不知火に落ち度はない　３１（浜風）

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

浜風。彼女は今自室のベッドの上で、自分の携帯電話と向き合っていた。 それは、彼女の持ち物の中では比較的新しいもの。 彼女は「まだ３年しか経っていません」と主張するXperiaのスマホである。 防水、防塵という言葉が気に入り手に入れたものだった。 #不知火に落ち度はない

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ただし、大画面を唄うはいいが、実のところ浜風の手のサイズには余っている。 結果、両手で抱えるようにして持つのがいつものことであった。 閑話休題。 さて、この浜風を今悩ませてるものは、彼女に届いた一通のメールである。 差出人は『兵頭さん』。 #不知火に落ち度はない

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メール内容は以下の通り。 件名：先日はおつかれさん 本文：ご褒美なにがいい？ 別に高いものでもいぞ。 かれこれ１時間、彼女はこのメールの前で悩み続けている。 ご褒美である。 ご褒美といえば、もちろん色々なものを想像する。 #不知火に落ち度はない

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浜風とて、一人の娘である。 こんなメールを、とても親しい相手から送られるとしよう。 それは悩む。凄く悩む。 特に贅沢とは縁が薄い彼女故余計に悩む。 キラキラとした何かは頭のなかにあるが、それが具体性を持って提示されない。 #不知火に落ち度はない

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これが不知火だったらどうなのだろうか？ あの娘は、ああ見えてわりとオシャレに気を使っている。 一度非番の時に、いいなと思った品をつけてる時があった。 その後ネットで検索したら仰天の値段で、浜風は机に突っ伏したことがある。 #不知火に落ち度はない

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「4万9700円のコートってどんな気分なんだろう……」 真っ白くてふわふわのコート。 薄手に見えてあの体をすっぽり覆っていた。 彼女の髪色によく生えていて、なんだかその手のモデルにも見えた。 自分も着てみようかと思ったが──。 #不知火に落ち度はない

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「お醤油こぼしたら、もう駄目よね……」 真っ先に浮かぶのはそこである。 白い服の天敵である。 あと、ケチャップもダメ。 そも着たまま、何か食べるというのがありえない。 それほど4万9700円は重い。 たまに食べるご褒美のコロッケ1000個分である。 #不知火に落ち度はない

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別に彼女の俸給が安いわけではない。 それなりに生活には困らない金額を貰っている。 ただ、どうしてもそこまで高い金を払っていい服を着る、というのが合わない。 グルメに費やす艦娘も居るが、自分で作れるのでその辺もあまりない。 #不知火に落ち度はない

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「家具？ 家具なら……」 HPを開いて色々と見て、ふとと止まる。 勝ったご褒美にテーブルをお願いするというのはどうなのだろうと。 今のテーブルはだいぶガタが来ている。 もう少し頑丈なものに変えたいが──それはお願いする程のものだろうか、と。 #不知火に落ち度はない

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新しいテーブルとともに、兵頭提督を迎えてのご飯。 広くて大きめで、いろいろ乗っけられるちょっといいテーブル。 うん、悪くない。杉とかいいかも。 「いや、そうではなくて」 別に今差し迫って欲しいわけじゃない。 そも、毎日来るわけでもないのだから。 #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

ではベッドはどうだろうか？ 今のサイズでも文句はないがあの時そのまま運ばれ── 「──！？」 そしてフラッシュバックする。 あの時のいたずら心を出したがために、起こった強烈な体験を。 思い出してしまう。 あの時あった感触や、その他諸々を。 #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

浜風は艦娘である。が、その前に女である。 そしてあの体験は中々強烈なものだった。 おかげで今耳まで赤くして、左右に首を振る始末である。 コンビニで立ち読みしたレディコミの何倍も、鮮烈で強烈だったのだから。 すうはあ、すうはあ。 深呼吸を繰り返して。 #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

考えを変えよう。 ご褒美に食事はどうだろうか。 なにか美味しいところへ連れて行ってくださいと頼む。 とまで考えて──兵頭の顔が浮かぶ。 『わかった、んじゃこことかどうよ』 俺のイタリアンって書いてある立ち飲みバーの看板だ。 #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

流石にNoである。 旨いのは知ってる。 グルメ情報に載ってるぐらいだし。 しかし流石にご褒美でそれはNoである。 メニューの端から端まで頼んでいいと言われても、それはNoである。 第一そこまで入らない。 #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

では少し示唆をしてみるのはどうだろうか。 二人っきりで行ける、雰囲気のいい店がいいと。 うん、悪くない。 きっと彼はなにか色々と考えて── 『浜風、コショウ取ってくれ』 とんこつの香り漂う、馴染みの店に連れて行ってくれるだろう。 「全然ダメ？！」 #不知火に落ち度はない

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「あそこは好きだけど──好きだけど！」 二人っきりだけども。 暖かい雰囲気で美味しいラーメン屋だけども。 ああ、でもそれでいいのかな。 二人っきりは間違いないし。 そんな風にすら思い始める。 駆逐艦浜風。 割と兵頭が居れば、それでいい娘である。 #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

遊びに連れて行ってください、というのはどうか。 うん、案外悪くないかもしれない。 あっちこっち回って、いろんな店を楽しんで。 何より貴重な彼の休みを、そのまま貰うというのは凄くいい。 海軍提督と、というよりは一個人として。 それはいい考えに思えた。 #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

だったらせっかくだから泊りがけがいいかもしれない。 ああそうだ、温泉旅行なんてどうだろう。 ここからあのひなびた温泉まで向かい、部屋をとって一晩休む。 のんびりゆっくりお風呂に浸かり── そしてひとつの布団で。 #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「い、いいかもだけど……」 顔が暑くなる。 温泉宿なら別に下着を気にする必要もない。 浴衣でのんびりくつろげるし。 それに開放的な雰囲気だ。 何をやっても別に問題は──邪魔も入らないし。 「いいかも……」 #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

思うままに指が動く。 ディスプレイに映る返信ボタンを押して、ぺこぺこぺことバーチャルキーの打鍵音。 本文： でしたら温泉がいいです 泊りがけで、この間の温泉どうでしょう これで送信を押せば、どう回答が帰るだろう。 #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「あ……でも」 そんな中、浜風の中の悪い方の浜風が囁く。 ──そんなに慎ましくていいの？ と。 言われてみれば、そうかもしれない。 あの不知火に勝った。 それの報酬が温泉宿はどうなんだろう。 安い女と思われはするまいか？ #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

そういえばこの間見た、映画であったっけ。 その映画は、ホテルを舞台にしたもので、色々なドラマがあった。 圧巻だったのはスイートルーム。 広々とした部屋に、大きな天蓋付きのベッド。 冷蔵庫には飲んだことも無いシャンパンと、最高級のサービス。 #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

感情移入できたのはそのホテルが国内のもの、しかも近隣だったことだろう。 海外からの輸入映画がだいぶ制限されてきて、相対的に日本映画のレベルは上がっていた。 一昔前なら貸出もなかったホテルが、全面協力したらしい。 凄く楽しんだ記憶がある。 #不知火に落ち度はない

不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

後は少し。まあ、少し。 その映画の主演男優が兵頭提督に似ていて。 主演女優が浜風に似ていたのが感情移入を助けたかもしれない。 背は20cmばかり足りてなかったし、男優はアロハなんて着なかったが。 彼のせいで最近アロハを目で追うようになってしまった。 #不知火に落ち度はない