編集可能

武道武術の怪しい定説について

まとめました。
歴史 武術 武徳会 型稽古 inuchochin 武道
9
みんみんぜみ @inuchochin
切り上げの抜き付けが「元々介者剣術(甲冑状態での剣術)で腋の下を狙っていた名残らしい」というこの説、一番古い資料が昭和になってからの英信流師範が書いた資料じゃないかな。伝書で見たことが無い。twitter.com/omni_p/status/…
Toyosaka Laboratory @ToyosakaLabo
@inuchochin この手の話って、大体ちょっと昔に誰かが思いつきで言ったのが、定説になってしまうのが多い気がします^^;
みんみんぜみ @inuchochin
@ToyosakaLabo エライ人が思いつきで言った話が定説になっちゃうんですよね。ちゃんとした師弟関係では必然的に師匠を過大評価するし、ましてや武道家は権威に弱いからなおさら
みんみんぜみ @inuchochin
日本の武術業界の怪しい定説と思うのは、 ・長谷川英信が林崎の太刀抜刀術を打刀の抜刀術に改めた ・戦国時代の武術は戦場の殺し技として発展した(甲冑武術として以下同文) ・新陰流の正統は柳生家、そして尾張柳生家。他は某流。疋田は疋田陰流を名乗った。 あとは
みんみんぜみ @inuchochin
あとは定説じゃないけどよくある誤解は ・色々な藩に「御止流」があって藩外に秘密にされた。 ・剣術は主に形で稽古し、剣道とは全く違う ・宮本武蔵の技は宮本武蔵だけが使えて広まらなかった。 ・居合は元々立ち技だけで座った居合は平和な江戸時代になってから作られた
みんみんぜみ @inuchochin
・武徳会が古流をあつめて守ったが、GHQの武徳会解散と武道禁止で古流は衰退した。 ・天然理心流は古流剣術だから竹刀を使わず重い木刀で真剣の技を練る。 ・「剣道三倍段」とか「剣道と居合は両輪」とかの言葉は昔からある。 ・居合は一人で真剣を抜くもの
MASJ @survival_d
@inuchochin 武徳会が古流の組織化に成功したかどうかは疑わしいと思うのですが。
みんみんぜみ @inuchochin
ほかに ・起倒流の形はは甲冑組打 ・示現流は薩摩のお止め流で他には無かった。あと試合はしない。 ・現代剣道は北辰一刀流の影響が一番大きい とか
みんみんぜみ @inuchochin
@survival_d 私もそう思います。あまり真面目に実技を保存する気は無かったように見えます。
MASJ @survival_d
@inuchochin ただ、御留流に関しては、西山松之助先生や榎本鐘司先生も指摘するように一流一藩武術というのがあったと思います。流出もしたでしょうが、観念としては強いものがあったと思います。
みんみんぜみ @inuchochin
@survival_d それはあったと思います。ただ、一般のイメージよりはよく流出するものだと。特に広く藩内で学ばれてると。示現流なんかが良い例ですよね。
MASJ @survival_d
@inuchochin まぁ、藩内というのは一流一藩の定義からは外れないのですが、確かに藩の特定の層にのみ継承されたとか、そういうのは少なそうですね。
MASJ @survival_d
@inuchochin @ToyosakaLabo 剣術素人なんで、お伺いしたいのですけど、戦国時代に甲冑着た相手に流派剣術が継承している技法は通用しそうですか?
Toyosaka Laboratory @ToyosakaLabo
@survival_d @inuchochin 流派剣術が甲冑戦を想定しているかどうかということでしょうか?私も剣術素人なので分からないですが、そうであれば流派によるんじゃないでしょうか(^^;こんな試みを行っている流派もおられますyoutu.be/Iw1v67TkoE0
拡大
ちていのき @baritsu
武徳会が古流を守ったかと言えば、守ろうとはしたな。称号段位、統一形、武専で就職を確保する働きをしたから。結果として各人が柔・剣道家化し古流保存しなかったのも確かだが
tetu @tetu162000
@baritsu 古流を守ると言えば、古武道振興会は戦前の発足だそうですが、実際どんな活動をしていたんでしょうか? 今のように各地で演武会を開催等していたんでしょうか。
ちていのき @baritsu
各地での奉納演武会が主で、その関連で地方組織の立ち上げ(多くは無かったようです)と、次世代育成を狙った学校での演武や講演と言ったものだったようですね @tetu162000
ちていのき @baritsu
これ ci.nii.ac.jp/naid/400188780… に詳しいんですが、まだJ-STAGEには入ってないですね。私は直接頂いたんですが @tetu162000
リンク CiNii Articles CiNii 論文 - 対抗文化としての古武道--松本学による古武道提唱と日本古武道振興会の活動を中心に 対抗文化としての古武道--松本学による古武道提唱と日本古武道振興会の活動を中心に 中嶋 哲也 スポーツ人類学研究 (12), 51-73, 2010
tetu @tetu162000
@baritsu ありがとうございます! 自分はネットか図書館の資料位しか見れないので、勉強になります。 武徳会以外の武道関係諸団体はどんな感じだったのか、なんて調べてみてるのですが、中々難しいですね。 情報、文化を次代に残すという事の難しさを感じます。
みんみんぜみ @inuchochin
@baritsu 戦前の地方含む武徳祭や武道大会の次第を見ると、試合の前に形演武をやってるんですが、師範級の人の模範演武ぽいものだけなんですよね。あとは試合。これで古流をやろうって若者はなかなか増えませんよね。だから普及ではなく文字通り「保存」としてやっていたのかもしれません
ちていのき @baritsu
30年前の車は興味ない人にとってはただの大古車だけど、マニアには「旧車」ですからねー。戦前だと普通の人にとっての古流は前者なわけで、積極的に価値を見出してアピールしないと。ただ展示してもダメですよねw  @inuchochin

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする