「キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー」 #5

カンタロはイチジクの肩を抱きながら、ギンイチに笑いかける。「ねえ、それ、アベ一休のTシャツでしょ……」「あ、ハイ」「すごいアンテナ高いですね、さすがです」「イエ……」「どうしたの?」イチジクが、うつむいたギンイチの顔を覗き込もうとする。「イエ、ちょっと酔ってしまいました」
2010-11-03 18:50:33
「本当に大丈夫?」「オカマイナク……」「ヨタモノは朝までやってます。朝まで騒ぎましょう」カンタロがにっこり笑った。「サケを買ってきます」カンタロはパンクスをかきわけ、カウンターのほうへ移動していった。「僕は、トイレに」ギンイチは、弱々しくイチジクに笑いかけた。
2010-11-03 18:53:49
「トイレ、あっちだよ」イチジクの声を背中に受けながら、ギンイチはうつむき加減に出口へ向かって歩いた。痩せたキンタロ・パンクスが興奮しすぎて過呼吸になったのか、ギンイチの前で痙攣しながら倒れた。ギンイチは上の空でそれを踏みつけ、なおも歩く。モクギョコアが再びフロアに轟く。
2010-11-03 18:57:23
なにを期待していたんだろう、僕は。そりゃそうだ、あんな魅力的なゲイシャパンクガールに、ボーイフレンドの一人や二人。今日この場に誘われたぐらいで、僕が特別な何かだとでも?戦車戦、アベ一休のTシャツ。そんなことで思い上がって。これじゃ昔のケシゴム事件と変わらない。
2010-11-03 19:02:32
読者の皆さんは「ナムサン!なにをそんな大袈裟な!ちょっとしたテリヤキ・スキンシップに過ぎないじゃないか!」とあきれてしまうかもしれない。だが、哀れなギンイチにそんな余裕は無かったのだ、そんな心の「タメ」を育てる環境は、これまでの彼の短い人生には、無かったのだ。
2010-11-03 19:09:52
ギンイチは戦うまえに負けていた。ミヤモト・マサシであれば、まさにこの情けない状況を前に、「敵前のスモトリ、ドヒョウ・リングを踏まず」とコトワザを詠んだことだろう。
2010-11-03 19:12:50
ギンイチはケータイIRC端末で時間を調べた。まだ電車で帰ることはできる時間だ。調べるまでもなく、ママからのノーティスがいっぱいに入ってきている。ギンイチは防塵ブルゾンのポケットに端末機を押し込み、出口のノレンをくぐり抜けた。
2010-11-03 19:17:47
地上へ上がる階段がまるでハリキリ処刑台へ向かう階段のように思われた。うつむき、よろよろと段を踏みしめ、上がって行くギンイチ。狭いその階段で、彼はヨタモノへ降りて行く客とすれ違った。
2010-11-03 19:23:17
ふわりと漂ったなんともいえず不快な臭気に驚き、ギンイチはすれ違った背の高い男を振り返った。……トゲトゲ?
2010-11-03 19:24:40
背の高い男はコートも着ずに、びくり、びくりと時々痙攣しながら階段を降りて行く。ズバリかオハギでガンガンにキメているのだろうか?「あー…あーイイ…肉…」妙な男はそのまま地下の闇に飲み込まれていった。ギンイチは今夜見たなかで一番強烈なパンクスから視線を外し、地上へ上がった。
2010-11-03 19:30:31
「あと10分後に開始してください」。ケータイIRC端末でSOUKAI_AGONY宛てにWhisperをコマンドした後、タメジマ=サンは思わず天を仰いだ。天といっても、そこは『ヨタモノ』のスタッフ茶の間オフィスの低い天井が見えるだけだが。
2010-11-03 21:39:49
タメジマ=サンを取り囲んでいるのは、6フィート以上の屈強な体格をもつ四人のシシマル・パンクスであった。なるほど、この4人のアイキドー使いに、今は亡き元スモトリ・タケゴは手玉に取られてしまったというわけだ。無理もない。
2010-11-03 21:45:49
ここでタメジマ=サンがたとえばチンピラ防塵スーツの内ポケットへ手を入れたとする。その瞬間、前後左右からアイキ・パンチが繰り出され、タメジマさんは全身を複雑骨折して病院送りとなるであろうことは間違いない。
2010-11-03 21:48:23
「オマエはバカか? 繰り返しノーを突きつけられるために、わざわざまたこうしてやってきたのか? お前のドンくさいバウンサーみたいにシコタマ殴られたいか?」 部屋の隅のチャブテーブルにあぐらをかいたまま、『ヨタモノ』オーナーは凄んで見せた。
2010-11-03 21:56:24
「へへへ、いやあ、もう物騒なことはやめようと思いまして。危ないんで」タメジマ=サンは卑屈な笑みを浮かべて見せた。「考え直しちゃあ、くれませんかねえ? もうね、同意取れてるんです、こちらさん以外……」「カーッ!ペッ!」オーナーが痰を吐いた。
2010-11-03 22:03:24
痰は放物線を描き、四人のシシマル・パンクスに囲まれたタメジマ=サンの額にピシャリと当たった。四人に囲まれた状態で、タメジマ=サンはハンカチに手を出すことすら許されない。恥辱!
2010-11-03 22:04:35
オーナーは親指・人差し指・中指をくっつけ、小指と人差し指を立てて威嚇した。これは日本古来から存在する明確な敵意表現であり、キツネ・サインと呼ばれる。「オトトイキヤッガレ!」オーナーはどやしつけた。
2010-11-03 22:08:23
「へへへ、いやいや、物騒はやめました。かわりに、後戻りできないことしちゃいまして、もうね、アンタも私も、後戻りできないんです、ええ」タメジマ=サンは笑い出した。笑いながら、泣き出した。オーナーが眉をしかめたそのときだった。「アイエエエエエーエエエエエ!」
2010-11-03 22:11:45
表のフロアで鳴り響いていたモクギョコアが、ウギョウギョと不快なノイズを発し、ぷっつり途絶えた。その静寂を、痛ましい悲鳴が切り裂いた。パンクスの怒号があがりかけるが、「アイ、アイエエエエエエ!」さらに痛ましい悲鳴が、ざわつきを制してしまった。
2010-11-03 22:13:55
「お前らそこで待っとけ!」言い置いて、オーナーは茶の間オフィスを飛び出した。静寂のフロア。騒ぎの発端はDJブースだ!何が起こっているかを知ったとき、オーナーの口からも悲鳴がほとばしり出ていた。「ア、アイエエエエエエエ!」
2010-11-03 22:29:37