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ほしおさなえ @hoshio_s
夜が明けてくる。カーテンの隙間からさしこんでくる光が、なぜか丸くふくらみ、ぼんやりと虹色に分解していた。こんなことってあるのか。カーテンをあけると、外のものがなにもかも発光していた。瞬間、世界は虹なんだ、と思った。オレンジの空を光る鳥がすうっと横切って、世界は虹なんだ、と思った。
ほしおさなえ @hoshio_s
祖父の家が壊され駐車場になった。身近な人が死ぬのは世界の一部が消えることだ。身体の一部がなくなることだ。僕が死んだあとにもだれかがこんな気持ちになるかもしれない。消えたくないと願うのは欲深いことだと思う。風のように消えたいと思う。駐車場の上はぽかんと広い。空白が折り重なっている。
ほしおさなえ @hoshio_s
いろいろなところに行きたいのに、外に出られない。荷物を詰め列車に乗り地図を見て知らない町を歩くと思うと、わくわくするがそれだけで疲れてしまう。心がだんだん植物になっていっているらしい。ここで光を受けているだけでいい。いつか根や葉が出て、夢だけが種のように飛んで行くのかもしれない。
ほしおさなえ @hoshio_s
山の麓を歩いていた。さあさあと雨が降っていた。川の対岸に鹿の姿が見えた。息が止まりそうになる。霧のなかで生きていた。子鹿がやってきて、母親らしき鹿に駆け寄っていく。そのとき悟った。わたしの知らない世界が川の向こうにたしかにあるのだ、と。鹿の姿が消える。時が止まっていたようだった。
ほしおさなえ @hoshio_s
姉妹は森に行った。春になったと少し前に思ったばかりなのに、もう葉が色づいている。時が過ぎていくのも毎年同じことが繰り返されるのも怖くて、姉妹は手を握った。ずっといっしょだ。ずっとひとりだ。ふたりは同時に思い、それは同じことかもしれなかった。姉妹は手をつなぎ、森の中に消えていった。
ほしおさなえ @hoshio_s
夜明け前、白んでいく空を見ながら布団にくるまっていた。人を傷つけちゃダメって知ってるのに、わたしが喋ると相手が傷ついてしまうんだよ。なんでだろ。棘々の言葉ばかり身体に詰まっているのかな。布団に顔を押しつける。生きてる限りこうなのかな。硝子に息を吐きかける。くるくる線を引いている。
ほしおさなえ @hoshio_s
わたしから見れば、人間はみんな暇なんだよ。だから喜んだり悲しんだり、ほかの人間を慕ったり憎んだりする。あっという間の人生なのだから、ただ風に揺れていればいい。哀れだね。なにもかも暇つぶしなのだから。いつかみんな同じように消えていくのだから。行く着く場所なんてありはしないのだから。
ほしおさなえ @hoshio_s
雨の夜は森の中の木のことを思う。冷たい雨にあたって木たちは冷たくないだろうか。寒くないだろうか。雨の音を聴くうちに、わたしは森のなかにいた。森は暗く澄んでいた。身体のなかまで雨になり、冬になっていくようだった。目が覚めても雨だった。白い空の下、木の葉が昨日より濃く色づいていた。
ほしおさなえ @hoshio_s
夜、白い虹を見た。月にかかる虹だと弟が言った。ふたり並んで虹を見ていた。虹はなかなか消えなかった。虹が消えるとき世界も消えてしまうんじゃないかと思った。空が白み、虹が薄れる。弟はいなかった。窓に僕だけが映っていた。弟なんていない。生まれる前に死んだのだ。世界が日に照らされていた。
ほしおさなえ @hoshio_s
色づいた葉が落ちている。赤いの黄色いの橙色の。拾い集めてもなにも埋まりはしないのに、綺麗なのを選んでは拾っている。赤が濃いのは先が少し茶色くなっていて、そんなところも僕らに似てる。過ぎ去ったものは戻らない。拾っても拾っても、上から葉が落ちてくる。過ぎ去った日々のように落ちてくる。
ほしおさなえ @hoshio_s
嘘のお話ならいくらでも書けるのに、ほんとのことはひとつも書けない。根っからの嘘つきなんだね、きっと。でもほんとはひとつくらいほんとのことを書きたいんだ。美しくも優しくもないほんとのことを。けど書けない。そんなのないのかもしれない。ほんとは、ほんとなんてどこにもないのかもしれない。
ほしおさなえ @hoshio_s
君がいなくなって、僕の時間は砂のようになってしまった。でも木の葉が色づくと、一瞬だけ世界に色が戻って来るんだ。世界が輝いていたころ、君と僕が笑い合っていたころを思い出す。燃えるように弾んでた。生きていたんだね、僕たち。遠い笑い声が聞こえる。世界が鮮やかに色づいて胸の奥が熱くなる。
