君が望む全て

綺羅さん(@kiraboshi219)による薄桜鬼の創作小説第19弾。 最終回、更新しました。 第1弾「黒と白~斎藤一~」http://togetter.com/li/587101 続きを読む
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🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

買い物帰り、ふと思いついて立ち寄った貸本屋で、懐かしい地名が目に入った。 名所図会伊予西条。 興味本位で手に取って中をざっと流し読み、胸にじんわりと温かさを覚えながら、左之助は大きな片手で書を閉じた。

2014-10-26 19:38:17
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

「悪い、また来るわ」 店の者に声をかけ、食材を入れた籠を肩にかける。 機嫌良く軒下から一歩出て、左之助は「あっ」と声を漏らした。

2014-10-26 19:38:45
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

「喧嘩__してるんだったな」

2014-10-26 19:38:54
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

左之助の気持ちを代弁するような曇天からは、今にも涙が降って来そうだ。 軽い舌打ちと共に、すっかり短さに慣れた髪に指を入れて、力任せに頭を掻く。 帰らないわけにも行かず、気まずさを抱えたまま、左之助は我が家へと足を向けた。

2014-10-26 19:39:22
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

どちらか一方が間違っているとは思わなかった。 左之助の言い分を、千鶴にわかって欲しかった。 千鶴の言う事はもっともで、 左之助はそれを否定するつもりはない。

2014-10-26 19:39:44
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

常に二人が同じ意見である必要はないし、むしろ千鶴が自分の意見をしっかり持っているところも、惚れた理由の一つだ。

2014-10-26 19:40:05
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

男と女の考え方の違いかもしれない、と左之助は思った。

2014-10-26 19:40:21
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

自分の過去の経験が、そうさせてしまったのは明確なのだが__左之助は着物の上から、傷のあるあたりを無意識に撫でる。

2014-10-26 19:40:34
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

日暮れまでまだ時間はあるというのに、気の早い家から、煮物だろうか、甘辛い醤油の香りが漂って来て、左之助の鼻を刺激した。

2014-10-26 19:40:58
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

家庭の匂いは左之助をひどく哀愁に誘い、ごちゃごちゃと考えるのをすっぱり止めて、 こみ上げて来る愛しさに背を押されるように、速歩で往来の風を切って行く。

2014-10-26 19:41:19
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

左之助と千鶴の慎ましやかな家は、町の外れに借りてある。 騒々しくも充実し、篤い仲間に囲まれた数年間の中で左之助と出会った千鶴には、この静けさが意外だったことだろう。

2014-10-26 19:41:38
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

隣家と言っても随分距離があり、畑の向こうにぽつんと立っているのが、左之助が選んだ二人の新居だった。

2014-10-26 19:41:57
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

家の後ろ手には低い山があり、華やかさを増していく東京の市中とは比べ物にならないほどの田舎暮らしを敢えて選んだ。

2014-10-26 19:42:08
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

変わって行く新しい世の中に身を置きながら、変えたくない旧い生き方も捨てられず、最近再会を果たした永倉や斎藤も似たような事を言っていたのを思い出し、こみ上げてくる笑いを、奥歯を噛み締めて堪える。

2014-10-26 19:43:04
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

「ただいま」 会いたい、顔を見たいと思っていた千鶴の後ろ姿が目に入って来ただけで、左之助はひどく安堵する。

2014-10-26 19:43:21
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

「おかえりなさい、左之助さん」 その声に、その姿に、左之助は今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られるが、

2014-10-26 19:43:33
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

千鶴の首筋に腕を回し、殆どぶら下がっている格好の少年の姿が、左之助を半ばがっかりさせた。

2014-10-26 19:43:45
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

「まだいたのか、そいつ」 そいつと呼ばれた少年こそが、左之助と千鶴の些細な諍いの元凶となった張本人である。

2014-10-26 19:43:58

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🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

正午を迎える頃、左之助と千鶴が野良仕事から家に戻って来ると、家の後ろから誰かが泣きじゃくる声が聞こえてきた。 不安がる千鶴を制して裏に回った左之助の目に入ったのは、殆ど裸で、膝を抱えて蹲っている少年だった。

2014-11-01 18:44:57
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

少年の体は乾いているものの、水を浴びせられたと思しき痕跡が、乱れた髪から見てとれた。 「おい」と腕を引き上げその顔を見た時、左之助は一瞬にして、少年の身に何が起こったのかを察する。

2014-11-01 18:46:57
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

過去の自分を目の前にしたような衝撃を受けた。

2014-11-01 18:47:13
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

体の到る処に痣と腫れを持ち、左之助を見上げる瞳の奥には、人を恐れない傲慢さが見え隠れしている。 長身の左之助に見下ろされても物怖じしない態度を、左之助は子供の頃の自分に重ね、妙に納得してしまう。

2014-11-01 18:47:31
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

左之助は少年にその場で待つように言い置き、そっとこちらを伺っている千鶴の方に体を向け直した。背中で少年をかばうように。 「着る物出してやってくれねえか」

2014-11-01 18:47:45
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