高田圭介氏のツイッター創作初め『やぎさんゆうびん』

新年早々の新年創作に思わぬ形で心を打たれたのでまとめました。
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高田圭介 @Kei_Takada

これから連続tweetするから各自退避とかなんかそう言うのを。

2015-01-01 09:19:19
高田圭介 @Kei_Takada

「ちわーっす、お手紙っすよー」インターホンを鳴らしてから、少し声を張った。黒ヤギさんは近頃めっきり耳が遠くなった。足腰も悪くして長いので、表に出てくるのには時間がかかる。 [01/28]

2015-01-01 09:20:26
高田圭介 @Kei_Takada

俺はこの村の郵便配達員になって三年目、待つのにも慣れたもので、今日も庭先の花壇でヒナギクを眺めながらのんびりと一息いれる。手入れはお世辞にも行き届いているとは言えなかった。 [02/28]

2015-01-01 09:20:50
高田圭介 @Kei_Takada

周囲からは日々ゆっくりと雑草が進入してくる。それをその都度引き抜くようなことは、黒ヤギさんにはもうできない。いずれここも荒れ果てて、そうすると、戯れにであれ、俺が花を愛でるようなことは、この先なくなるのかもしれなかった。 [03/28]

2015-01-01 09:22:03
高田圭介 @Kei_Takada

「やぁ、やぁ、お待たせしてすまんねぇ、カッコウ君」杖にすがって出てきた黒ヤギさんはまた老け込んだように見えた。度の強い眼鏡の向こうで、少し濁った瞳が細められている。「こんな辺鄙なところまで、いつもありがとうねぇ」 [04/28]

2015-01-01 09:22:22
高田圭介 @Kei_Takada

「いえいえ、これも仕事っすから」努めて明るく答えた。「お手紙が一通、いつものっす」白い封筒。今時珍しい、飾り気のないそれには、やはりシンプルな黒インクで『黒ヤギさんへ』と書かれている。 [05/28]

2015-01-01 09:22:35
高田圭介 @Kei_Takada

「あぁ、あぁ、今月も届いたか……」黒ヤギさんはゆるく微笑むと、それを玄関奥の箱へ収めた。長持とまではいかないが、かなり大きいものだ。木肌に彫り込まれた文様が上品だった。箱にはたくさんの手紙が大事に仕舞われている。 [06/28]

2015-01-01 09:23:18
高田圭介 @Kei_Takada

差出人は全て同じ。他にこの老ヤギに手紙を出す人はいない。月に一通、全て同じ白い封筒で、そのどれも、封を切られたことはない。「返事のな、代筆を頼みたいんじゃが」「ええ、かまわないっすよ」この受け答えにも既に慣れた。 [07/28]

2015-01-01 09:23:45
高田圭介 @Kei_Takada

白内障、手の震え、もう黒ヤギさんに手紙の自筆すら困難なのだった。「文面はいかがされます?」「毎度面白みもなくてすまんがの、そう、『さっきの手紙のご用事なあに』と、それだけ書いておくれ」 [08/28]

2015-01-01 09:24:19
高田圭介 @Kei_Takada

「はい、いつもの通りっすね」俺は受け取った便箋に文言を書き付けると、それを真新しい封筒に入れる。そうしたら、別れの挨拶をして踵を返し、この手紙を隣町へ行く荷車に乗せる。俺は郵便配達員だ。それが俺の仕事だった。今日までずっと繰り返してきたことだった。 [09/28]

2015-01-01 09:24:35
高田圭介 @Kei_Takada

だが今日の俺は違った。どうしても聞きたくなった。積年の疑問を、押し殺してきた関心を、口に出して問わねばならなかった。「その手紙、読むつもりはないんすか」怒られるかもしれない、とは思った。いち郵便屋として、届けられた後の手紙のことに触れるのは失礼でもあった。 [10/28]

2015-01-01 09:25:00
高田圭介 @Kei_Takada

しかし黒ヤギさんは笑って俺に答えてくれた。「読むつもりはない」優しい微笑だった。俺ではない何処かへ向けられた、寂しい微笑だった。「だって怖いじゃろう、何が書いてあるのか。もっとも、実は読まずともわかっておるんじゃが」 [11/28]

2015-01-01 09:25:21
高田圭介 @Kei_Takada

「『さっきの手紙のご用事なあに』」 [12/28]