ほしおさなえ @hoshio_s
人の背骨にはその人の真の名前が書いてあるんですよ。言葉ではない別の形で。僕の一族はそれを読むことができるんです。祖父母の名も両親の名も死んではじめて知りました。でも、本人が死なないと見られない。僕も自分のは見ることができない。気になるけど仕方ない。真の名とはそういうものなんです。
ほしおさなえ @hoshio_s
雨が降っている。だれひとりいなくなった世界を想像し、街を見ている。だれかとつながりたかった。それでいてだれのものにもなりたくなかった。半身に会うことに焦がれ、もうひとりのわたしなどいないと知った。どの魂も気高く、ひとりのまま消える。雨の音を聞いている。ひとり、雨の音を聞いている。
ほしおさなえ @hoshio_s
君は覚えているだろうか、むかし学校の帰りよくふたり乗りしたことを。君のうしろにわたしが立って、夕暮れの商店街を走った。いま思えば狭い道をゆっくり走っていただけなのに、なぜあんなに自由に感じたのか。豆腐屋も青果店も楽しげで、空に飛んでいけそうだった。永遠にどこまでも行けそうだった。
ほしおさなえ @hoshio_s
夢の中で、わたしたちは木だった。言葉もなくただ並んで立っていた。日を浴び、風に吹かれ、長い時が過ぎた。ある日わたしたちは倒れた。世界はまばたきもせず、どこまでも澄んでいた。目がさめ、一瞬の夢だったと気づいた。外に木が並んでいる。わたしはほんとはあの中にいるのかもしれないと思った。
ほしおさなえ @hoshio_s
小さな島がありました。卵を温める鳥がいたので形を保っていましたが、中身はすかすかでした。鳥が巣立ち、島はひとりになりました。空も海も青く、孤独などどうでもいいことに思えました。飛び立った鳥たちのことを思うと、不思議と満ち足りた気持ちになります。そうして島は静かに崩れていきました。
ほしおさなえ @hoshio_s
あまりにも空が晴れていて、ふいに、僕が僕であることがどうでもよくなった。なにもかも手放しにして、もう空に帰っていける気がした。身体ってなんだろう。生きてるってなんだろう。どうやったっていつかはあそこに落ちていく。ほんとうに残酷なものは、こんなのびやかな日差しのなかに隠されている。
ほしおさなえ @hoshio_s
長く生きてればだれでも妖怪みたいになっていく、とその人は言った。そうかもしれない。視力は落ちたのにものがやたらとよく見えるようになり、その分呼吸する回数が減った。きっといつかひとり河原を彷徨うようになる。身体を失い、失ったことに気づかず、ずいぶん人と話してないなあなどと思うのだ。
ほしおさなえ @hoshio_s
そばにいたときはつかみどころがなかったのに、いなくなって急にくっきり輪郭を現す人がいる。彼女がまさにそうだった。いつも穏やかに微笑んでいたが、だれのことも拒んでいた。鋭い刃を突きつけられながら、皆そのことに気づかずにいた。彼女は今もひんやりとそこにいる。いないことで照らしている。
ほしおさなえ @hoshio_s
親子三人、手をつないで歩く。影が三つ並んでいる。真ん中の娘は去年と同じ毛糸の帽子で、影の頭が去年と同じ形になっている。でも大きくなった。頭の高さがどんどん近づいてくる。真ん中の影がぴょんぴょん跳ねる。わたしたちの影のあいだで。なにを考えているのかわからない影が、並んで歩いている。
ほしおさなえ @hoshio_s
その人は海の近くの町で生まれた。海の向こうに憧れ、日々浜辺に流れ着いたものを拾った。だが結局町を一歩も出ることなく老いた。ある朝、波に足を入れた。生まれてから今までずっと海を見てきた。だけどなんにもわからなかった。泣いていた。それまで拾ったものがすべて流れ出し、波間に光っていた。
ほしおさなえ @hoshio_s
陽を浴びて畳に座っている。むかし、人が死ぬとわずかに重さが減る、それが魂の重さだという話を聞いた。そんなことは起こらない。ふと、僕が死ぬ前と死んだあとで世界の総重量は変わらないのだと気づく。影を撫でる。畳の感触しかない。僕はいるのかいないのか。ひっそりと、魂の重さ、と呟いている。
ほしおさなえ @hoshio_s
夜明け前、光が舞い散るのを見た。風景や人々が入り混じった映像が目の前に広がり、崩れて光になっていく。あの映像はわたしの夢なのだろう。夢は少しずつ崩れ、光の粉になる。身体の細胞が入れ替わるように心も入れ替わるのだ。夜が明け、粉は消える。陽を浴びたわたしの肉体が寂しく横たわっている。

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