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ブシドーの誤解について

武士道に関する誤解について、日紅さんの解説まとめ
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鳥羽輝人 @big1guycotz

武士道はそもそも美化できるものではない。 新渡戸稲造の『武士道』を読んで大いに違和感を感じたものだ。

2014-11-09 21:27:33
極東屋 @kyokutouya

俺も戦国のほうがしっくり来るね。 トクガワハラキリ武士道は嫌い

2014-11-09 23:57:53
紅月 @kunoizu

クソ真面目に武士道について。

2014-11-11 22:15:14
紅月 @kunoizu

この話題好きだナァ。ところで、徳川ハラキリと言うのは何で、戦国の武士道とは何だろうね?

2014-11-11 22:16:28
紅月 @kunoizu

ハラキリ武士というと新渡戸の『武士道』がしばしば引き合いに出されるんですがね。本当に江戸時代の代表的な武士道なのかな? 新渡戸といえば、盛岡藩の出で、盛岡といえば代々外様だったよな。確か。とすれば、盛岡特有のハラキリ文化かも知れず、逆に戦国の武士道とは何を代表とするのだろう?

2014-11-11 22:22:23
紅月 @kunoizu

では、『葉隠れ』だろうか?とも思うところだが、葉隠れ自体にしても戦国時代から大分時代がくだって書かれたものであって、戦国時代のそれとまったく同質である、かどうかは定かでない。 そもそも武士道とは何なんだろうね?

2014-11-11 22:26:25
紅月 @kunoizu

新渡戸が言うように「守るべき確固たる教義や公式を持たないために、武士道は朝の一陣の風で合えなくも散っていく花びらのように、その姿をまったく消してしまうだろう」と、いうことでだね。 教義や公式がないが故に逆に武士道というものを幾らでも定義して、幾らでも復活させることは出来ると思う→

2014-11-11 22:33:12
紅月 @kunoizu

んですよ。これは逆に武士道の強みだと思う。教義ではなくエッセンス。道などと言いながら、エッセンスの集大成なのだ。 だからだね、したり顔で「武士道は安易に語ってはいかん」というのは、はてそいつはどうかね?躾をやらん理由探しをしとらんか。大事な本質を教えてやることもまた武士道では→

2014-11-11 22:37:41
紅月 @kunoizu

ないのかと、思うぞ。まぁ、つまりは「日本人って何なの?」という問い、そのこと自体を武士道の延長として捉えてしまっていいのではないかと思ったり思わなかったりするんだ。 さて、ここからが寧ろ本題なんだが、戦国時代にその「武士道」の価値観を作り上げていったのは何だろうか?

2014-11-11 22:42:15
Mame @tibiinu75

@kunoizu 戦国までの武士道は何が何でも戦いに勝つための心得です。現代の道徳的なものではありません

2014-11-11 22:42:28
紅月 @kunoizu

わぁー、この今からの話題に先にレスを返される感(笑) というわけでだね、まぁ戦国時代なんかの武士の価値観というのを考えてみると朝倉宗滴の「武者は犬とも言え、畜生とも言え、勝つ事が本である。」や他の武将の同じような発言を引くまでもなく戦場に生きるストイックさが前提になるのだな。

2014-11-11 22:48:21
紅月 @kunoizu

そのストイックを裏付けるのは例えば『太平記』であったりするような軍記物語だとか、或いは『貞観政要』などの書物であったりするわけだ。 それら書物や、先代からの口伝なんかが元と成り、そこからエッセンスを抽出したものが武士道で。エッセンスさえ含まれていればどんな形であれ武士道と言って→

2014-11-11 22:56:23
紅月 @kunoizu

いいわけで。「新渡戸は何か違うナァ」と言って、平家物語なり太平記なりそういうものをを読むなりして、武士とはこうであるのか、となれば実に武士道の継承者的であるように思う。そういう御仁がいたら私は凄く好きだけどね。まぁ、何が言いたかったのかと言うと、江戸とそれ以前とか一見すると→

2014-11-11 23:02:53
紅月 @kunoizu

分かりやすい区分で、却ってダブルバインドに陥ってるんじゃねぇの? という話で。どっちの武士道がどうだこうだじゃなくて、両方とも武士道で、さらにそういうエッセンスを含めたものを自分で今の時代に適応させていくのが武士道なんじゃねぇの?的な。まぁ、結局新渡戸と同じようなこと言うけど→

2014-11-11 23:06:52
紅月 @kunoizu

「あの象徴たる桜の花のように、四方の風に吹かれたあと、人生を豊かにする芳香を運んで人間を祝福し続けることだろう」であって、さて、ではこれからはどのエッセンスを抽出して武士道のようなものを作っていくのか。あるいは成るにまかせてそのまま潰すのか。自灯明のような話。

2014-11-11 23:16:51
紅月 @kunoizu

そうだ、新渡戸に関して一応附記しておくけど新渡戸はラブレー氏とのやりとりの中での「宗教教育や道徳教育はどうしているのか?」という質問から『武士道』を著したのでって、「宗教教育、道徳教育の面から切り取った」武士道を海外向けに構成しているに過ぎないぞ。

2014-11-11 23:44:48
monocat℗ @monocat33

@kunoizu 日本人が理想とする精神があそこにはある、という解釈ですね。 pic.twitter.com/tyIImxXX5O

2014-11-12 00:15:25
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紅月 @kunoizu

えーと、とりあえず何か武士道についておすすめの本 奈良本辰也氏の『武士道の系譜』 40年ほど前の本だけど、成り立ちから年代を追って武士道を探求した本。 文庫版かつ安価。

2014-11-13 00:09:21
紅月 @kunoizu

と、いう訳で武士道の誤解について。

2014-11-14 23:39:34
紅月 @kunoizu

戦国時代がマキャベリズムの時代の如き言い分も正確性を欠く。アングロサクソンとの明確な差異はもののあはれであり、その思想は戦国時代においてすらも全く失われていない。 また、江戸時代の武士道については多分に誤解をされていると言ってよかろう。例えば、まず挙げられるのが、二君に仕えずであ

2014-11-14 23:40:42
紅月 @kunoizu

るが、これは江戸時代の「家」という制度に即した文言に過ぎず、厳密な言い回しをすれば二家に仕えずになる。江戸時代の政治体制にあってはお家を大事としたので、お家存続のためには手段を選ばなかった。現に家臣団が主君を押し込めるということはしばしばあり、そのことが武士道に反すると言われるこ

2014-11-14 23:41:34
紅月 @kunoizu

ともない。忠誠の対象が家に変わったに過ぎず、甲陽軍鑑の様な姿勢と全く逆になったという訳でもない。多少、守成的ではあっても、それは守成の世だからこそである。 また正々堂々というのも武士道の規範の如く言われるが、これにも多分に誤解が含まれていると言っていい。 正々堂々とは辞書を引けば

2014-11-14 23:42:26
紅月 @kunoizu

軍隊などの陣構えが整い、勢いが盛んなさま。とある。即ち、威容の話であって、武者ならば華やかに堂々とという話に過ぎず、武士道においては卑怯でないということは二義に過ぎない。例えば、不意討ち、だまし討ちのようなものにあっては、討たれた方の不備を恥とし、討った者に武士道が無いとは言わな

2014-11-14 23:42:59
紅月 @kunoizu

い。これはそもそも、武士道の根幹に常在戦場があるからであり、そのことを頭に入れておかないと過つ。 情けにも触れておこう。勝者が敗者にかける情け、というのはいかなる美徳であるか。そもそも根幹として、平安鎌倉の頃よりその本質は変わらない。情けには二通りあって、一つが勝った者に負けた者

2014-11-14 23:43:37
紅月 @kunoizu

が付き従うという事。道徳的な話だけでなくて、もっと根本的な実用的な話だ。だから、情けをかける。戦いが終われば敵でないからである。 もう一つがもののあはれ、についてである。敗者にあはれを感じ、それを許すのである。いわば、最大限の人格の尊重と言っていいだろう。心の機微である。それは時

2014-11-14 23:44:09
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