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谷山義彦 @jemappellety
「小林多喜二氏築地署で急逝 街頭連絡中捕わる」(『東京朝日新聞』1933年2月22日付、夕刊2面。21日発行)。 pic.twitter.com/0u3BJl5RBJ
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「格闘して逮捕され小林多喜二氏急死」(『読売新聞』1933年2月22日付、夕刊2面。21日発行)。 pic.twitter.com/gtkvbBcxY3
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「共産党再建活躍のプロ作家小林急死 街頭連絡中捕われ心臓麻痺」(『東京日日新聞』1933年2月22日付、夕刊2面。21日発行)。 pic.twitter.com/7phhi5mpto
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「小林多喜二氏死す」(『中外商業新報』1933年2月22日付、夕刊2面。21日発行)。中外商業新報は現在の日本経済新聞。朝毎読の三紙と比べると扱いが小さい。 pic.twitter.com/rGK3iMxNHM
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「作家としての死せる小林多喜二君」(『読売新聞』1933年2月22日付、朝刊4面)。大宅壮一の談話。 pic.twitter.com/9MvXt7q5QN
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「老母半狂乱 病院で涙の対面」(『東京朝日新聞』1933年2月22日付、朝刊11面)。小林多喜二は「母思いだった」とのこと。 pic.twitter.com/DNWrEZlZf6
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「小林多喜二問題に作家同盟警察側に抗議せん」(『東京朝日新聞』1933年2月22日付、朝刊11面)。この時すでに、小林多喜二の死に不審な点があると思われていたようだ。 pic.twitter.com/seWFRbHO2K
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「弔問者は全部検束 小林氏淋しく荼毘に」(『読売新聞』1933年2月24日付、夕刊2面)。文字が不鮮明で恐縮だが、読売新聞の記者も「(小林多喜二は)不審の死を遂げた」と書いている点が興味深い。 pic.twitter.com/QWU6asm5tv
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小林多喜二の小説「党生活者」は、彼の死後に「転換時代」という仮題で『中央公論』1933年4月号及び5月号に掲載された(画像は『読売新聞』1933年3月18日付、朝刊1面)。 pic.twitter.com/kVTraTQvw2
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コメント

谷山義彦 @jemappellety 2015年2月8日
まとめを更新しました。解説文の修正。
Anonymous Coward.jp @Anonymous_jp_ 2015年2月8日
警察当局は翌21日に「心臓麻痺」による死と発表したが、翌日遺族に返された小林の遺体は、全身が拷問によって異常に腫れ上がり、特に下半身は内出血によりどす黒く腫れ上がっていた。しかし、どこの病院も特高警察を恐れて遺体の解剖を断った。 wikipediaより
Anonymous Coward.jp @Anonymous_jp_ 2015年2月8日
[c1778983] 『しょうもない奴の死亡記事』 小林多喜二の死亡記事に対して「しょうもない」と感想を抱くのは"普通"だと思います? 私はそのような奴だと判断して以降まともに付き合ってはいけないと考えますが
赤くないニート @m17735517774 2015年2月8日
[c1778983] 賛否は有れど日本史に名を残す作家をしょうもない奴呼ばわりするほど偉大な方はTwitterなどと言う愚民同士のコミュニケーションツールなどやるべきでは有りません。
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