「まだ降ってる?」「はい。結構強いです」先程から本降りになった雨が執務室の窓ガラスを叩いている。「本降りになる前に終わらせたかったな」提督はため息をついて最後の書類に捺印して神通に手渡す。「では来月の補給計画はこれで提出いたします」「よろしく頼む。ちょっと傘がないか探してみる」
2014-11-20 22:43:23「傘、ありましたか?」「ああ、机の足元に一本転がってたよ」提督は傘についたホコリを払って広げてみる。「酷い保管状態だったけど、使うのに問題はなさそうだ。神通、今日はこれであがっていい」「わかりました」神通も頷き、自分の担当する書類を引き出しに仕舞う。「兵舎まで送るよ」
2014-11-20 22:48:00「いえ、一人で帰れますから」「ダメだ」遠慮して執務室を後にしようとする神通を提督が呼び止めた。「あの、提督?」「この雨の中一人で傘もささずに戻る気か?」執務しのある建物から神通たち軽巡に割り当てられた兵舎まではゆっくり歩いて10分はかかる。「でも、提督の手を煩わせるわけには」
2014-11-20 22:53:00「ただのお節介だよ」提督は執務室の扉を閉めて施錠する。薄暗くなり始めた廊下の窓も雨に打たれて静かなリズムを刻んでいる。「実戦では、雨でも雪でも関係ないですから」「今は実戦じゃない。楽を出来る時は楽をしたっていいんだ。それに秘書艦に風邪をひかれても困るしな」
2014-11-20 22:56:23玄関のポーチから手を伸ばした提督は手についた雨滴を払って苦笑いを浮かべた。「この降り方じゃ走っていっても兵舎につく頃にはパンツまでびしょ濡れだよ」「わかりました。ではお言葉に甘えて」神通は提督に言われるがまま、彼の傘の中に入る。「こんなところを他の連中に見られたら大騒ぎだな」
2014-11-20 23:00:31「大丈夫です。この天気ならわかりません」神通は提督に並んで歩く。「そうかもな」雨粒が傘に当たり、重い音を立てながら滴り落ちていく。「提督、肩が濡れてます」しばらく続いた沈黙を破ったのは神通だった。「ん、これくらいすぐに乾くさ。それより神通、君も肩が濡れているぞ」
2014-11-20 23:04:51遠慮という名の幅20センチの隙間が二人の間に横たわり、傘に守らていない方の肩を雨が濡らしていた。「こうすれば濡れないだろう」提督は傘を神通の方へ押す。「いえ、私よりも提督のほうが」神通は傘を押し返す。「いやいや、君は肩がまる出しなんだから、濡らしたら体を冷やすだろう」
2014-11-20 23:09:26「提督も夏服なんですから、無理をなさらないでください」かそんなやり取りが何度か繰り返されるうちに、二人の肩が触れた。「あ」「あっ……」「これなら濡れないな」「そうですね」寄り添ったまま、歩調を合わせて歩く。「少し、遠回りしてもいいか?」「私も、すこし遠回りしたい気分です」
2014-11-20 23:11:52