:53@reservologic debateどころか、それぞれに異なる意見の表明さえこの国では難しいのでは? 他者からの、同質ではないことの表明を自分の存在そのものへ否定ととる人、「それぞれの違うありよう」を認める以前に、違いの存在そのものを否定しようとする人々のなんと多いことか…。
2014-10-06 08:37:31他所から来た人が、全く自分と同質であることにイライラするという逆の面もあって、それがヘイトスピーチに込められていると思う。日本語達者な外国人の彼が感情的にがまんできなかったのはそこ。RT @morikei317: 違いの存在そのものを否定しようとする人々のなんと多いことか…。
2014-10-06 08:42:32@reservologic 昔勤めいていた会社の労組会議で、若さゆえに、普通の人なら遠慮するべき核心を突いた質問を放ったら、その場では回答が得られず別室に呼ばれた。こういうのも日本独特だよね。フェアじゃない。
2014-10-05 23:17:04「日本語がディベートに向いていない言語とは思わない」に同意。私は息子とよく日本語で議論します。彼は英語の方が得意なので気の毒なんですがつきあってくれる。それは彼が子どもの頃からディベートを言葉のゲームとして学習しているから。日本語のせいではない。@reservologic
2014-10-06 00:11:42ディスカッションはより良い方向性を探る方法。そのディカッション能力を鍛える練習がディベートだから、話し合いによって物事を決める社会では必須。英国では移民用英語クラスでもディベート試験がある。初級なら1対1、中級だと5〜6人でのディベートを審査される。@reservologic
2014-10-06 00:33:56ディベートは思考実験/訓練だから自分の意見とは異なる主張を擁護しなければならない場合もある。これで訓練すると、実際の議論で意見が対立しても終了後まで引きずらなくなる。RT@TrinityNYC ディベート苦手の問題はsocial なんだろうな、と思う。@reservologic
2014-10-06 10:32:50@reservologic 日本人相手は難しい。泣かれても逆上されても、切り込んだこっちが悪いような雰囲気になってしまって、やっていられなくなる。相手にするんじゃなかったと、後悔することも度々。
2014-10-06 04:34:55