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敵🔪🔍🥖🈂🥄🐟🦀 @JimberMelonArms
とりあえず『フランス軍入門』以外に簡単にWW2フランス軍に触れられる入門書が存在しないおかしな現状には異議申し立てを続けていきたいですね。
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
よーしおじさんフランス降伏記文字起こししちゃうぞー^^
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
開戦当初、再三に亘るヒットラー総統の声明に、ドイツの敵はフランスではない。イギリスである。民主主義の仮面を被ったイギリスの特権階級であると警告されながら狡猾なイギリスの策謀にのせられたフランスは遂に精鋭なるドイツを敵とするに至ったのである。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
フランスは遂に屈服した。世界有数の共和国は今や新しい形骸を需めて再出発しようとして居る。今や世界歴史は、ナポレオンのフランス、ロベスピエールのフランス、そしてペタン―ヒットラーのフランスと、巨大な文化の三段階を検討するの好機に直面した。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
フランスの降伏は、個人主義自由主義の敗亡だと簡単にかたづけ去る訳にはゆかない。フランス敗るる瞬間、その機微の間に実に一民族の蘇生の芽が培われて居たことを見逃してはならないのである。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
茲に訳出して紹介するのは、元フランス情報部長ジャン・プルーヴォーの経営になる有力紙パリソワールの編集長ピエールラザレフが米国へ亡命中の船中で書き留めたフランス敗戦の実相である。一国家の苦悶の姿を是程如実に描き出した文献は滅多にない。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
限られた紙数の内に、出来る限り原文の要点を移植した。是でも原文意訳の約半数にも足りない紙数であるが、十分にフランスの苦悶を御紹介し得たと信ずる。(記者記す)#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
五月十日の早暁、フランスの陸相モーリス・ガムラン将軍は、巴里と前線との連絡上数日前に移動したシャトー・ドヴィンセンヌの要塞内の参謀本部で、ベルギー及びオランダ戦況を聴取して居た。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
聴き終ると一九一四年のマルヌの戦闘で優秀な作戦を以って敵の意図を破砕した往年のガムランはやおらペンをとりあげた。「戦闘開始だ。」とつぶやきながら第一司令を書いたのである。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
「昨年(一九三九年)十月以来予期されたる戦闘は今朝開始された。ドイツ軍は我等に向かって決戦せんとして居る。フランス軍並に我が連合軍は勇気と、全力と、信念をもって是に当る可し。…」#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
過去八ヶ月の間、国民及び閣僚の反対を押し切って武力の遂行を抑えて来たこの小柄な将軍は遂にその運命の司令を発したのである。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
ポーランド戦、フィンランド戦は勿論、オランダ、ベルギーの両国にさえ積極的な軍派遣を決定しなかった理由は、過去十五年間にフランス政府が軍備予算を否定し続けた為十分な機械化部隊が無い。フランスはマジノ線を護って抗衛戦に出る他はないと言うのにあった。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
しかし此のガムランの主張は政府及び国内輿論の全般的な支持を得ては居なかった。で、五月廿二日に従来彼の支持者だったエドワール・ダラディエに替ってポール・レイノーが新首相となるや密かに彼の更迭が画策されて居た。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
五月十・十一・十二の三日間に亘ってオランダ、ベルギー、ルクセンブルグへの援護進駐が開始されたが既におそい。ドイツ会社の請負で建設されたオランダのアルバート運河が突破されてオランダの死命は独軍の手中におちた。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
又、小マジノ線もアルデンヌ附近でわづか八時間の間に突破されて五月十四日には独軍部隊は雪崩をうってセダン地方へ侵入して居たのである。翌十五日にはフランスとベルギーを遮断する独軍の企図は成功し、天才的作戦家ガムランの計画は僅々五日間にあます処なく粉砕されたのである。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
五月十七日巴里に飛来したチャーチルは、英二個装甲師団をフランスに上陸させる確約をし、夕刻「勝利か死か。フランスは勝たねばならぬ。」と言う悲愴な司令をガムランは発したのである。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
翌十八日、レイノーは内閣を改造した。ヴェルダンの英雄フィリップ・ペタン将軍を副首相に、ダラディエは外相に、強硬派ジョルジュ・マンデルを内相に任命し、翌十九日には突如ガムランを罷免しマクシーム・ウェイガンを後任に決定シリヤの任地から招還した。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
忽ちに国内には流言が飛び前大戦の英雄ガムランは自殺したとか政府によって銃殺されたとか言われたが、八日の後、巴里近郊の邸園でばらの手入れをしているガムランの姿を見かけたものがあった。#フランス降伏記
東條の人@バーチャル美少女院生 @Ayukawa_Reiji
五月廿一日、シリヤから巴里へ乗り込んだ七十三歳の老将軍ウェイガンは副官を伴れて早速飛行機で前線視察に向った。乗機は忽ちに敵砲兵の射撃に迎えられた。飛行士はふるえ上った。#フランス降伏記
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