10周年のSPコンテンツ!

胡籙ログまとめ

舞楽「太平楽」の話題を発端にした、胡籙(やなぐい)、靫、その装着位置や矢のつがえ方などに関するログをまとめさせて頂きました。
人文 弓具 舞楽 武具 胡籙 太平楽
12

うめぞー @shima_nata
今年の正倉院展の図録で、胡禄を背に負ったと解説している。しかし私の認識では背に負うのは靫、腰に吊るすのが胡禄。 この画像は奈文研の飛鳥資料館の展示。おそらく正倉院宝物を参考に復元しているのだと思うけれど、やはり腰に吊るしている。 pic.twitter.com/txvymoyOAD
拡大
うめぞー @shima_nata
この類を見て度々思うのは、矢を引き抜く時には比較的鏃に近い位置を右手でつまんで、構えながら左手にポジション替えて、弦を引くという手順になるのかなという、一連のリアクション。 果たして、効率はこれで良いのか? 弓道やってた弟に聞いても、まずわからんだろうな……(´・_・`)
うめぞー @shima_nata
靫の胡禄のと何をぼやいているのかと申しますと、また『太平楽』に話が戻ります。 天王寺楽所の舞人の背負っているのは靫なのだと思います。 なので、私の認識では、鏃が上を向いているのは当たり前なのです。 pic.twitter.com/i6dPlBgo0z
拡大
うめぞー @shima_nata
ところが、天王寺楽所でも南都楽所でも、これは平和の舞なので、矢が逆さまに入っているのですと解説しています。 日本と中国では違うという事なのでしょうか……そのうち、調べます(´-ω-`)
藤川みょうこう @asahiji_myoko
福井市立郷土歴史博物館の常設展示室では、鼓山古墳出土の靫(背中に背負い、鏃を上に向けて装填したもの)、天神山7号墳出土の胡簶(腰に下げ、鏃を下にして装填したもの)と、靫も胡簶もどちらも展示しておりますので、ご興味ある方はぜひ。 >RT
葛城 @siyarion
逆鏃なら射撃に必要な正しい所作が出来ない=撃つ意図はない=あくまで儀式の為の所作である事を見るもの全て、特に敵対していかねない各貴顕に示す…為の逆鏃なのでは、と。説明も、平和の舞だとの事ですし。大陸と違うなら、こういうのは日本ならではの様式美なのかもしれないですねえ。>逆鏃RT
【やなぐい】

 矢を納めて配属する器具。
 胡籙は、元来、矢を盛った容器の皆具(一式)を総称した。(※「有職故実図典」より)

 『倭名類聚鈔』調度部、征戦具には「周礼注云、箙(音服、夜奈久比、唐令用[二]]胡籙二字[一])。盛[レ]矢器也」とみえ、さらに「唐韻云、胡簏(胡鹿二音)、箭室也」としている。
 漢民族は、矢の容器として服とも箙とも書き、簶(※示偏)とも書く。異字でも同音で籙(※金偏)とも書き、禄や鹿にも宛てる。さらに北方の騎馬民族の胡族使用の籙を愛好して胡籙と称した。
 この用字が採用されて、和訓に該当させたのであるが、構造と実態は漢民族のそれとは相違があるので注意を要する。
 しかも音・訓のよみと用字の実態の内容は、時代により、使用者の地位・職掌により、取り扱い上の区別がある。
 鎌倉時代までの「やなぐい」は胡籙と書くのを例とし、「ころく」と音読することから略して小六とも書いた。

 『東大寺献物帳』御矢一百具には、靫四具に対して、胡籙九十六具を伝えて使用の趨勢を示している。この胡籙の形状は、正倉院以下に伝存する遺品に参看すれば、矢先を揃えて納める方立(ほうだて)と呼ぶ箱の後部の身寄りの板を延長して簳(やがら)を寄せかける背板とし、これに矢を搦む前緒、矢束ねの緒、腰に巡らす後緒などの装束の緒を配備し、矢と合わせての皆具(かいぐ)を胡籙と総称する。

 矢を解した容器だけは、その形状の類似から筁(えびら・蚕簿とも書く)といい、箙の字に宛てて用いるのを例とした。『今昔物語集』巻28第37話に「節黒ノ胡籙ノ雁胯二、并ニ征矢四十許差タルヲ負タリ、蚕簿は塗蚕簿ナルベシ、黒クキラメキテ見ユ」とあるように、節黒の征矢を持った胡籙に対し、その箙が黒塗りであることを伝えている。このような記載例は極めて多く、中黒の胡籙(『明衡往来』)、石打の胡籙(『源平盛衰記』)、鷲羽の胡籙(「錺抄」)などいずれも挿した矢からの呼称である。

 令制以来、諸国所造の年料の器杖は、国ごとに数量は相違するが、甲・横刀・弓・征箭・胡籙であり(『延喜式』兵部省)、甲は挂甲、胡籙は葛(つづら)製である。『弘仁式』主税にも「造[二]胡籙一口[一]料、黒葛一斤、漆三夕、糸一分、緒鹿革一条」とみえる。木防己(あおつづらふじ)科の多年生葛草の茎の皮のままなのを黒葛といい、皮を剥いて晒したのを白葛という。この白葛製の上にさらに漆を塗って漆胡籙ともいう。正倉院中倉に伝えられた胡籙は、白葛・黒漆葛・赤漆葛の類である。なお高級の舶来の藤製の藤胡籙、板製の板胡籙、その上に彩色文様を加えた絵胡籙、錦を貼った錦胡籙の類がある。
 この葛胡籙が野矢とよばれ、衛府や検非違使の官人、随身などの佩用品として官庫の備品とされ、惣箙(そうえびら)とよばれた。『御照念院殿装束抄』小随身胡六事には、「中山記云」として、「随身箙者、諸衛惣箙也、而家例用[二]猪皮[一]、是摂籙人上下臈随身共用[二]猪皮[一]」と伝え、猪逆頬の箙は五月の騎射にも支配の大将家から射手に貸与するのを例とし、武士も式正の箙としてこれを継承した。
 かくて次第に胡籙も箙と並んで容器名と解して取り扱われるに至り、ついには胡籙は公家用、箙は武家用という解釈さえ生じた。 (鈴木敬三)

【ひらやなぐい 平胡籙】

 平威儀の武官の腰に負う胡籙の一種。胡籙は、矢と矢数を揃えて鏃を指す方立という箱と、方立の背面を延長して矢並をととのえる背板に、装束の緒からなる。この方立と背板による矢の楊喜を箙と呼び、材質に多く「つづらふじ」を編んで用い、皮を剥いて晒した白葛、皮付きのままの黒葛、さらに黒漆塗りや赤漆塗りの漆葛があり、儀仗化して板製となり、彩絵や漆塗りとなり、蒔絵や螺鈿が施された。この胡籙の矢並みをつくろって矢羽根をひろげ、筋違いに指して体裁を整え、腰当たりをよくするために、背板の肩をそいで裾広に、方立を細長い箱にしたのを平胡籙という。
 すでに奈良の正倉院には矢以下を欠いて容器だけであるが、白葛の平胡籙がみられ、板製以前の古様を伝えている。
 儀仗としての平胡籙の構成は『物具装束抄』一、平胡籙事に「羽、篦(矢十六也、此内落箭)、水精括(筈又波須トモ)、尻鏑二(或七、号[二]皆鏑[一])、箙(木地螺鈿、大臣対象用[レ]之、蒔絵螺鈿、相刷日、花族公卿将用[レ]之)、丸緒、蒔絵弓」としている。
 方立の正面と左右には大きく牙象型の窓をあけ、中には鏃を指す筬(おさ)とよぶ簀子を入れ、前後に錦包みの櫛形の板を加えて揺るぎ留めとした。(後略) (鈴木敬三)

逆名 @sakana6634
まとめに追加予定の図版です(1) 「有職故実図典・有職故実大辞典」(鈴木敬三/吉川弘文館)より pic.twitter.com/AtQ8atvkR7
拡大
【ゆき 靫】

 矢を盛り入れる容納具。
古くから使用されたことは、埴輪にも表現されて著明である。名称は、『倭名類聚鈔』調度部、征戦具に「靫(初牙反、由岐」とあるように「ゆき」と訓み、時には濁って「ゆぎ」ともいう。衛門府の武官である靫負も「ゆき」または「ゆげい」と呼ぶ。
 『古今要覧稿』器財部に「按にユはヤと通音ケは笥にて箭笥をいふ義なるべし」とみえる。『古事記』『日本書紀』には、「千入(千箭)の靫」「五百入(五百箭)の靫」「天磐靫」などの名称が神代巻にみえ、『延喜式』に規定する伊勢神宮神宝中にも**姫靫・蒲靫・革靫がみえ、これが時には中絶したこともあるが、おおむね二十一年ごとに調進されて、今に俤を伝えている。
 その
構造は長方形の筒型の箱で、背板を高く、前板を低めに作り、上の口から矢を差し入れ、前板下部ぎわにに手形という楕円形の窓を刳って矢を抜き出すのに用いたが、近世は全く形式化して手形を欠き、左右の側に鐶を打って、上下相対して四ヶ所に付けた紐も今は左右一カ所だけになっている。
 
ただ、埴輪や舞楽「太平楽」の装束所用の靫は、鏃を上にしている形態を示している。
 しかし、
奈良時代には矢の容納具は胡籙中心となり、靫は平安時代になると実用の範囲を脱して、もっぱら威儀の料と化し、一般の使用は衛府及び検非違使の官人の料に見るだけとなり、慣習的に衛府官は上差を加えて七隻、検非違使は二隻に規定された。
 従って胡籙が広く使用されるにつれ靫に対する認識が薄らぎ、その
形状から単に壺と言い、後世、胡籙の一種と解して壺胡籙(つぼやなぐい)と呼ぶに至った。その為、従来の靫の名称に対し、これと区別する必要上、これに挿した矢の数によって二隻挿したのを靫、上差しと共に七隻差したのを壺胡籙とも**解したのである。
 『衛府官装束抄』に「看督長はゆきををふ也、靫といふは、此定に漆ぬりたる木のきれをおゐて、白羽の箭を二すぢさすなり、靫負佐看督長四すぢさす也、(中略)壺といふ物は、靫にはたがひたり、壺はうちより五すぢ、いたつき二すぢ外よりさす也、諸衛の随身等も壺をおふ也、看督長ばかり靫をばおふなり」とみえ、『伴大納言絵巻』にも当代における区別を明示している。
 靫は、壺胡籙と呼ばれるに至って、総体を平たく、専ら牙象(げしょう)型に造られ、胡籙の細部の手法を摂取して、底に下簀板を入れて矢配りとし、手形の中に鎹金物(かすがいがなもの)を打ち、小紐を通して前緒として矢搦みにあて、塗も平胡籙に準拠して、黒漆地・塵地・沃懸地(いかけじ)などとし、時に蒔絵・螺鈿などを加えて、位階により、時宜によって使用を異にしたのであるが、一般に平胡籙を軽視した結果、遺品は極めて尠く、古いものとしてはわずかに石清水八幡宮伝来という東京国立博物館所蔵の室町時代の形態を窺わせるものを見るだけである。
[参考文献]鈴木敬三「靫と胡籙」(国学院大学編『古典の新研究』二所収) (鈴木真弓)

逆名 @sakana6634
まとめに追加予定の図版です(2) ◆靫埴輪(群馬県太田市西長岡出土/東京国立博物館蔵) webarchives.tnm.jp/imgsearch/show… … ◆安芸.石見地方神楽紀行/ウェブリブログ hiroshimakagura.at.webry.info/201201/article…pic.twitter.com/650CYcCb8t
拡大

逆名 @sakana6634
そいえば映画「空海」見て描いてた武官の後ろ姿も腰から胡簶下げてました pic.twitter.com/XUNlta1xAk
拡大
まやのみつる @mayanomi
@sakana6634 すみません、きちんとTL遡ってないだけかもしれないのですが、胡簶は腰から提げていても「負う」と表現するのでしょうか?『伊勢物語』四段(確か?)「芥川」で、「男、弓・胡簶を負ひて戸口にをり」とあったこともあり、てっきり背に負うものだと思っておりました。
まやのみつる @mayanomi
あれ、今まで「負ひて」とある文しか読んだことないけど、でももしかしたら、原典がひらがな表記で「弓・胡簶をおひて」だったなら、「帯びて」の可能性もあるのか?
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9
@mayanomi @sakana6634 横からすまぬ。胡簶は「負う」ものだな。 逆名殿の絵のように、矢自体は背負っている状態になっている。 胡簶は道具の名だが、矢を入れる道具だ。使いたいのはむしろ矢の方だ。だから胡簶を持つ=矢を20本ほど持つ、という意味がある。
逆名 @sakana6634
RT>ほほう。矢メインだと「負う」になる…なるほど…
ちー @piyokochee
胡禄で検索したら中国のページが出て来た。画像は唐の時代の胡禄らしい。矢羽じゃなく鏃から引き出すところがおもしろいね。>从“胡禄”说起——兼论古代藏矢之器的源流演变_冷兵器吧_百度贴吧 tieba.baidu.com/p/545000494 pic.twitter.com/Hus5u29X95
拡大
逆名 @sakana6634
参考:章懐太子墓壁画(唐代)の武人。これも腰から。 pic.twitter.com/lPNyTsTP9H
拡大
逆名 @sakana6634
ちょっと範囲広がっちゃうけどこちらに類似の箙の説明あります 古代テュルク系遊牧民の服飾と武装 | ad744 #pixiv pixiv.net/member_illust.…
ちー @piyokochee
日本の武士は、箙(えびら)と言う矢を入れる籠も腰に付けて使っていたらしいけど、これは籠に鏃を上にしてばさっと入っているんじゃなく、鏃が下になってて、鏃近くを持って引き出す方式。このツイートで紹介されてる胡禄復元展示とそっくりだ。>twitter.com/shima_nata/sta…
ちー @piyokochee
箙からどうやって矢を引き出すかというとこんなかんじらしい。ハリウッド映画なんかで西洋風の肩口から矢羽を持って矢を引き出すやり方を見慣れてるから逆に新鮮。これも中国伝来の胡禄からの発展っぽい。>古式戦場弓術-薩摩日置流腰矢 youtube.com/watch?v=86nQy7…
リンク YouTube 古式戦場弓術 ‐ 薩摩日置流腰矢 Satsuma Hekiryu Koshiya
ちー @piyokochee
あ、いや弓矢の歴史は知らないけど、胡禄のツイート見て、胡禄は箙の先祖っぽいなあと思ったので…(^^;。どうして、いつごろ、誰の手で? 中国の袋にまとめて放り込む胡禄から、箙みたいな方式に変化したんだろう??
残りを読む(50)

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする