- DD_crescent
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……あの後、北方海域の攻略に着手した私達の艦隊はしばらくの間快進撃を続けました。 曙のことは、今ではもう誰も口にはしません。 あの日の夜、めいめいが――ある者は祈り、ある者は杯を捧げ――曙の喪失を悼んだだけでした。
2014-10-12 05:47:52それは、戦いが続く日々の中では仕方のないことなのかもしれません。 勿論、彼女と親しかった潮や、もしかすると他にも心根のやさしい艦娘がひとりで、あるいはごく親しい者達との会話の中で曙の名を出して涙する ことはあったのでしょうけれど。
2014-10-12 05:48:05制圧済みの海域が増え、新たな仲間も次々に加わり規模を増した、そんな私達の進撃が、あるときぴたりと止まる事態がおきました。 キス島……そう呼ばれる島の沖に巣食う敵の中枢に、精鋭たる第一艦隊が何度挑んでも辿りつけないのです。
2014-10-12 05:48:31「……今回もダメだったわ……申し訳ありません、提督」 「そうか……こうなると、もはやいたずらに挑むだけではどうにもならん、と考えるしかないな」 私は秘書艦の仕事をしながら、さすがに疲弊した様子の陸奥と提督の会話を横で聞いていました。
2014-10-12 05:48:51「……これまでも奴らの巣食う海域では“羅針盤が狂わされ”て深部への進攻が阻害されることはあった。だが、ここまで強力に進攻を阻む狂いは 始めてだ。体感として……あの海域に何か感ずるものはないのか、陸奥」 「そう言われても……それがわかれば困ってないわ」
2014-10-12 05:49:56「あの……ひとつ提案があるのですが、よろしいでしょうか」 「なんだ。言ってみろ、三日月」 「一先ず、攻略よりも海域について調査を進めてみるというのはいかがでしょうか」 私は戦艦や空母で編成された艦隊の出撃に伴う、備蓄資源の減少速度に少々危機感を抱いていました。
2014-10-12 05:50:10「燃費の良い……私たち駆逐艦であの海域を調査して、何か手がかりを探すんです」 「ほう……確かに、資源の備蓄が最近おそろしい速度で減っていたからな……」 「三日月ちゃんの案に賛成。私たちもこのままただ出撃してちゃ士気がもたないわ」
2014-10-12 05:50:25そんなやり取りを経て、第一艦隊は電探やソナーを装備した少数の駆逐艦で構成し直されることとなりました。 提案した私も、これですぐに何かが掴めると思ったわけではなかったのですが……やがて帰投した艦隊から、驚くべき報告がもたらされたのです。
2014-10-12 05:50:43「提督、どうやら僕達はアタリを引いたみたいだ」 「アタリ、だと? まさか」 「うん……今までに報告のないルートに乗れた、と思う。生憎とあの装備と編成だったから、早々に撤退せざるをえなかったけれど」
2014-10-12 05:51:02焦げ跡をつけ破れた服のままの時雨がもたらした報せに私も提督も驚かざるをえませんでした。 「まさか早々に攻略の糸口を掴んでくるとはな……よくやった。先ずは休息し、回復に努めろ。次も出てもらうぞ」 「了解、提督」
2014-10-12 05:51:14「三日月、お前のおかげでもあるな」 「え……何がでしょう……?」 「お前の提案がこの結果をもたらしたのだ。冴えていたな」 「そんなことは……」 「相変わらず、控えめな奴だ。まあ、それがお前の持ち味なのかもしれんが……ともあれ、編成を考えねばな……」
2014-10-12 05:51:27駆逐艦ならばあの海域の羅針盤の狂いに惑わされず進攻できるようだ、とはいったものの、時雨の報告では敵深海戦艦についても言及されていまし た。 つまり、駆逐艦のみで戦艦を相手にしなければならない、ということであり……それは私の気を重くさせるには十分でした。
2014-10-12 05:51:45基地に在籍する駆逐艦の名が記された名簿を黙ったまま見ている提督。 私はそっと珈琲を淹れたカップを置いて……提督が編成を決めるのを待っていました。 「……」
2014-10-12 05:51:57と、コンコン、というノックの音と 「失礼、入るぞ」という声が。 提督の返事を待たずに執務室に入ってきたのは、長月と菊月でした。
2014-10-12 05:52:13「……なんだ、入れとはまだ言ってないぞ」 「無礼は承知の上……此度は是が非でも聞き届けてもらいたいことがあってな」 「単刀直入に言うぞ。次のキス島沖攻略、この長月と菊月を編成に加えてくれ、司令官」
2014-10-12 05:52:26長月も菊月も、私よりだいぶ前からこの基地にいましたが、睦月型の例に漏れず、最前線よりももっぱら輸送などの遠征に従事していたはず…… 経験の長さから錬度は相応に高くなってはいると思われましたが、未制圧の海域攻略へは……
2014-10-12 05:52:47「二人で話し合ったんだ。今度の海域が駆逐艦でしか攻略できないというのであれば、そここそが私達の命の賭け時だ、と」 二人の目は、この上なく真剣でした。
2014-10-12 05:53:13その気持ちは、私にもわかります……輸送も立派な任務。そう自分に言い聞かせつつも、戦う艦として生まれた記憶に、自負に、駆り立てられる。 過去の戦いで敵と刺し違えるでもなく、座礁してなす術もなくその命を絶たれるしかなかった艦の魂を受け継げば、戦いへの想いは強くなる。
2014-10-12 05:53:27「……ここ最近、新たな仲間も増えた……遠征に出す駆逐艦にも、困りはすまい」 「……いいだろう。お前達が適任であることはわかってはいたのだ。6隻の中には長月と菊月の名前を入れておこう」 「感謝する……必ず、期待に応えてみせる」
2014-10-12 05:53:39二人は、死ぬと決まったわけでもないのにそんな顔をするな、だがもしもの時は後を頼むぞ、と言い置いて退出してゆきました。 「……今回はまだ、無理を押して突破を強行する段階ではない。今からそんな顔をするな」 提督にも、言われてしまいました……そんなにひどい顔をしていたでしょうか……
2014-10-12 05:54:38そうして提督は再び編成と装備を思案し始め、私はその横でまた資材の出納の記録をつける作業に戻りました。 いつも通りの、静かな時間。 遅い時間になったら私が提督に珈琲を淹れるかどうか尋ねて、提督がその夜の進捗と気分で答えて…… 「……提督、」
2014-10-12 05:54:59コンコン。と。 執務室の扉がノックされる音。何故か、ひどく嫌な予感がしました。 「……誰だ、こんな時間に……」 「失礼します、司令官……」 そうっと開かれた扉の隙間から覗いた顔は、如月のものでした。
2014-10-12 05:55:15「……どうした。任のない者は消灯して寝ている時刻だぞ」 「ごめんなさぁい……でも、どうしても司令官にききたいことがあったの……次の作戦、長月と菊月も出撃させるって、ホント?」 手を後ろに組んで、上半身を可愛らしく傾けて尋ねる如月。
2014-10-12 05:55:40