ベアトリーチェはなぜ「悪意」を装飾するのか?

ベアトリーチェは悪意を向けてコミュニケーションをしますが、彼女の行為すべてが悪質なわけではありません。 にもかかわらず。彼女はなぜ、悪戯や怪談という手法でのコミュニケーションを試みるのでしょうか。 「罪」と「魔法」のキーワードを軸に、思考してみました。 「ひぐらし」の登場人物は なぜ、“罪”を問いかけるのか? http://togetter.com/li/75634 続きを読む
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うぉんば @womba90

その願望はすごく共感する。そして自分はそう思うのに、他の人に言われると「そんな寂しいこと言うなよ」と思ってしまう不思議。 RT @kasuka_38: ある日突然存在が消えて、人々の記憶からも消えてしまう。そんな夢物語。

2010-12-08 03:03:35
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

自分も、「最初から自分が存在してなかったことになればいいのにな…」っていうのは思う。 生まれてきたのが間違った感。この感覚…というか願望は「罪」に近いのかもしれない。

2010-12-08 03:08:05
うぉんば @womba90

@KNZ00 たしかに、聖書などでいう“罪人”というのも、こういう感覚のことなのかもしれませんね。実際、私の周囲では神を信じることで自己肯定感を得られた人も少なくありません。キリストによる罪の贖いというのも、こういったことなのかも…。

2010-12-08 03:29:59
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

そういえば俺、リアルでは「ごめんなさい」「ごめんね」っていう独り言連発するんだよね…(ひぐらしは関係ありません) 何に謝ってるの?ってびっくりされますが、自分でもわからない。 ただ、謝ると、その後しばらくは罪悪感から逃げられた感覚を得ることができる。 相手は大迷惑だろうけどwww

2010-12-08 03:34:54
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

だから、ひぐらし漫画板の現壊し編http://www.amazon.co.jp/dp/4047139963 とか本当に鳥肌立った。あの救われなさは本当に“リアル”だと思う。どれだけ他人に肯定されても、愛されていると表明されても。自分を罪深く思っている限り、永遠に抜けられない感覚。

2010-12-08 03:43:40
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

@womba90 なるほど、ありがとうございます。ドラノールがノックスを指して「思考する力に杖を与えるために、十戒を生み出したのデス」と言っていました。神を信じることは自己肯定感を得るための杖を得ることに繋がるのかもしれませんね!

2010-12-08 03:54:09
うぉんば @womba90

@KNZ00 とはいえ私自身は2年ほど教会のお世話になりながらも、未だ半信半疑です。私より後に来て、私より先に信じていった人は大勢います。いくら話を聞いても、疑うことは無限にできるんですよね――信じることや自己肯定感は、ある種のアンチミステリー(?)だと思っています。

2010-12-08 04:02:01
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

@womba90 すごく同意です>信じることや自己肯定感は、ある種のアンチミステリー ミステリーってどうしても疑うものっていうイメージがありますよね。 竜騎士氏はミステリの手法さえも、信じるという一つの方法になり得る、と証明しようとしているのかな、という気がします。

2010-12-08 09:31:05
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

@womba90 私個人としては、半信半疑でもいいと思います。「信じなきゃいけない」「信じるのがあたりまえ」になると、大変そうだと思って…。なかなか難しいのでしょうか…

2010-12-08 09:38:38
うぉんば @womba90

@KNZ00 そうですね。私個人としては、信じることや愛することは理屈とは全く別の次元のこと(アンチミステリー)、と捉えてきました。が、EP5あたりからでしょうか、竜騎士さんはその上で更に両者の接点を見出だそうとしてるのだろうな、という印象を受けるようになりました。

2010-12-08 11:45:12
うぉんば @womba90

@KNZ00 信じることの一つの杖としてのミステリー(思考)、あるいは信じることを杖とした上でのミステリー(→愛がなければ視えない)という位置付けなのかな、って。

2010-12-08 11:50:30
うぉんば @womba90

@KNZ00 ありがとうございます。仰る通り、以前行ってた教会はけっこう偏っていて、「これが真理だ。だから頑張って信じなさい」という風潮だったので、なかなか信じられない自分を卑下し、かえって心を閉ざしていったんですよね(^^;)

