赤穂浪士の価値観

備忘録的に
歴史 武士 江戸時代考 赤穂事件 江戸時代 忠臣蔵 赤穂浪士
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ut_ken @ut_ken
余談ですけど、赤穂浪士が吉良を襲撃した動機について、当時の「武士の面子」を考慮に入れないと、再就職できなくてやけくそになった(そういう側面もあるでしょうけど)だけという的外れな話になる。
ut_ken @ut_ken
再就職できるかどうかだけが動機なら、なんでその再就職が確定した萱野三平が、それを拒んで自害するなんてことをやったのか、ということになる。赤穂浪士の急進派は、吉良の無事が判明してすぐ「今からでも吉良をぶっ殺しに行こうぜ!」といきり立って止められている。「武士の面子のためにぶっ殺す」
ut_ken @ut_ken
という価値観は元禄時代になっても大きかった。なお葉隠で批判されていて、赤穂浪士の急進派も力説していたのは、「俺たちで殺す前に吉良が寿命で死んだら面子丸つぶれだから、たとえ失敗してでも討ち入りを急いでやるべきだ」。当時の、武士の面子=失敗してでもとにかく相手をぶっ殺しに行くという
ut_ken @ut_ken
価値観はそれぐらいでかかった。
ut_ken @ut_ken
そもそも赤穂浪士が討ち入りして、武士の模範である義士とたたえられたのは別に、正義の名の下に悪を倒したからではなく、「たとえ動機が不明でも主君が殺そうとした相手が生き残っているのは、家臣として大恥だから、主君に代わってあらためて殺すのが武士としてあるべき行動である」という価値観
ut_ken @ut_ken
まあだから赤穂事件って考えれば考えるほど「浅野内匠頭がほぼ全面的に悪い」となる。あんな事件を起こしたこと自体が問題だし、たとえ事件を起こしたとしても吉良をきっちり殺していればお家取つぶし以降ややこしいことはなかったのに、老人の吉良相手にかすり傷だけというヘッポコだったという理由で
ut_ken @ut_ken
吉宗の享保10年に浅野の事件と似たような江戸城内の、7万石水野忠恒による殺人未遂の刃傷事件があったのですけど、綱吉よりずっと穏健な吉宗が・赤穂事件のことも・譜代の名家であることも考慮にいれてもなお、「忠恒には幽閉、家は親戚に高位旗本として名義だけはとりあえず」残すという処置で
ut_ken @ut_ken
最大限穏便な処置をしてもそれなんですから(この水野家はさらに次の代になってようやく大名に再格上げ)、赤穂事件で赤穂浅野家が再興されたからと言って、それで再び大名に返り咲いて大半の赤穂浪士の再就職もかなうなんて、よほどのアホでもない限りまず考えない。
ut_ken @ut_ken
繰り返し言うと「武士の面子」というのも考えなければならない。一般にお家再興運動といわれている大石の活動も、「お家の面子回復」というのも大きくて、浅野大学をたてて加盟を再興しようとしているのですけど同時に「吉良と同時に勤めるようなことはしないようにしてほしい」など面子にこだわってる
ut_ken @ut_ken
単なるお家再興でなく「面子回復」が大きいので、陳情・交渉によりそれが果たせないのなら、討ち入りでそれを果たすというのは、メンツの問題としては一貫している。あと当時の武士にとっては武士の面目>>>>自分の命
ut_ken @ut_ken
追加説明。綱吉の次の家宣は穏健さをアピールして、遠島になってた赤穂浪士の子供たちを恩赦し、浅野の弟の浅野大学にもお家再興を許したが、その石高は「500石」。取り潰し前は5万石で百分の一。事前に十分予想できることで、再就職狙いでお家再興をねらうのは重臣クラス以外には無理がありすぎる
ut_ken @ut_ken
ただ、大石が討ち入りの方針を固める以前から、とりあえず同志に参加していた赤穂浅野家旧臣の多くは、大石からの資金援助が目当てのものが多かったようで、そういう者たちは討ち入り方針が確定するとさっさとグループを離れた。残ったのは、命を捨てる覚悟ができてた
ut_ken @ut_ken
あと、赤穂浅野家の旧臣がみな再就職に困ったかというとそうでもなくて、重臣は余所の重臣とかになったり、一族に厄介になったりできたし、逆に下級の物は農民や町人に転職した。討ち入りの中心になったのは、簡単に再仕官できないし、かといって名誉意識から農民や町人にもなれない中堅が中心
ut_ken @ut_ken
赤穂浪士の社会規範・精神構造については 田原嗣郎著 『赤穂四十六士論ー幕藩制の精神構造ー』を中心に語ってます
ut_ken @ut_ken
やる夫スレでは大まかにこちらで解説 yaruok.blog.fc2.com/blog-entry-277…

コメント

gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2014年12月10日
時に、元禄15年12月14日、         江戸の夜風をふるわせて    響くは山鹿流儀の陣太鼓、           しかも一打ち二打ち三流れ、       思わずハッと立上り、         耳を澄ませて太鼓を数え   「おう、正しく赤穂浪士の討ち入りじゃ」            助太刀するは此の時ぞ…
吟剣詩舞人 @ginkenshibu 2014年12月10日
ウチの先生が宴席でやった三波春夫の浪曲歌謡の俵星現場カントク(違う)を思い出すなぁ。
こざくらちひろ @C_Kozakura 2014年12月11日
そんな小難しい話じゃない。一言で言えば『仁義』ってやつだ。
玉藻さん@地球 @Roseate_Rosy 2014年12月11日
逆うらみのテロリスト、人気が出れば英雄に 
言葉使い @tennteke 2014年12月11日
井上ひさし「不忠臣蔵」、面白いです。討ち入りに参加しなかった19人のお話。まぁ史実か?という気もするけど。
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