蒼い蟻#2

事務所の助手ミレイリルはある日綺麗な蒼い蟻を見つける。突然喋り出した蒼い蟻。彼は盗賊の死霊で、未練を抱えているという。彼の胸の内にある願いと、それを阻む過去の影。 この話は#4まで続きます
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(前回までのあらすじ:霊障事務所の見習い助手、ミレイリルは、蒼い蟻を発見する。彼は盗賊のギンダルで、死後死霊として復活して蒼い蟻に憑依した。彼の未練、彼が隠した伝説の古酒を探すため、ミレイリルたちは地下の坑道へと潜る)

2014-11-04 16:13:46
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蒼い蟻のギンダル、霊障コンサルタントのレックウィル、そしてその助手のミレイリル。この三人は乾燥した廃坑の中を進んでいた。トロッコのレールは半分砂に埋もれ、錆びている。三人は雑談をしながら、ギンダルが隠したというポイントに向かって歩いていた。ガスランタンの光が闇を裂く。 35

2014-11-04 16:17:58
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「俺は嫁が欲しかったんだゼ。盗賊なんていつもくだらないと思っていたゼ。情けない生き方をしていたゼ……」 光に照らされたガラスケースの中の、ギンダルの声が響く。ミレイリルはそれに相槌を打ったり、話題を繋げたりしていた。「何で貴方は盗賊なんか始めたの。知りたいな」 36

2014-11-04 16:21:35
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「まァ捕まったら縛り首だからナ、疑問も当然だゼ。俺は馬鹿だったゼ。女の子に振られて、自棄になって酒を飲む毎日。俺はいつの間にか転げ落ちるように犯罪に手を染めていた……縛り首も当然の人生だったゼ」 ミレイリルは悪いことを聞いてしまったと思った。 37

2014-11-04 16:26:52
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「貴方はどんな人と結婚したいと思っていたの?」 「ハハ、今では届かぬ夢だゼ。真っ当に生きていれば、人並みの暮らし、人並みの死に方もできたかもナ。俺は結婚するなら、髪の長い女性と決めていたゼ」 ギンダルは夢見る女性像をつらつらと語りだした。楽しそうに、嬉しそうに。 38

2014-11-04 16:29:43
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「俺は夢を見ていたゼ……でも、それはただの酔っ払いのたわごとだったゼ。俺は酒を手にいれたかったゼ。俺が、一生かかっても手に入れられない、高い酒。それを飲んでみたかったゼ。愛や恋は掠奪では手に入らないが、酒なら奪えば手に入るゼ。でも、それで足がついて……お似合いの末路だゼ」 39

2014-11-04 16:34:30
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それから、ギンダルはしばらく静かにしていた。ミレイリルは深く聞きすぎたことを後悔した。「ごめんなさいね、辛いこと聞いちゃって」 「いいや、よかったゼ。俺のくだらない生き様、誰かに話せてよかったゼ」 静かな坑道に、足音が響く。突然、レックウィルが立ち止まる。 40

2014-11-04 16:37:33
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「ミレイリル、背中かいてくれないか。両手がふさがっててさ」 こんなふざけたお願いは初めて聞いた。ミレイリルは直感的に彼の意図を察する。彼の背後に立つと、超短距離テレパシーで会話が繋がった。“ミレイリル、誰かが僕たちを追っている。静かに足音を忍ばせて……恐らく一人だ” 41

2014-11-04 16:40:13
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魔法の道具によるテレパシーだ。謎の追跡者について、ギンダルは心当たりがあるという。“俺の盗賊仲間にグライルという男がいるゼ。あいつ、俺の隠した古酒を欲しがっていたゼ” レックウィルは魔法の道具でギンダルの記憶を探り、情報を共有した。霊の扱いならお手の物だ。 42

2014-11-04 16:43:59
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“僕が戦う。ミレイリル、君は先に行っていてくれ” ミレイリルは頷き、レックウィルを追いこして歩きだす。レックウィルは次の瞬間、右手の薬指の指輪をこする! 「追いかけろ、蛇の牙!」 一瞬にして追跡者の座標は特定され、麻痺毒を与える力の奔流が闇を駆ける! 43

2014-11-04 16:48:12
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完全な奇襲、一瞬で勝負がつくはずだった。だが、闇から飛び出した影は、空中に光の札を張り巡らす! 「かかったな! 術返しだ!」 追跡者が叫ぶ! 追跡者は呪文の縫い込まれたマントを着ていた。ギンダルの情報には無かった、彼は仲間にすら隠していたのだ。本当の手の内を。 44

2014-11-04 16:55:12
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「魔法盗賊か! 逃げろ、ミレイリル!」 レックウィルは叫ぶ。麻痺毒の奔流が光の札で反射され、レックウィルめがけ飛翔する! 45

2014-11-04 16:58:19
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ミレイリルは思わず立ち止まる。「避けて!」 だが、レックウィルは獰猛に笑うと、宝石の光るステッキを掲げる! 「僕をなめるなよ、ミレイリル! 走れ!」 すると、黄色いオーラがレックウィルを包み込み、麻痺毒の奔流はそれにぶつかって中和される。ステッキは光輝く! 46

2014-11-05 16:30:51
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襲撃者……グライルは、マントをはためかせて、その下の手で印を結んだ。坑道全体に振動が伝わっていく。ミレイリルは驚いてあたふたと駆け出した。魔法使いを見続けるのは自殺行為だ。強力な魔力が視線から侵入し、致命傷を受けてしまう。ミレイリルは振り返らずに坑道の闇に消えた。 47

2014-11-05 16:35:25
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レックウィルは襲撃者がグライルだと分かった。ギンダルと記憶を共有したからだ。グライルは背が高く、短髪で、もみあげとうなじを刈り上げている。マントの下から覗く服はありふれた布の服だ。一見魔法使いには見えない。ニヤニヤとした顔でこちらを舐めるように見ている。 48

2014-11-05 16:39:20
減衰世界 @decay_world

レックウィルはガスランタンを投げ捨てた。硝子が割れて、彼を取り巻く魔力の風に火が吹き飛ばされる。辺りは完全に闇に沈んだ。ここから先は魔法使い同士の超感覚の勝負だ。レックウィルはステッキを右手に持ち、呪文を唱えながら先端についた宝石を磨く。魔法が起動する。 49

2014-11-05 16:44:05
減衰世界 @decay_world

「まがい物の魔法道具使いだな、オマエ。俺に勝てると思ってるのか? 俺は本当の魔法使いだ」 グライルの脅しをレックウィルは笑い飛ばす。「本当の? 魔法使い? 冗談を言え。お前は魔法をインプラントしているだけじゃないか。それもかなり粗悪な手術だ。全部見えるぞ」 50

2014-11-05 16:49:08
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グライルの頭に上っていく血の熱さまでレックウィルは分かっていた。魔法の詰まったシリンダーを身体にインプラントすることで、どんな人間でも魔法は使える。恐らく闇医者にでも手術してもらったのだろう。実際、帝都の本物の魔法使いだったらすでにレックウィルは死んでいる。 51

2014-11-05 16:53:28
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ただ、相手が三流魔法使いだからと言って手を抜くことはしない。魔法は感情の戦いだ。常に揺らぎ続ける意志の戦い。油断は即死に直結する。レックウィルのステッキから光が失われ、辺りは完全に闇に沈む。地面を蹴る音。レックウィルが仕掛けたのだ。指輪が光る燐光。 52

2014-11-05 16:58:41
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グライルは逆上した頭を冷やし、間合いを維持する。周囲の地形を感知し、生命存在を感知する。グライルは蚤のように跳ねて逃げた。床を蹴り、天井を蹴る。レックウィルはそれを追う! 坑道全体の振動は激しさを増し、小石や砂が天井がら落ちていく。レックウィルの指輪がさらに光る。 53

2014-11-05 17:02:52
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レックウィルは坑道の振動を抑えようとしていた。指輪が光る。グライルの魔法が坑道を刺激し、落盤を誘発させようとしている。相手も雑な手術とは言え、かなりの実力者のようだ。恐らくグライルの魔法の力を知ったものは皆、殺されていたのだろう。ギンダルが知らないのも無理は無い。 54

2014-11-05 17:08:05
減衰世界 @decay_world

だが、グライルの魔法感知範囲はそれほど広くないようだ。レックウィルには分かっていた。この先は行き止まりだと。しかし、奇妙なことに、レックウィルの感知範囲からグライルの生命反応が消える。驚愕して立ち止まるレックウィル。行き止まりを魔法の光で照らす。やはり誰もいない。 55

2014-11-05 17:12:49
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坑道の振動も落ちつくかに見えた。そのとき、レックウィルの背後に誰かの気配。レックウィルは振り返り、ステッキを振って魔力破の魔法を影に向かって解き放つ。鋭利な魔法の矢が影を貫く……かに思えた。「しまった!」 そのときレックウィルは自らの油断を呪った。 56

2014-11-05 17:17:54