編集可能

宮島達男『脳は美をいかに感じるか』

現代美術家宮島達男氏の連続ツイートまとめ 関連 Tatsuo Miyajima.com http://www.tatsuomiyajima.com/jp/ Togetter - 「宮島達男『「プロのアーティスト=絵で飯を喰う人」という幻想』」 続きを読む
美術 宮島達男
7
宮島達男 @tatsuomiyajima
RT @sendaitribune: RT @tohoku_brain: 東北大学脳GCOEでは、東北大学脳科学国際シンポジウムの一連の行事で…ロンドン大からセミール・ゼキ教授を迎えた一般向けシンポジウム…では現代美術家、宮島達男先生@tatsuomiyajima が御登壇。 http://bit.ly/gdbi2b
宮島達男 @tatsuomiyajima
1. 脳科学者セミール・ゼキ博士(ロンドン大学)と東北大学で対談するので、「脳が美をいかに感じるのか」を勉強中。前々から「美の基準線」が人類共通に存在するはずだとの確信があったが、これを裏付けるような研究があって面白い。このあたりを連続ツイートで追ってみたい。
宮島達男 @tatsuomiyajima
2.だいたい、文化や言語、宗教、民族が違うのになぜシステイーナのミケランジェロを見て泣けるのか。なぜ、時代や環境が全く違うのに莫高窟の仏像に心奪われるのか。美とは不思議である。脳の構造は5万年変わっていないと言う。であれば、脳が受け取るであろう情報も5万年は変わらないはず。
宮島達男 @tatsuomiyajima
3. 未だ廃れないテーマとして人物画・肖像画がある。人は人を見たいという本源的な要求。ちなみに、脳には紡錘状回という、顔の認識に特化した領野があるという。実験では、その細胞は「手」や単なる「線」を見るより「顔」への反応が著しいという。「顔」は「美の基準線」への入り口か。
宮島達男 @tatsuomiyajima
4. なかでも特に「眼」に活発に反応するという。ヒトが生存するために必要なのであろう。だから、子どもが人の顔を描くとき、まず眼から入るし、モナリザやフェルメールなどの肖像画を見る時、まず眼に心を奪われてしまう。さらには、眼だけで作品を成立させたマン・レイも可能となるのだろう。
宮島達男 @tatsuomiyajima
なぜ、脳と美なのか。ゼキ博士は「美術は視覚脳の機能と極めて類似した総合機能を持つ」と言う。これは、あくまで知覚レベルで、美術が人の心をかき乱したり、想像力を与えたりする情動的力については今回、言及しない。脳ですべてを説明できるとは思わないが、その機能に因っていることもまた事実。
宮島達男 @tatsuomiyajima
6.さらに色は、青と赤で反応する細胞が別々という。青に反応する細胞は赤には反応せず、つまり、色ごとに細胞が決まる。で、複雑な色味を判断するには、情報を比較しなければならないが、その細胞は見つかっていない。色は比較して判断ということはデッサンでは極めてあたりまえのワザ。
宮島達男 @tatsuomiyajima
5.美を測るのは色とカタチ。面白いことに、それらを判別する脳の細胞は別々であって、実験では色の方がカタチよりも情報伝達が早いらしい。どおりで、最初の印象を瞬時に描き止めようとした印象派は、だから色なんだな。モネはカタチが色に融けている。また、抽象表現主義の感情は色でしか表せない。
宮島達男 @tatsuomiyajima
7.デッサンでは、白黒で色を表現するのだが、作れるグレーの色には限界がある。しかし、隣りの色を違えれば同じグレーでも違う色に見える。無限の色は関係によって可能になるのだ。
宮島達男 @tatsuomiyajima
8. もっと言えば、色は光の性質。物質には色はなく、色を感じさせる性質の光が反射し、脳はその性質を感じ特定の色を認識するのだと言う。油絵は下地に白色を塗ってから色で絵を描く。そのほうが、光が反射して色が美しく輝くことを知っているから。さもないと濁る。私たちは美に光を見ているのか。
宮島達男 @tatsuomiyajima
9. 色の把握に対して、カタチの把握はもっとロジカル。カタチを理解するには線の傾きが問題となる。この特定の傾きに反応する細胞のことを「傾き選択性細胞」と呼ぶ。この細胞は脳の皮質に無造作に配列されているのではなく、傾きに従って高度に秩序立って配列されているという。
宮島達男 @tatsuomiyajima
10. カタチそのものに取り組んだ例として、キュビズムがある。ピカソ、ブラックなどは、カタチを多視点から観察、統合した。これは、相当ロジカルな処理をしなければできない。で、面白いことに、彼らキュビズムの絵では、色が重視されない。カタチをロジカルに考えると色がなくなってしまうのか。
宮島達男 @tatsuomiyajima
11. グレートーンで色を想像させるように、カタチも全部作らないで途中で終わらせる手法がある。未完成の美だ。脳は、作られていない部分を想像することでより芳醇な刺激を受ける。このメカニズムにはモノを見るのは「眼」だけではないということを物語っている。
宮島達男 @tatsuomiyajima
12. ゼキ博士は「恒常性の探求」と言う。常に変化する視覚情報から、本質的な特質のみを脳は見ていると言うのだ。たとえば、ひまわりの黄色といっても、曇り空や夕方に見るそれは色温度では明らかに違う色。なのに、脳が補正して黄色と判断して「見ている」のだ。美は「眼」だけでは見れないのだ。
宮島達男 @tatsuomiyajima
13. 空間の把握にしても同じ。何も無い空間のみを見つめていても、その距離と大きさは測れない。が、そこに、大きさを知っているレンガを積んで巨大な伽藍を作ったら、その空間の大きさ感じる事ができる。目がレンガの一個一個を辿り、脳で距離を理解するからだ。実に空間は建築によって成立する。
宮島達男 @tatsuomiyajima
14. 脳が与えられた情報を越え、脳自身の法則で心象を形成するケースがある。ヴァザルリやライリーなどの作品。ある視覚刺激で、画面が動いているかのように錯覚する。そういえば、多くの方々から私の作品も「音がしている」と指摘されるが、実は全くの無音。見る者の脳が勝手に音を生むのか。
宮島達男 @tatsuomiyajima
15. ゼキ博士は、「脳は外界の物理的事実の単なる受動的な記録者でなく、独自の法則とプログラムに従って視覚像生成に関わる能動的参加者」と言う。つまり、私たちは単に美を受動的に受けるのでなく、能動的に生成している。これは、まさに、Art in You ではないか。
宮島達男 @tatsuomiyajima
16. 「心はどこにある?」と聞かれ、胸のあたりを示す人は多い。ホントは脳がその働きなのを知っているのに。これは「美はどこにある?」と同じ。キャンバスが四角であることやモンドリアンの四角形が美しく見えることと、受容野の細胞が四角形であることは無関係ではない。
宮島達男 @tatsuomiyajima
17. それでも、「美の基準線」はいまだ解明されていない。ハイゼンベルグが「部分と全体」で述べたように、脳の細胞を突き詰めても美は見つからないのか。でも、宮沢賢治のように解ることを詰めた先にこそ、解り得ない深淵が開示される。21日の対談を楽しみに、ゼキ博士の連ツイを終えます。

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする