『アフリカで頑張っている日本人の話 東アフリカのウガンダで衣料メーカーを経営する「ウガンダの父」柏田雄一さん(83)』

『アフリカで頑張っている日本人の話 東アフリカのウガンダで衣料メーカーを経営する「ウガンダの父」柏田雄一さん(83)』 ツイート:三浦英之(朝日新聞アフリカ特派員) @miura_hideyuki ツイート日:2014.11.20
国際
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三浦英之 「牙」が本屋大賞ノミネート @miura_hideyuki
①今日はアフリカで頑張っている日本人の話を。東アフリカのウガンダで衣料メーカーを経営し、「ウガンダの父」と呼ばれる柏田雄一さん(83) pic.twitter.com/bA2SXSO1m9
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②大阪生まれ、大阪育ち。大阪外大を卒業し、入社した衣料メーカーで社長に呼ばれた。「ウガンダというアフリカの国で我が社のシャツがバカ売れしとる。灼熱の大地で裸の黒人がなんでシャツなんて買うんや。お前、ちょっと行って見てきてくれんか?」
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③時代は1950年代末。日本人の多くが「アフリカにはサバンナが広がり、黒人がヤリを持って動物を追いかけている」と信じ込んでいた(今でもそうかもしれないけれど)。柏田さんは何度も飛行機を乗り継いでウガンダに渡った。空港について驚いた。
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④「暑いどころか寒かった」。高原に位置するウガンダの平均気温は23度。第二次世界大戦中には英国が首都をウガンダに移そうかと考えたほど、緑豊かな冷涼国だった。空港から首都へは真っ黒な舗装道路が延びていた。「こりゃ、大阪よりも進んでいるわ」。当時英国領で人々は英国式の暮らしをしていた
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⑤柏田さんはウガンダで現地政府と日本企業との合弁会社を設立。現地人125人とシャツ作りを始めた。ウガンダ人は手先が器用で、礼節を重んじる。操業が徐々に軌道に乗り始めた1962年、国内にクーデターが起きた pic.twitter.com/B5hMkZf6Pp
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⑥反乱軍の将校が社長室に乗り込んできて、銃口を向けて「工場前に工員を集めろ」と命じた。工員を虐殺されると思い、とっさに広場の支柱にたなびく日の丸を指さして言った。「わかった、でもちょっち聞いてくれ。君たち、あれは何の旗だと思う?」。将校は応えた。「知らん、コカコーラか?」
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⑦柏田さんは吹き出した。すると反乱軍もつられて一瞬吹き出したという。「違うわい、コカコーラは赤丸のなかに『コカコーラ』って書いてあるやろ。あれはジャパンという国の国旗や。東洋の島国がウガンダまで来て必死にこの国の外貨獲得のために頑張っとる。そんな工場を君たちはつぶそうとするかい」
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⑧大阪流のジョークによって、社長室の緊張が緩み、将校たちは銃口を下ろして工員を一人も殺さずに工場を去った。それだけではない。工場が反乱軍の襲撃を受けないよう、将校は兵士に工場を守らせている。逸話は工員の口から市民へと伝わり、いつしか柏田さんは「ウガンダの父」と呼ばれるようになった
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⑨その後、戦争や紛争がある度に、柏田さんは身を挺して工員や工場を守った。「ウガンダ人は大阪人に似て情が厚い。私が職場や雇用を必死で守ろうとすると、工員たちは命がけで私の家や家族を守ってくれた」。そんな会社は来年で50年を迎える。 pic.twitter.com/9DWbbLQW7B
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⑨会社のシャツは「ヤマト」のタグがつけられ、かつてはウガンダの多くの学校の制服が「ヤマト」製だった。人々は「ヤマト」を着て学び、「ヤマト」を着て就職した。ところが2000年に入り状況が変わる。「ヤマポ」や「トマト」といった超安価な模造品が出回り始める。多くが中国製だった
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⑩シャツの多くは1ドル以下。税関に賄賂を渡して無税で通り抜けてくる。「賄賂だけは絶対に払うな。品質で勝負や」。全製品を有機綿に変え、国外への輸出に活路を探るが、経営は火の車だ。それでも「俺は負けたくナイんや。中国にも自分自身にも」 pic.twitter.com/W64jBHUgWx
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⑪3年前に妻が他界し、今は一人でウガンダに暮らす。そんな「強がって生きる」柏田さんが私はどこかまぶしく見えた。生きることはつらく厳しい。それでも柏田さんは「苦労が多ければ多いほど人生は実り多きものになる」と言った。今、83歳。軟弱には私にはそんな人生は選べない
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⑫柏田さん、ウガンダに立ち寄った際にはまたお邪魔します。そして少しでも「強がって」生きれるように頑張ってみます。何でも頭で考えない、困ったときには素直に人に助けてもらう。良い勉強になりました。くれぐれもお体にお気をつけて(終わり) pic.twitter.com/NSfjribh0K
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