2015-01-01 09:25:31
高田圭介 @Kei_Takada

「もちろん確かめたことはないんじゃよ。しかしその可能性が、一番高いじゃろう。わしもの、ほれ、そこんとこは、わかっておるんじゃ。じゃが本当に怖いのはな、それをこの目で確かめてしまうことじゃて。もうずっと長いことな、月毎それに怯えておる」 [13/28]

2015-01-01 09:26:00
高田圭介 @Kei_Takada

続いてきた手紙のやり取り。箱に溜まった封筒の数だけ重ねてきたもの。それが全て無意味だったとしたら。互いの言葉は何一つ伝わっていないのだとしたら。 [14/28]

2015-01-01 09:26:15
高田圭介 @Kei_Takada

いいや、事実として十中八九そうなのだ。しかし、それを実際に認めてしまえば――その真実は、老いた孤独なヤギには耐えられないものなのだ、と。そんなものと直面させられるくらいなら、手紙は食べてしまったことにしたいのだ、と。 [15/28]

2015-01-01 09:26:24
高田圭介 @Kei_Takada

絶句している俺を見て、黒ヤギさんはまた少し頬を緩める。「滑稽じゃろう。笑ってくれてかまわんよ。だがきっと、あやつも同じ気持ちでおるのじゃろう。だからこの手紙は、本当は中身のないこの手紙は、これからも絶えずわしらの間を往来し続けるのじゃろう」 [16/28]

2015-01-01 09:26:42
高田圭介 @Kei_Takada

「おまえさんのように若いうちにな、わしらは封を切るべきじゃった。今はそう思っておる。じゃが何もかもが、もう遅すぎる。わしらは友に――いや、今となっては互いを友と呼べるかすら怪しいが――友にかける言葉というのを、ついぞ知らんまま老いてしまった」 [17/28]

2015-01-01 09:27:24
高田圭介 @Kei_Takada

俺は立ち入った質問をしたことを謝罪して、いつもの別れの挨拶をした。 白ヤギさんは今月の手紙を最後に亡くなった。そのことは結局伝えられなかった。 [18/28]

2015-01-01 09:27:42
高田圭介 @Kei_Takada

黒ヤギさんは、あとどれくらい生きられるだろう。一年か、二年か。三年はもたないように思う。毎月届く白ヤギさんの手紙が、わずかでもその命の支えになるのなら――来月も手紙は届くべきだ。帰宅早々俺は筆を取る。騙りはカッコウのお家芸だ。 [19/28]

2015-01-01 09:27:53
高田圭介 @Kei_Takada

結局誰が悪いということもないのだった。黒ヤギさんと白ヤギさん、最初に手紙を書いたのがどちらなのか、それはもう些末な事だった。いずれにせよ彼らは進んで共犯者になったのだろう。 [20/28]

2015-01-01 09:28:07
高田圭介 @Kei_Takada

繋がりだけを求めて、その維持に躍起になって、肝心の言葉には誠実にならなかった。「ちくしょう」だから今その報いを受けて、空っぽの手紙の束だけを抱えて、互いに与り知らぬ場所で、独りきりで、独りずつで、死を迎える。 [21/28]

2015-01-01 09:28:31
高田圭介 @Kei_Takada

「ちくしょう」何か言葉を書きたかった。黒ヤギさんの最期の時に、寄る辺になるような言葉を、この手紙に書きたかった。おそらく封を切られぬまま綺麗な箱に収められるだけのこの手紙に、それでも何か書きたかった。封を切って、胸に仕舞うに足る言葉を書きたかった。 [22/28]

2015-01-01 09:29:01
高田圭介 @Kei_Takada

これは俺の驕りなのだろう。黒ヤギさんがそうだったように、俺もまた今は若さに驕っている。こうして白ヤギさんを騙って書く言葉にだって、やはり誠実などないのだ。黒ヤギさんの話を聞いたばかりの今、そんなことはよくわかっている。 [23/28]

2015-01-01 09:29:14
高田圭介 @Kei_Takada

それでも捏造するしかない。『俺』が何を書いたところで、きっと黒ヤギさんの救いにはならない。だからもっと別の、『白ヤギさん』の、何か、言葉を。朽木のように老いた者の、煮凝った孤独に響くような、そんな言葉を、どうか……。 [24/28]

2015-01-01 09:29:38