【自分メモ】まど☆マギBlu-rayBOXを観た気分

テレビシリーズまどか☆マギカBlu-rayBOXを観たので、思い浮かんだことを書き散らかした。 気分を書きなぐっているので、他人が読むにはつらいかも。
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れおポン @Leopon_A

結局、年末年始を待たずにまど☆マギブルーレイボックスを見たのだったΣ( ̄□ ̄;)

2014-12-20 20:48:25
れおポン @Leopon_A

SFで、量子論的な平行世界で物語を作ったのって、誰が最初なんだろう。 僕は、ぜんぜん小説も映画も知らないほうなので、何ともいえない。 僕が知ってる範囲だと、藤子・F・不二雄が最初なんだよね。他の人の平行世界は、あくまでもファンタジーの別世界であって、量子論とは関係なかった。

2014-12-20 20:54:20
れおポン @Leopon_A

藤子・F・不二雄が描いてた世界が、量子論っぽく平行宇宙が増えていく発想だった。

2014-12-20 20:55:56
れおポン @Leopon_A

一方で、世界の多くの作家が描くタイムマシンというのは、直線的な時間世界の中で、時間が操作されると発生するパラドクスを娯楽にするものだった。 タイムマシンによって、世界は複数の平行する存在を発生させるはずだが、それを平行には扱わず、パラドックスとして物語の仕掛けにした。

2014-12-20 20:58:08
れおポン @Leopon_A

面白いことに、藤子・F・不二雄は、タイムマシンを扱うときは平行世界には触れず、平行世界を扱う時には時間は一方通行で、タイムマシンは存在しなかった。 両方を同時に扱う作品を描く前に亡くなられてしまった。 ドラえもんの最終巻「ガラパ星から来た男」なんかは凄かったので、可能性はあった。

2014-12-20 21:02:52
れおポン @Leopon_A

まどか☆マギカをSFとして見ると、時間を跳躍することを、時間で捉えるのではなく、平行世界の発生として捉えている。 これは、たぶん、世界でも初めての時間旅行である。 SF史に残さなければならない。 まあ、それで賞を取ったんだろうけど、あまりSFの面でまど☆マギを語る人はいないね…

2014-12-20 21:05:04
れおポン @Leopon_A

まど☆マギの物語としての結末は、タイムパラドックスではなく、平行宇宙の発生と集約で語られている。 この結末は、世界のSFのどこにもない、新しい着想だと思うんだな。 でも、僕の知識は少ないので、まど☆マギの特異性を証明する材料を持たない。

2014-12-20 21:07:00
れおポン @Leopon_A

まどかが宇宙を書き換えることで、マミさんと杏子は死ななかったことになる。魔女が存在しなくなるから、魔女に殺された人は死ななくなる。 これは、既存のSFではタイムパラドックスの課題であって、解消されない問題として扱われる。 ところが、まど☆マギは、それが結末なのである。(これ凄い)

2014-12-20 21:08:48
れおポン @Leopon_A

既存のSFでは問題であり作品の材料なのに、まど☆マギでは、問題を解決し、整理された後の世界、結末だ。 これは、タイムマシンの発想と、平行宇宙と、その両方を同時に扱っているから可能なのであって、どちらか一方では成立しない。 ここに、まど☆マギのSFとしての新規性、特異性がある。

2014-12-20 21:11:21
れおポン @Leopon_A

たぶん、どこかの誰かが、こういう評論を書き留めてるかもしれないけど、僕は読んだことないんだなぁ。 ありそうなんだけど、探すのも面倒だし。 SFとしての評論が少ないのは感じる。

2014-12-20 21:12:20
れおポン @Leopon_A

「時間とは何か」という大問題の中に、「始まりと終わりはあるのか」という問いが在って、これは、考えようがない問題のせいか、科学的な話というより、ファンタジーで語られるような問題になっちゃってる。 で、詩的な表現として「始まりも終わりもない」「巡り続ける輪なのだ」となる。

2014-12-20 21:16:13
れおポン @Leopon_A

時間の輪について、それを物語の構造に組み込んだ作品という意味でも、まど☆マギが唯一の作品のはず。

2014-12-20 21:16:57
れおポン @Leopon_A

松本零士は好んで「時の輪」を語るけれど、あくまでも幻想であって、物語としては組み込まれてない。 松本零士は、時間を一直線に考える人だった。 それが、面白いことに、松本零士を読んだ人は、時の輪について考えたんだよね。本人は「大きすぎて遠くの話」として扱ってるのにw

