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<私>の存在の比類なさと一神教

中田先生と永井先生との対話。通読したかったのでまとめた。
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永井均 @hitoshinagai1

中田考氏によれば、私は「一神教の真の意味を理解している数少ない日本人」であるそうだ。そもそも一神教の信者でもないのに? 不思議な評価だが、ほかならぬ中田氏にこのように褒められると、なんだかちょっと嬉しい。『イスラームのロジック―アッラーフから原理主義まで』 (選書メチエ)も参照。

2014-10-11 22:50:58
中田考 @HASSANKONAKATA

@hitoshinagai1 」(永井均『<私>の存在の比類なさ』57頁) <私>とは唯一者であり、「最も重要な意味において隣人をもたない」もののこ とであった。「他の<私>とは、だから、矛盾表現であり、他の<私>の存在と は、一個のパラグックスでしかありえないはずなのである。

2014-10-12 18:46:55
中田考 @HASSANKONAKATA

@hitoshinagai1 唯一者の複数性。隣人をもたないものの隣人。たとえそのようなものがどこかに存在するとしても、それが<私>の世界の中に登場してくることは原理的にありえないはずなのだ。

2014-10-12 18:48:14
中田考 @HASSANKONAKATA

@hitoshinagai1 他者が存在するとは、しかしそのような不可能性が存在するということ、すなわ ち<私>の世界の中に登場してくることが原理的にありえないものが存在すると いうことに、ほかならないのではなかったか。・・・(49頁)

2014-10-12 18:48:39
中田考 @HASSANKONAKATA

@hitoshinagai1 <私>であるという奇跡が<人>の持ついかなる物理的・心理的諸性質によっても規定され得ない・・・中略・・・そしてこの場合、創造者がたとえばスピノザ的な「神あるいは自然」でありえなかったことも、また理の当然であった・・・(58頁)

2014-10-12 18:49:29
中田考 @HASSANKONAKATA

@hitoshinagai1 <私>の存在は奇跡であるから、その創造者は「神」でなければならない。そしてもしそうだとすれば、神とは<私>を識別できる唯一の他者であることになるはずだ。・・・(59頁)

2014-10-12 18:49:47
永井均 @hitoshinagai1

@HASSANKONAKATA 返信有難うございます。しかし、そのことから必然的に一神教が帰結するというよりは、むしろ神は単に〈私〉の神になってしまうのではないか、という疑問があります。それはたしかに多神教ではありえないとはいえ、通常の意味での一神教といえるのか?という疑問です。

2014-10-13 08:36:49
中田考 @HASSANKONAKATA

@hitoshinagai1 お返事有難うございます。今の〈私〉と過去の〈私〉、そして有り得ざるべき「〈私〉たち」の間に有り得ざるべきコミュニケーションが成立しているとすれば、唯一の〈私〉の神は「〈私〉たち」とそれらの「世界」の唯一の神でもなければならないのではないでしょうか。

2014-10-13 13:23:19
永井均 @hitoshinagai1

@HASSANKONAKATA なるほど。「有り得ざるべき」ことが(なのに)現に有るということが発条になって「世界」の唯一の神になるわけですね。それは(私には)よく理解できる道筋ではあります。

2014-10-13 22:23:28
中田考 @HASSANKONAKATA

@hitoshinagai1 はい。〈私〉の唯一性という奇跡が神の唯一性の証明であり、〈私〉の唯一性とは神の唯一性の顕現に他ならず、〈私〉は神と世界の接点であり、それゆえ世界開闢の場となるのだと思っております。

2014-10-13 23:45:29
永井均 @hitoshinagai1

@HASSANKONAKATA むしろ、こちらが先ですね? 次に「有り得ざるべきコミュニケーション」が成立しているので〈私〉たちとそれらの「世界」の唯一の神にもなるという順番。よく理解できますが(私などが心配しても仕方がないけど)この二つに神概念が分裂してしまわないかが心配です。

2014-10-14 12:58:16
中田考 @HASSANKONAKATA

@hitoshinagai1 この二つの神を一つと見做す(信ずる)のが、アブラハム的(啓示的)一神教の信仰の精髄かと思います。

2014-10-14 15:33:20
永井均 @hitoshinagai1

@HASSANKONAKATA ああ、そこで信仰が成立するのですか! ひじょうによく分かりました。ところで、このやり取りを、いま『文學界』に連載している「哲学探究」に、そのまま引用してもよろしいですか?

2014-10-14 20:23:33
中田考 @HASSANKONAKATA

"@hitoshinagai1: @HASSANKONAKATA ああ、そこで信仰が成立するのですか! ひじょうによく分かりました。ところで、このやり取りを、いま『文學界』に連載している「哲学探究」に、そのまま引用してもよろしいですか?" 光栄です。有難うございます!

2014-10-14 20:26:19

コメント

rikubouz@SSTR2409 @rikubouz 2014年10月14日
これ、内田先生とレヴィナス論を交えて対談とかしてもらうとものすごく面白い話になりそうだなあ。やってくれないかなあ。
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もぐら・ねぐれくてっど @sagtmod 2014年10月20日
確かブーバーに対比論考がありますが、恐らく意味を理解された上で意図的に、類似の概念では一神教に結び付けるなら選ばれ易い筈のキェルケゴールの「単独者」でなくシュティルナーの使った「唯一者」を選ばれたのでしょうから、それが一神教の意味に結び付けられたという点への言及が何かあれば、自分にとっては興味深かったですね。
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