「コンスピーラシィ・アポン・ザ・ブロークン・ブレイド」 #2
「いらっしゃいませ……」目を半開きにした老人が、強化ガラス越しにオブリヴィオン達に声をかけた。「『焼き』ですか」ガラスには雑多なチラシが貼り付けられている。「10枚1000円」「野菜」。ナインフィンガーが進み出た。「おやじ、『焼き』じゃない。『キンコ』だ。三時間」
2010-11-17 19:14:25しばしの沈黙。「……三時間ですと200万円。10万円ディスカウント。わかります?素子でも大丈夫です」老人が強化ガラス越しに答えた。ナインフィンガーは淀みなくクレジット素子を差し出す。「これで」「ハイ」ガラスの下の隙間からサイバネティック義手が現れ、素子をつかんで引っ込んだ。
2010-11-17 19:18:57「今認証してるから」「ハイ」ナインフィンガーは右手で拳を作ったり開いたりしながら無感動に答えた。オブリヴィオンはじっと無言である。
2010-11-17 19:21:03その道の手練れが歓楽街の奥深くを探れば、この手の店を一つか二つ、見つけ出せるものだ。屋形船のような移動密室でもなお不足な……スネに傷を持つ人々、あるいは企業の重要機密に触れるプレゼンテーション、そういった用途のために設けられた閉鎖空間。それが俗に言う「キンコ」である。
2010-11-17 19:24:20「いいよ、ドーゾ」老人が素子を返した。「ドーモ」ナインフィンガーは軽くオジギした。この素子も、トレスされぬようにゴンベモンが用意した今回限りのものだ。おそらくどこかの無用心なカチグミ・サラリマンの所持品をクラックしたものだろう。
2010-11-17 19:37:33「奥入って、エレベータね」「ドーモ」ナインフィンガーは顎で合図した。オブリヴィオンが先に立って進む。左右に日焼けカプセル室のパーティションの入り口が霊安室のように並ぶ。漏れ出る暗青色のUVボンボリに照らされた通路はユーレイめいている。
2010-11-17 19:59:37ユーレイ。実際、この通路はジゴクへ向かうサンズ・リバーのほとりと言えなくもない。「ヤケルー」傍のカプセルの中から恍惚とした声が聞こえてくる。この声はさながらモウジャか。そして地下のジゴクに待つのは、金棒とサスマタで死者を断罪するエンマ・ニンジャではなく、瀕死のダークニンジャだ。
2010-11-17 20:10:22突き当たり、エレベーターは開いた状態で待機していた。二人のニンジャは無言でそこへ乗り込む。「いらっしゃいませ」合成マイコ音声が歓迎し、エレベーターのドアが閉まった。
2010-11-17 20:26:08階数表示の「地下四階」の押しボタンがLEDで点滅している。これは店の指示である。このフロアのキンコを借りた事になっているのだ。だがナインフィンガーは迷わず一番下の「地下十三階」のボタンを押した。ギュグン!重苦しい軋み音を伴い、エレベーターが下降を始める。
2010-11-17 20:59:00ナインフィンガーは右手をキツネ・サインの形にした。なにも相棒のオブリヴィオンを挑発しようというのではない。キツネ・サインの形をとった右手の皮膚が内側から開き、歯医者道具やヨネミ・デューティー社の「ジュットク・ベンリ」を思わせる無数の細かい棒状金属ツールが現れた。
2010-11-17 21:04:05コマカイ!この右手のサイバネティック義手がナインフィンガーのコードネームの由来であった。地下一階、地下二階……LEDが点灯してゆく。ナインフィンガーはオブリヴィオンを見た。オブリヴィオンは頷いた。
2010-11-17 21:11:54「イヤーッ!」ナインフィンガーは細密サイバネティック義手を操作盤に突き刺した。突然のショックに困惑したかのように、階数表示のLEDが目まぐるしくデタラメに点灯する。
2010-11-17 21:14:26地下三階……地下四階……エレベーターの下降速度が一際速くなり、直後、静止した。階数表示のLEDの全部が点灯したままになった。ナインフィンガーはオブリヴィオンに頷いて見せた。「ハッキング完了だ。地下12階と13階の間だ。下降するぞ」「うむ」「お前の出番は、じきだ。もうすぐだ」
2010-11-17 21:20:57「任せておけ。殺る!おれのディスインテグレイト・ツカミは必殺だ!」オブリヴィオンは決然と言い放った。ギュグン!決然たる速度でエレベーターの再下降が始まった!
2010-11-17 21:37:33