2010-12-08 12:04:26
うぉんば @womba90

@KNZ00 今はその反動もあってか、「きっとそのうち時機がくれば信じるようになるさ〜」くらいにユルく構えています。そして逆説的なんですが、その方が結果的に心の状態としては逆に受け入れやすくなってるような気がしてる不思議。さながら「北風と太陽」w

2010-12-08 12:08:51
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

@womba90 読みました。本当に大変だったのですね…! 自分にとってちょうどいい状態で信じられるのっていいですよね。白か黒か、と迫られ続けられたら、やっぱり窒息しちゃいますから。

2010-12-08 12:21:03
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

@womba90 「信じることを杖とした上でのミステリ→愛がなければ視えない」、面白いです。ベアトも「会話は相手を認めるということだ。妾との雑談に応じるようになったということは、そなたが妾の存在を、徐々に認め始めている証拠」と言ってました。疑うためにも信じる事が必要になるのかな…

2010-12-08 12:27:40
うぉんば @womba90

@KNZ00 いいこともあったけど、確かに少し大変でした(^^;) 自分の心のままに選ぶ、あるいはそれが尊重されるというのは本当に大事なことで、何かしらの正論は時として“知の暴力”にもなりうるのだと思います。

2010-12-08 12:39:09
うぉんば @womba90

@KNZ00 ふぅむ…なかなか興味深い。結果的に、戦人はベアトとの対話を経て、ベアトを理解するに至ったようですからね。完全に認めていないなら最初から相手にすることがなさそうなものですが、“探る”のは半信半疑だからなのかも…。

2010-12-08 12:57:37
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

@womba90 ああああ…! 正論ってすごく怖いですよね…特に味方だったり、善意のつもりで「あなたのためを思って言うけど~」になると本当に苦手です;;

2010-12-08 18:11:46
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

@womba90 戦人はEP3でベアトのことは嫌ってもベアトとゲームする事自体からはおりませんでしたからね。ベアトのゲームは「魔法」という装飾がなされている分、突っ込みやすい=疑いやすいのかもしれません。ワザと隙を作って対話しやすくしているというか

2010-12-08 18:14:31
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

うし!EP4の縁寿六軒島上陸のシーンを読もう!

2010-12-08 18:18:17
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

【EP4】縁寿のいた地方から新島までは船で半日かかる。飛行機なら数十分。新島に向かう船に乗っている日は、旅を始めてから数日が経過しているみたい。

2010-12-08 18:25:55
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

RT @13a_bot 俺がこれでいいと思った人生なら、それはとやかく言われてどうこうってもんじゃない。縁寿さんの人生も、この旅も同じです。縁寿さん以外の誰にも、とやかく言う権利なんてない。 旅の意味と成果は、縁寿さんだけが決める。有意義な旅になったなら、それで充分なんですよ。

2010-12-08 18:28:34
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

RT @enjebot 認めてもらおうと認めてもらわなかろうと、自分の境遇に変化はないはず。……にもかかわらず、認められれば満たされ、認められないから満たされない。…まるで青い鳥だわ。……籠の中にもう青い鳥はいるのに、それに気付けないから、どこまでも探しに旅立たなければならない。

2010-12-08 18:31:51
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

RT @enjebot 彼女は自らは満たされていると、自らを認めていたのだ。 それを、哀れで悲しいことと観測するのは容易い。 しかし彼女にとってはそんなのは他人の評価で、どうでもいいことなのだ。 “自分にとって幸せかどうか”、それだけが大事だったのだ。

2010-12-08 18:37:20
かわいそうなぞう(はんだち) @KNZ00

これは昨日の「動機を、心をわかったつもりになることも、心を蔑ろにするのと同じ行為なのでは?」http://togetter.com/li/76514 に通じる話だな…。 かってに「かわいそう」だと決めつけられ、哀れにされてしまう。酷いものになると、あなたのために改善しろと言われる

2010-12-08 18:40:19