2014-12-20 21:18:54
れおポン @Leopon_A

手塚治虫なんかは、科学的な傾向を持ってはいたけれど、あくまでも「命とは何か」という生命科学の人で、物理学には向かわなかったから、仏教的輪廻で語って、物理学の時間は説明しなかった。 これも、面白いことに、手塚治虫を読んだ人は、輪廻って何さ?って考えたw

2014-12-20 21:21:10
れおポン @Leopon_A

ん〜、連ツイが散漫になってきたかな? 僕が言いたかったのは、まど☆マギって、日本だから出てきた作品だなと。 直接関係があるかどうかわからないが、やはり、日本の歴史の流れの中に存在するから成立したんだろうな、と感じる。

2014-12-20 21:23:03
れおポン @Leopon_A

思想としても、一神教で創造主みたいな発想では生まれないもので、観音様など、仏はこの世に満ちていて、時と場合によって形となって現れる、という日本的仏教でないと、まど☆マギは出てこない。 他の国の仏教ではダメで、神道と混ざり合った日本仏教の発想。

2014-12-20 21:25:20
れおポン @Leopon_A

「希望と絶望」みたいな二極化を語るのはとても西洋的なのだけど、そこから仏教的結末になるというのは、日本の中でも現代しかないわけで、その意味では、日本の思想の歴史から見ても新しい存在なんだけど、その辺は、研究できるような人材は日本にはいないか。で、世界にもいるはずはない。。。w

2014-12-20 21:28:11
れおポン @Leopon_A

ちょいと話はそれるが、宮崎駿が魔女の宅急便で、魔法を身近な人間の力として描いたのは重要なことだった、と、僕は思うのだけど、本人が自覚してるかどうか、よくわかんないんだな。

2014-12-20 21:32:45
れおポン @Leopon_A

魔女の宅急便では、疲れたり、悩んだりすると、魔法が使えなくなる。これは、人として重要なことだ。 多くのファンタジーでは、労働からの解放みたいな現象であって、魔法は、どこかからやってくるのであり、自分自身の中からは出てこない。 なんとなく願いが叶っちゃうのであり、根拠が無い。

2014-12-20 21:35:21
れおポン @Leopon_A

魔法の力はどこから発生するのか。この問題について、宮崎駿は、意外と無自覚なんじゃないかと思う。 魔女の宅急便は原作があるからああなったのであって、宮崎駿の魔法に対する解釈ではないんじゃないか。 このあたりで、僕は宮崎駿の評価を少し下げてるんだなw

2014-12-20 21:37:31
れおポン @Leopon_A

一方で、ゲームなどで語られたファンタジーでは、妖精だの何だの、何かを「召還する」ようになった。 これは面白い。 出所不明の、なぜか願いの叶う魔法から、具体的な「何か」が願いを叶えてくれるようになった。 だから、登場キャラクターの「責任の所在」みたいなのが明らかになってきた。

2014-12-20 21:41:47
れおポン @Leopon_A

まど☆マギの場合は、魔法も宇宙の法則なんだな。人間は解明していない科学を、キュゥべえは持っていて、その科学から見ると、生命活動も宇宙のエネルギーの現象。 それで、QBは、人間の少女を魔法が使える状態にするけれど、その魔法のエネルギーそのものは、少女が自ら持っているもの。

2014-12-20 21:45:19
れおポン @Leopon_A

まど☆マギでは「魔法は、生命活動のエネルギーの中の一種だ」と言ってる。 これは、無責任なファンタジーが多い中で、明確な方向を持った作品。 登場人物が、その人自身が持っている力で行動している。

2014-12-20 21:49:34
れおポン @Leopon_A

だから、無責任なファンタジーのように、御都合主義で新しい魔法が出てきて問題解決なんてならない。 キャラクターが個性を持って、自分自身の力で生きている。 この良質な物語は、魔法がなんであるのか、真剣に考えてあるからこそ、成立したはずだ。

2014-12-20 21:51:09
れおポン @Leopon_A

(暗に、ハウルの動く城が駄作である理由を述べている自分w)

2014-12-20 21:52:01
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コメント

れおポン @Leopon_A 2014年12月20日
まとめを更新しました。
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れおポン @Leopon_A 2014年12月23日
まとめを更新しました。
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