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十一面観音”暴悪大笑面”からの小考察~「悪」と「性」を笑う日本的表現

十一面観音はアジア由来だが、日本人もまた「人が良い」。"煩悩"にもあまり強くない。だから「哄笑」して、寿ぎ、厄を払う。 おまけ:パースに”杓子定規”にこだわらないのが、昔ながらの日本漫画。
マンガ 日本 笑い 暴悪大笑面
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仏像紹介BOT @butsuzobot
【暴悪大笑面】一般的に十一面観音の後ろの面は、煩悩だらけの人の愚かさを笑い飛ばす表情「暴悪大笑面」であるが、多くの寺院の観音像のそれは、光背で隠れていたり、壁に背を向けてあって見ることができない。だが、向源寺の十一面観音は拝観可能だ。pic.twitter.com/VqfkhxTgkS
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リンク Wikipedia 十一面観音 十一面観音(じゅういちめんかんのん)、梵名エーカダシャムカ (एकदशमुख [ekadaśamukha])は、仏教の信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、六観音の1つでもある。頭部に11の顔を持つ菩薩である。梵名は「11の顔」、「11の顔を持つもの」の意。 三昧耶形は水瓶、開蓮華。種字はキャ(क、ka)、キリーク(ह्रीः、hrīḥ)。 六観音の役割では、阿修羅道の衆生..
田川滋 @kakitama
(RT)十一面観音の暴悪大笑面。参拝する人の煩悩を見えない後ろで笑っているわけだ。表現で言えばやはり「風刺」の機能。大っぴら過ぎても心のバランスを壊すが、人間は自分を笑う事が出来ないとやはりバランスが崩れる。物語の聖剣と同様に、風刺の黒い笑いも人の悪を昇華し、滅する事が出来る。
田川滋 @kakitama
続)日本の「正義のヒーロー」もよく「悪」を前にして、笑う。アメコミヒーローだとあまり見ないかも。感情を表さないのどうのと言われる日本の、そのヒーローが。黄金バットなど笑いっぱなしだ。あれはやはり「暴悪大笑面」的な発想からきているのかも知れないな。暴悪=悪を暴くわけだ。
小松左京bot @Komatu_Sakyou
日本の性は、「笑い」とむすびついている。―そして、これは浅学にして日本以外にあまり例を知らないのだが、その日本の笑いは「めでたさ」とつながっている。
田川滋 @kakitama
続)お色気話やジョークで「ニヤリとする」のは割とどこににも有りそうな気もするが、観音像の暴悪大笑面と繋がっていそうな黄金バットの様に、「人間の煩悩」が露わになったものに対しては、表情が無感情と言われる日本人は表現はむしろ欧米的な国以上に、「あからさまに笑う」のかも知れない。(続
田川滋 @kakitama
続)そう言えば昔の映画やTVドラマで、子供心にも目立って奇妙だったのは「不自然なほどの哄笑」。「ハハハハ!」と。日常レベルにない高笑い。役者の演技も不自然になるレベル。ウルトラマン系もよくこの「大笑い」で幕を下ろしていた。煩悩を開放したドラマの厄払い、みたいなものだったのかも。
田川滋 @kakitama
続)この「不自然な哄笑」はアメリカなの人にもやはり珍妙に見えるらしく、ゴジラをパロったアニメでも、その不自然な笑い方をあちらの声優さんが真似して再現していた(^^;。60年代ヒーロー像の”原型”たる裕次郎もまず「はははは!」と笑って現れる。そこまでの空気の澱みを吹き飛ばす様に。
田川滋 @kakitama
続)日本人が性を他の国以上に「笑う」とすれば、それはやはり性と言う「煩悩の開放」をとても非日常なものと考え、日常に降ろす抵抗感が強く、めでたい=ハレのもの、たまにだけあってこそいいもの、と考えるからかも知れない。すると小松左京氏の「めでたい」の言葉にも繋がるかな、と。
田川滋 @kakitama
続)昔のドラマの「大笑いでシメ」が、内容が深刻だったり倫理の逸脱を描いていた事の”厄払い”、昔話の「とっぴんぱらりのぷう」的な働きを持つものとすれば、やはり監督も俳優に普通の人間の笑いでなく「暴悪大笑面」的な超越的風刺的哄笑を求めた、と言う事なのかも知れない。ヘンに見えるわけだ。
田川滋 @kakitama
続)ウルトラマンもアニメにしても、最後に高笑いでシメていれば、見た内容に深刻さがあっても見たドラマ自体を「笑い飛ばす」事が出来、心を安定させて現実に戻れる。「最後の笑い」と言う”風刺の大枠”が物語にタガを絞めている。こう言う機能は今でも、特に子供向け作品では思う以上に重要かも。

おまけ:"昔ながら"の漫画の描き方とパース

田川滋 @kakitama
漫画のキャラは共同作業映像のアニメと違って等身から何からコマ単位で違っていて構わない。一般的な漫画はまず最優先物(順番ルールも変更不可)として吹き出しがあるので、構図が窮屈になりやすい。残った隙間に見せたいものを詰め込む。目立たせたいものはそのコマの都合で大きくする。そんな感じ。
田川滋 @kakitama
続)こう言う昔ながらな漫画だと、等身比較も細かく決めてもあまり意味無い。心理的威圧感を出したいなら「あいつが大きく見える」そのままに大きめに描くのがマンガ。背景の実在物は実在人間の体型に合わせて作られたものでデフォルメキャラは持てなくて当たり前。その時の都合で指の長さを変えたり。
田川滋 @kakitama
続)不定形で自由な漫画キャラをパースの中にきれいに治めようとし過ぎると人物の方が縮こまる。建物などを描く時にパースの最低限は知っておくと便利だが、所詮は空間把握の「一方便」。複数のレンズ、パースがコマ内に混ざって良いのが漫画。「そのコマで見せたい物を目立たせる」。とにかくこれ。

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