霧雨魔理沙は空を飛ぶ

東方二次創作ss書いた
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りりるらら @hieki

幻想郷最速の名をほしいままにした射命丸文が新聞配達中に事故死してからというもの、霧雨魔理沙は喪に服すつもりで箒に跨るのを自粛していたのだが、空を飛べなくなっていたのに気がついたのは文々。新聞終刊の通知を配達してくれるよう妖怪の山の面々に頼まれた時だった。

2014-12-28 21:11:53
りりるらら @hieki

習慣通り、箒に跨がり、ぐっと地を蹴るが、あの独特の重力が失せる感覚は訪れなかった。まさか、と魔理沙は驚愕とした。心的外傷如きで能力を損ねるような心の弱さと優しさがあったとは。快楽と速度に狂った人間だと思っていた。地面を駆けずり回って通知を届けた魔理沙に自嘲する気力はなかった。

2014-12-28 21:12:40
りりるらら @hieki

射命丸文は、ひとつの高みだった。その玉座から引き摺り落としてやる前に、高き者のまま彼女は死んだ。だから、彼女の新聞の終刊の通知を一任された時はある種の矜持すら覚えたというのに、なんという体たらくだろう、大地を駆け回る魔理沙はこんなにも鈍重だった。

2014-12-28 21:16:12
りりるらら @hieki

霧雨魔理沙にとって、敗北とは糧であった。惨めに叩きのめされ、敗北を喫することで彼女は驚異的な研鑽を重ねることが出来た。しかしもはや彼女を負かすべき者は存在しない。あれほど望んでいた玉座が、思わぬ形で自分のもとへ転がり込んできたはずなのに。

2014-12-28 21:18:48
りりるらら @hieki

霧雨魔理沙の精神は、飛べなくなることで玉座に就く事を避けたのだ。こうした精神の流れを、彼女は容易に把握することが出来た。そして、なんという臆病者なのだろうと思った。次は、博麗霊夢を標的にして空を飛ぶ努力を重ねるのだろうか、魔法の森の小屋で茸をすり潰しながら魔理沙は考えた。

2014-12-28 21:22:57
りりるらら @hieki

魔法に関する領野なのだからアリスかパチュリーでも尋ねれば良いものの、霧雨魔理沙はこのことを一切口外しなかった。移動手段を失った魔理沙は、次第に博麗神社に顔を見せる事も減り、またその頃に起こっていた幾つかの異変にも関与しなくなった。異変のせいか、彼女の家を訪れる者も少なかった。

2014-12-28 21:29:42
りりるらら @hieki

とある鈍色の雲が一面に空を覆った日、霧雨魔理沙は注意不足と見当違いで幻覚作用を持つ茸を口にした。夢心地の中、魔理沙は射命丸文とスピード競争をしていた。幅も奥行きも無いサイケデリックな空間で、魔理沙は文の背中を追った。魔力の出力を上げ、ただ自己を限りない速度へと近づける。

2014-12-28 21:37:00
りりるらら @hieki

霧雨魔理沙は大いなる歓びに襲われるのがはっきりとわかった。ああ、この感覚なのだ、背中を追う、この快楽。ここではないどこかへ、ただ一心に駆け抜ける事。追いつき、追い抜いた後のことなど全く念頭に無い盲目……文、文、私を連れて行ってくれ、その甘い速度で、新しい世界を見せてくれ……

2014-12-28 21:40:47
りりるらら @hieki

幻覚から帰り、目を覚ました霧雨魔理沙は、自分のなかの射命丸文という幻想を再び作り直し、原動力にしてしまおうとする己の醜さに激怒した。射命丸文は死んだのだ、射命丸文は死んだのだ、決して自分の都合で蘇らせてはいけない!魔理沙は狂人のような絶叫を上げ、その箒で部屋を滅茶苦茶に叩き回った

2014-12-28 21:43:58
りりるらら @hieki

一度折れた柄でまた叩き、それが折れたらもう一方でまた叩く。霧雨魔理沙がようやくそれを止めたのは、アリス・マーガトロイドが姿を見せない魔理沙の様子を伺いに訪れた時で、ただでさえ乱雑だった彼女の部屋は、もはや修復不能に思われるほどだった。

2014-12-28 21:47:42
りりるらら @hieki

アリス・マーガトロイドに連れられ、八意永琳に処方された薬を幾つか服用した後、霧雨魔理沙は再び空を飛べるようになっていた。アリスや霊夢が片付けてくれたのであろう、以前よりも整った魔法の森の小屋に飛んで帰った魔理沙は、自分の精神と肉体がかくも機械的な事を実感しながら、今後の事を考えた

2014-12-28 21:58:26
りりるらら @hieki

晴天は高く、夏季らしい入道雲がそびえていた。あの入道雲の一番高いところまで行ってみよう、扉を開ける前に霧雨魔理沙はそんなプリミティヴな思い付きをした。箒に跨がり、とん、と地を蹴る。浮上。魔理沙の身体は重力に逆らって、ぐんぐんと高度と速度を増す。速く、速く、彼女に及ばずとも、速く。

2014-12-28 22:02:25
りりるらら @hieki

天の頂きを目指し、射命丸文ならもっとスマートに飛んでいたな、と考え、久方振りの速度にぎこちなく箒を操る。誰を追いかけるでもなく、霧雨魔理沙は空を飛んでいた。河城にとりなら、ともすれば文の速度を記録しているかもしれない。いつか、その速度を目指してみるのもいいだろう。

2014-12-28 22:06:10
りりるらら @hieki

フッと、霧雨魔理沙は宙で静止した。ああ、まだ届いていないのに、魔理沙は惜しみながら、魔力の限界に任せるままに落下した。落着する寸前に、回復した僅かな魔力を駆使して魔理沙は地面に立った。もはや彼女の中に玉座と呼べる観念は無くなっていた。

2014-12-28 22:12:43
りりるらら @hieki

さあさあ、これから忙しくなるぜ、読まなくちゃいけない魔法書だって山ほどあるし、いずれ異変だって起こるだろう、霧雨魔理沙は自分を鼓舞し、いつの間にやら落っことしていたいつものとんがり帽子を拾ってかぶり直し、いずれ訪れるであろう様々な事件に思いを馳せた。

2014-12-28 22:18:36
りりるらら @hieki

かくして、今霧雨魔理沙は空を飛ぶ。彼女に憧れる者もまたあるだろう、彼女に打ち克つ事を使命とする者もまたあるだろう、魔法使いたる宿命に命を落とす事に絶望する者もまたあるだろう、けれども、霧雨魔理沙は今日も空を飛ぶのだ。追う為でも、勝つ為でも、敗ける為でもなく。霧雨魔理沙は空を飛ぶ。

2014-12-28 22:23:46
りりるらら @hieki

『霧雨魔理沙は空を飛ぶ』 おしまい

2014-12-28 22:23:59
りりるらら @hieki

射命丸文が死んだせいで空の飛び方を忘れてしまった霧雨魔理沙の挿絵です gyazo.com/8835b14375076a…

2014-12-28 22:52:56
りりるらら @hieki

東方SSの真似事してて気付いたんですけど、現代では東方のキャラクターの名前自体がまずもってエモいので、例えば霧雨魔理沙だとか地の文に書くだけで充分すぎるほどエモい文章になる、一人称よりも三人称のほうが適切だ

2014-12-29 01:13:54