カール・ポパー『客観的知識』読書メモ集

カール・ポパー『客観的知識――進化論的アプローチ』(森博訳、木鐸社、1974/Objective Knowledge: An Evolutionary Approach, 1972)の読書メモをまとめました。
人文 ホワイトヘッド プラトン ポパー ヒューム 科学哲学 進化論
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荒木優太 @arishima_takeo
「絶対的信頼性」は存在しないが、われわれは選ばなければならないのだから、長も良くテストされた理論を選ぶのが「合理的」であろう。この選択肢は、私の知っているかぎりでの言葉の最も明白な意味において「合理的」であろう。byポパー『客観的知識』
荒木優太 @arishima_takeo
私は自分が信念哲学者でないことをつねづね誇りにしている。私は何よりもまずアイデアに、理論に関心をもつものであり、誰かがそれを信じているかどうかということをさして重要なこととは認めない。byポパー『客観的知識』第一章
荒木優太 @arishima_takeo
ポパーが「信念」よりも「期待」の語を好むのは、「今まさに散歩につれていかれようとしている犬の生き生きした期待から、もし十分に長く生きさえしたら自分もいつかは老人になるであろうということを知っているが本当に信じてはいない小学生のほとんど存在しない期待」まで幅広く取り扱えるから。メモ
荒木優太 @arishima_takeo
すべての科学、すべての哲学は、啓発された常識である。byポパー『客観的知識』第二章
荒木優太 @arishima_takeo
私には、観念論は不条理にみえる。なぜなら、観念論はまた次のようなことをも合意しているからである。つまり、この美しい世界を作り出しているのは私の精神である、と。byポパー『客観的知識』第二章
荒木優太 @arishima_takeo
「真理の探求は、われわれが明晰かつ単純に語り、不必要な専門語の使用や複雑化を避ける場合にのみ、可能である。私の意見では、単純性と明晰性をめざすことはすべての知識人の道徳的義務である」(『客観的知識』)。いいぞ、ポパー、ポストモダニストをぶっとばせ!
荒木優太 @arishima_takeo
…と、舌の根も乾かぬうちにポパーが数式使って云々し始めたので、やっぱり前言撤回! pic.twitter.com/Dqpxzj83yQ
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荒木優太 @arishima_takeo
ポパー『客観的知識』。失恋したバケツ子ちゃんと命名してあげよう。 pic.twitter.com/1DvNB230Lj
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荒木優太 @arishima_takeo
「アメーバとアインシュタインとの相違は、両者がいずれも試行と誤り排除の方法を用いるにもかかわらず、アメーバが誤りを嫌うのに対し、アインシュタインは誤りによって好奇心をそそられるという点にある」(ポパー『客観的知識』)。なんじゃそりゃ。
荒木優太 @arishima_takeo
「帰納は無限後退かさもなければア・プリオリズムにおちいるがゆえに妥当でない」(ポパー『客観的知識』)。ん? アプリオリにismなんてつけられるのか? そもそも、どういう意味だ?
荒木優太 @arishima_takeo
われわれの出発点の選択は、決定的に重要なものではない。なぜなら、出発点は、他のすべてのものと同様に、批判でき修正できるからである。byポパー『客観的知識』第二章
荒木優太 @arishima_takeo
「ある物を本にさせるのは、理解される可能性または潜在性、理解され解釈される、あるいは誤って理解され誤って解釈される、その潜在傾向的性格である。そしてこの潜在性または傾向性は決して現実化または実現化されることがなくても存在しうる」(ポパー『客観的知識』134p)。なんか元気出た。
荒木優太 @arishima_takeo
科学者は自分たちの偽なる理論を排除しようと努める。彼らは自分たちの代りに理論を死なせようと努める。信仰者はーー動物であれ人間であれ一ー他の誤った信念とともに滅びるのだ。byポパー『客観的知識』第三章
荒木優太 @arishima_takeo
ホワイトヘッドが評したごとく、すべての西洋哲学はプラトンへの脚注から成っている。byポパー『客観的知識』第三章
荒木優太 @arishima_takeo
たしかに、われわれはすべて誤りを避けようと懸命に努力する。そしてわれわれは、われわれが誤りをおかしたならば、遺憾というべきである。しかし誤りを避けるということは、貧困な理想である。byポパー『客観的知識』第四章
荒木優太 @arishima_takeo
私はもはや「真理とは何か」を問うことをしないであろう。これには、いくつかの理由がある。その主たる理由は私が「……とは何か」という問い、いいかえるとすべての言葉上のあるいは定義的な問いは排除されるべきだと信じている、ということである。byポパー『客観的知識』
荒木優太 @arishima_takeo
「われわれは言葉上の問題または意味の問題に決してまき込まれてはならず、また決して言葉に関心をもってはならない」(ポパー『客観的知識』第八章)。こんなこと言ったらTwitter界では炎上必至だヨ。
荒木優太 @arishima_takeo
観察はつねにある期待の体系の存在を前提とする。これらの期待は問いかけの形で定式化できる。そして観察はこのようにして定式化された期待に対する確証的な回答か修正回答かのいずれかを得るためにおこなわれる。byポパー『客観的知識』
荒木優太 @arishima_takeo
科学は決してかき集めから出発するものでない。科学は仮定から自由であるとは決していえない。なぜなら、科学はいついかなる場合においでも期待の地平ーーいわば昨日の期待の地平ーーを前提とするからである。今日の科学は昨日の科学の上に築かれる。byポパー『客観的知識』付録
荒木優太 @arishima_takeo
「個体発生的には(つまり個体有機体の発展の見地からすれば)、われわれは新生児の期待の状態にまでさかのぼる。系統発生的には(つまり種、門の進化の見地からすれば)、われわれは単細胞有機体の期待の状態にまでさかのぼる」(ポパー『客観的知識』付録)。期待の進化史、キタな。
荒木優太 @arishima_takeo
ポパー『客観的知識』読了。「仮説を戦わせて生き残ったやつが暫定的な理論チャンピオンな」という要約すると大したことない話だが、案外面白かった。「期待の地平」論の文脈で読み始めたが、決定論でも偶然論でもない「柔軟制御」(原文なんだ?)という発想も刺激を受けた。
荒木優太 @arishima_takeo
変に二元論を乗り越えようとしない処も好印象。しかし、ポパーは「とりあえず常識から出発」とか「テストしてみらた暫定的だけど最適の理論は決められるよ」とか、すごいプラグマティズム的なこと言ってる気がするのだが、そういう文脈では評価されてないのだろうか? それとも英米系全般の特徴?
荒木優太 @arishima_takeo
第六章「雲と時計」という美しい題名をもつ講演記録も、私にとって重要な気がする。雲(不規則で無秩序な物理的体系)と時計(秩序的で予測可能な物理的体系)の間で、ポパーはパースを引きながら(やっぱパース大事だな)、偶然と決定論の間にあるべき中間物(フィードバック)を考える。
荒木優太 @arishima_takeo
ちなみに、ヒューム批判から始まる『客観的知識』は、初めの方の諸論文の方が難解なので、先ず第七章「進化と知識の木」(私の読後感ではこれが一番やさしい)あたりから読んで、それから最初に戻った方がいい気がする。
荒木優太 @arishima_takeo
あ、あとポパーの主張で本当にそうだなと思ったのは「観察から理論構築へ」というのは誤りで、科学がやってるのは「理論(仮説)から観察へ」だ、という事。確かに何をどんな仕方で観察するか(どんなデータを収集するか)って既に理論浸透的な作業なんだよな。期待しなけりゃ観察しない。

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